先日英語論文の拙稿が公表されましたが、英語論文を書いていた時の苦労話を一つ。
当前といえば当前なのですが、日本教育史の専門用語の英訳には大変苦労しました。まず過去の文部省や諸機関のつくった史料の英文などから引っ張ってきて訳してみましたが、先方の編集の先生から、「ここでその語は使うべきじゃない、その意味では理解できない」というコメントをいただくことがありました。そうなると、現代において意味の通じる英訳を目指すのですが、歴史的な意味まで正確に捉えて訳すのはとても難しい。歴史的な用語、しかも日本教育史の用語を英訳する際に参考にできる資料が少ないなか、国立教育研究所のつくった『日本近代教育史に関する専門用語の英訳語標準化についての調査研究』(1992)という報告書はとても役立つのですが、それでも英語で教育史研究をしている研究者から指摘を受ける場合がありました。英文校正の際も、担当者が変われば違った訳になってしまうこともあって、本当に苦労しました(私の文章が悪いせいもあるでしょうね)。
どの語を使うかは常に問題で、最後まで迷いました。まず、研究対象であった東京帝国大学の文科大学の訳に困りました。のちに文学部になるので、まず文学部の英語表記を考えたのですが、今の文学部の英称はFaculty of Lettersですけれども、史料にはFaculty of Literatureと書かれているんですよね。(拙稿では後者で書いていますのでご注意ください) 中等教員養成史研究では必須の用語となってきた「教員検定」の語も、英訳に苦労しました。日本語では「検定」一つで済むことが多いですが、無試験検定やら検定試験やらがありますので、言葉を選ばないといけない場面が多々ありました(それこそ「検定ってなんだ?」という悩みと葛藤の連続でした)。
今回の執筆中、何より一番困ったのが、「教育学研究」の英訳です。吉田熊次のいう「教育学」は、今回取り上げた部分では、多くの文脈で教授学的な意味合いをもっていたので、大事な場面でPedagogyをよく使いました。しかし、文脈によっては社会的教育学や教育哲学、教育科学的な意味で使っていることもあって、語の選択にとても困りました。そういうときは educational studies and research 等を使ったのですが、吉田は一貫して「教育学」を使っているわけです。しかも、ただの「教育の研究」としての意味ではなく、「教育学の研究」として特別な意味を込めて議論していて、「ここの訳って本当にeducational studiesでいいのか?」と常に困っていました。副題に pedagogical research なんて語を使っていますが、これも悩んだ末の結果です。(既存の体系的知識の講義ではなく)学生自身が教授法を科学的に研究することを通して中等教員養成を進めるという吉田の主張を織り込むと、studiesというよりはresearchかな、という判断になったわけです。
語の選択はもっと議論すべきだろうと思います。今進んでいる研究のグローバル化の状況を考えると、日本教育史の研究ももっと外国語でも発信していかなければなりません。AI翻訳がこれからもっともっと進化していくはずですが、専門用語は専門の学者がちゃんと訳さないと、そもそもAIも学習できません。拙稿がたたき台として多少なりとも役立てば幸いですが…。
苦労ばかりでなく、教育学者として貴重な気づきも得ました。最大の気づきは、「教育学」という日本語の特徴についてです。
上でも書きましたが、今回つくづく実感したのは、日本語の「教育学」が単一の語として英訳しにくいということでした。「教育学」という日本語がもつ意味内容を重視すると、簡単に英訳できないのです。イギリスの教育学史を読んでなるほどと思ったのですが、イギリスの教育学は伝統的に哲学・歴史学・心理学・社会学による教育の共同研究の傾向が強いようです。日本の教育学にもそういうところはありますが、かといって、複数の学問領域の寄せ集めだとは割り切れない部分も確実に存在します。「教育学」という日本語は、英訳する上でとてもやっかいな語であるゆえに、とても興味深い言葉なのです。これは、一つの学問としての教育学のアイデンティティにも関わる問題だと思います。そういうことに気づけたのは、私が20世紀初頭日本の教育学史を丁寧に研究してきたからだと思います。そうでなければ、些末な問題と割り切って、悩むこともなかったでしょう。
日本教育学史の研究って、先人たちが「教育学」という日本語にこめた想いを読み解いていく研究なのかもしれませんね。教育学史って、そういう大事な分野だと思いました。
当前といえば当前なのですが、日本教育史の専門用語の英訳には大変苦労しました。まず過去の文部省や諸機関のつくった史料の英文などから引っ張ってきて訳してみましたが、先方の編集の先生から、「ここでその語は使うべきじゃない、その意味では理解できない」というコメントをいただくことがありました。そうなると、現代において意味の通じる英訳を目指すのですが、歴史的な意味まで正確に捉えて訳すのはとても難しい。歴史的な用語、しかも日本教育史の用語を英訳する際に参考にできる資料が少ないなか、国立教育研究所のつくった『日本近代教育史に関する専門用語の英訳語標準化についての調査研究』(1992)という報告書はとても役立つのですが、それでも英語で教育史研究をしている研究者から指摘を受ける場合がありました。英文校正の際も、担当者が変われば違った訳になってしまうこともあって、本当に苦労しました(私の文章が悪いせいもあるでしょうね)。
どの語を使うかは常に問題で、最後まで迷いました。まず、研究対象であった東京帝国大学の文科大学の訳に困りました。のちに文学部になるので、まず文学部の英語表記を考えたのですが、今の文学部の英称はFaculty of Lettersですけれども、史料にはFaculty of Literatureと書かれているんですよね。(拙稿では後者で書いていますのでご注意ください) 中等教員養成史研究では必須の用語となってきた「教員検定」の語も、英訳に苦労しました。日本語では「検定」一つで済むことが多いですが、無試験検定やら検定試験やらがありますので、言葉を選ばないといけない場面が多々ありました(それこそ「検定ってなんだ?」という悩みと葛藤の連続でした)。
今回の執筆中、何より一番困ったのが、「教育学研究」の英訳です。吉田熊次のいう「教育学」は、今回取り上げた部分では、多くの文脈で教授学的な意味合いをもっていたので、大事な場面でPedagogyをよく使いました。しかし、文脈によっては社会的教育学や教育哲学、教育科学的な意味で使っていることもあって、語の選択にとても困りました。そういうときは educational studies and research 等を使ったのですが、吉田は一貫して「教育学」を使っているわけです。しかも、ただの「教育の研究」としての意味ではなく、「教育学の研究」として特別な意味を込めて議論していて、「ここの訳って本当にeducational studiesでいいのか?」と常に困っていました。副題に pedagogical research なんて語を使っていますが、これも悩んだ末の結果です。(既存の体系的知識の講義ではなく)学生自身が教授法を科学的に研究することを通して中等教員養成を進めるという吉田の主張を織り込むと、studiesというよりはresearchかな、という判断になったわけです。
語の選択はもっと議論すべきだろうと思います。今進んでいる研究のグローバル化の状況を考えると、日本教育史の研究ももっと外国語でも発信していかなければなりません。AI翻訳がこれからもっともっと進化していくはずですが、専門用語は専門の学者がちゃんと訳さないと、そもそもAIも学習できません。拙稿がたたき台として多少なりとも役立てば幸いですが…。
苦労ばかりでなく、教育学者として貴重な気づきも得ました。最大の気づきは、「教育学」という日本語の特徴についてです。
上でも書きましたが、今回つくづく実感したのは、日本語の「教育学」が単一の語として英訳しにくいということでした。「教育学」という日本語がもつ意味内容を重視すると、簡単に英訳できないのです。イギリスの教育学史を読んでなるほどと思ったのですが、イギリスの教育学は伝統的に哲学・歴史学・心理学・社会学による教育の共同研究の傾向が強いようです。日本の教育学にもそういうところはありますが、かといって、複数の学問領域の寄せ集めだとは割り切れない部分も確実に存在します。「教育学」という日本語は、英訳する上でとてもやっかいな語であるゆえに、とても興味深い言葉なのです。これは、一つの学問としての教育学のアイデンティティにも関わる問題だと思います。そういうことに気づけたのは、私が20世紀初頭日本の教育学史を丁寧に研究してきたからだと思います。そうでなければ、些末な問題と割り切って、悩むこともなかったでしょう。
日本教育学史の研究って、先人たちが「教育学」という日本語にこめた想いを読み解いていく研究なのかもしれませんね。教育学史って、そういう大事な分野だと思いました。