タゲリを見に行ったとき車道から少し入ったところの鳥居に「祇園社」の文字を見つけた。
京都に馴染のあるものとしては通りすぎるわけにいかない。
参道を進むとやはり「八坂神社」とあった。
案内板によると正確には不明だが鎌倉時代に京都の八坂神社を信仰する有志が分社を勧請したそうだ。
鎌倉にも祇園社があるように祇園信仰・八坂神社系の神社は全国に3000社ぐらいあるという。
三浦海岸での会合までの時間に油壺の近くの小網代を歩いてみた。
静かな海の向こうの方にアオサギの群れが止まっていた。こんなに多くを見たのは初めてだ。
小網代湾の奥には白髭神社があった。
小網代は小さな湾だけれど三崎の避難港などとして全国に知られていた関係で、
白髭明神を祀るこの神社が航海安全大漁満足の神として古くから信仰されてきた。
長安寿老人は長寿の神様、従う鹿も長寿の生き物。三浦七福神の一つだ。
これはカンカン石と呼ばれる鳴石。上に乗っている小石で打つとカンカンと金属音がする。
「きこいかり」という錨のおもりだそうで、摂津の船頭が明神様に頼まれて奉納したと伝えられる。
摂津といえば大阪、なるほど全国に知られていた証しだ。
きこいかりがどんな錨かは調べたが分からなかった。