山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

山荘にて

2009-10-14 21:59:17 | フライフィッシング
予てより計画していた事務所の内装工事が業者さんの都合で急遽この3連休に実施されることとなった。
当然僕は何処にも出かけずにいる予定であったのだが、これまた急遽僕は用無しのお払い箱になってしまった訳である。

理由はこうだ。
業者さん4社が一気に工事に入るので車の置き場所が無い。
工事の指揮はカミそさんが執るから僕は車と一緒に何処へでも好きな処へ行っていいと、、、。

こうなると心の準備も出来ていない僕はハタと困ってしまう訳でして、、、、。
さて、3日間も何処へ行けというのか?
釣りのシ-ズンならいざ知らず、しかし考えてみれば行ってみたい処はたくさんある訳で、、、。

そんなこんなで迷いに迷った末に、結局向った先はふる里の川。
崖の上の山荘に腰を据えて、釣ったヤマメで酒を呑み、心ゆくまで本を読み、そして惰眠をむさぼろうかと、、、、。

殆ど準備も出来ていない状態で林道に車を止め、ザックにあれこれ詰め込んで杣道を下って対岸に吊り橋を渡る訳ですな。

いやあ一年ぶりのふる里の川、やっぱりいいなあ!






対岸に渡って、増水した川を腰まで浸かって山荘の崖下まで遡行すると山荘の青い屋根が見えてくる。
この山荘、誰が建てたか分からないが僕が見つけてからでもかれこれ25年、まったく使われた形跡がない。

枝葉に厚く覆われているためか長年の風雨に晒されながらも変わらぬ佇まいを残している。
滝の傍らに佇む修験者の庵のようなこの小屋で僕は、3日間じっくりと自分を見つめ直す崇高な時間を持とうとしているのだ。





山荘から見える本流、一昨日までの大雨のため少し濁りが残っている。




山荘の横の滝から怒濤のような流れが本流に注いでいる。
ここはまた溪魚の溜まり場でもあるのだ。




さて、ザックを山荘に置いて今夜の食料調達に出かけよう。




ここでレインボ-が2尾、右のレインボ-は34センチの大物で引き味は抜群、でもね、何故か虚しさが残るのですよ。
この本流の上下に3つの管釣りがあるためか最早ここも管釣り予備軍に成り下がりつつあるのです。寂しいなあ!




小中学生だった僕たちが、夏休みの日々を親しんだこの2キロのエリアには12本の滝が本流に落ち込んでいる。
右岸に落ちる9本の滝は丹沢山塊から、左岸の3本の滝は石砂山から。


僕はこの滝を高巻いてオ-バ-ハングした深い谿を怖々とザイルを伝って谿底に降り立った。
暗く深い谿底には、ずっとそこに閉じこめられていたヤマメたちが40年前と同じように
朱に染まった艶めかしい魚体を僕の目に晒してくれた。

と、そうならばいいのだが、この険しい谿はそんなには甘くない。
一人で安易に入ったら、それこそ抜け出せずに白骨死体で発見されるか
或いは数十メ-トルの滝を釜めがけてダイブするしか方法は無い。

あの頃、軽業師のような僕たちは工事用のロ-プ1本で谿底に降り立ってヤスでヤマメを突き、
遡行困難な箇所で見張り番にロ-プを3本垂らしてもらい、2本は肩の幅に木に括り付けてロ-プに跨り、
残りの1本は腹に括り付けて見張り番に引っ張ってもらって谿底から這い上がったものである。






ここは通らず!
そうは見えないだろうが、この足下でさえ腰上の深さである。
この通らずを越えればドン深のヤマメの聖地がある。

あのドン深は洞窟のように暗く、素潜りすると40センチを優に超えるヤマメたちが淵の中層を優雅に舞う
まるで竜宮城のような光景がそこには確かにあったのである。

今年、夏祭りのあと幼なじみのKちゃんとこのドン深をやろうと約束していたが叶わなかった。
ここを越えるには泳いで行くか、左岸の岩をよじ登ってザイルで下りるしか道はない。

様子を見に来た2度目、午後3時半のことである。
左に突き出した岩の奥でライズが始まった。
大きなライズリングは大ヤマメの証であろうか?

僕は想いの長けを込めてロッドを振って限界までラインを伸ばしてフライをライズの前に落とした。
ためらいもなくフライを吸い込んだ大ヤマメは27メ-トルの重いラインをグッ、グッ、グッ、グッと引き回し
やがてバッキングラインまでもリ-ルから引っ張り出してヤツの居場所に戻ろうとしている。
この低速で重量感のあるトルクは並のヤマメではない。

と、こんなやりとりができれば言うことはないのであるが遙か遠いあのライズには到底届く筈がない。
来年こそはKちゃんの力を借りて大ヤマメの存在を確かめたいものである。

40年前に遊んだあの大ヤマメのDNAが今もなお受け継がれていると言うことをこの目で確かめておきたい、ただそれだけの想いである。







山荘に戻る途中で美しいヤマメに出逢うことができた。





山荘下の滝の落ち込みでライズがあった。
26番のミッジに出たヤマメは32センチ、大きなお腹はふっくらと卵を抱えた雌であった。




しかし良く見ると何か変だ!
ヤマメであろうが、この小さな黒点は一体何だろうか?

この溪もまた、得体の知れない力によって本来の溪の姿を失いつつあるような気がしてならない。




今日は9寸あるかないのヤマメを焼いた。
焚火の燠でじっくり2時間焼いたヤマメは絶品の味に仕上がった。





山荘に戻って質素な食を酒と共に楽しんだ。
こんな刻を過ごせる僕はとても充実した豊かさを感じるのだが
その反面、奇人かつ変人であるのかも知れないと想うことも実はあるのだが、、、。





粗末な山荘では質素な食と酒が旨い!
ほろ酔い加減で一人眺める微かな月の光が何故かとても嬉しい。
今宵はひとり、心ゆくまで眠りたい。





ゆっくり起きて、キノコ汁の残りとおにぎりで朝食を楽しみ、本を読みながら
コ-ヒ-とタバコのひとときを楽しんで流れに下ってみると4人の釣り人が入っていた。

4人とも60才代の方々で、みな雨後のニジマス狙いだそうで。
この日、僕はロッドを振ることなく川原でコ-ヒ-を沸かし、書を読みながら時折釣り人の垂らす釣り糸の気配を感じながら
暖かい日差しの中で日がな一日のんびりとした刻を過ごしたと言うことにしておきましょう。




そして翌日、溪から上がり





僕を育んでくれたふる里の集落に立ち寄って
豊かな秋の実りをたっぷりと目にしてあの頃を偲ぶことが出来ました。

あの頃は貧しさの象徴であった蕎麦もヤツガシラも今では無性に懐かしい郷愁をそそる食になりつつあります。

グミの甘渋い風味も久しぶりに味わいました。






やっぱりふる里は格別ですね。





これでホントに竿を納めます。

僕の心はまだ釣りたいのか、竿を納めるのか迷いがあるような気がします。
でも、季節の移ろいは、はっきりと秋の到来を宣言し、溪魚の産卵期を僕たちに教えてくれています。

僕はこの自然のご託宣を素直に受け入れて巣ごもりの準備を始めようと想っています。
コメント (16)
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