ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 柳田国男著 「桃太郎の誕生」 (角川ソフィア文庫 2013年新版)

2018年01月23日 | 書評
昔話と伝説の起源を神話時代(日本人の古層)に求める柳田民俗学の提案  第3回

1) 桃太郎の誕生 (その1)

五大お伽話として、「桃太郎」、「猿蟹合戦」、「舌切雀」、「花咲爺」、「カチカチ山」が言われるが、「桃太郎」昔話の現在の伝承は変化に乏しく定形化しており、子どもさえあまり喜ばなくなっている。したがってこの昔話の歴史を研究するということは、周辺のこれと関係ある話と比較しなければならない。桃太郎昔話は、「昔々、爺さんと婆さんがいました。爺さんは山に柴刈りに、婆さんは川に洗濯にでかけました。」で始まる典型的な昔話の語り口です。話の構成は以下である。
①川上から流れてきた桃をを婆さんが拾う、桃から生まれてきた男の子が主人公です。
②桃太郎は成長して鬼ヶ島征伐に行く。その目的は不明である。脱落か。
③途中三匹の動物と黍団子と交換条件で征伐に参加させる。動物の目的と機能分化をどう解釈するか議論が分かれる。恐らく動物援助民話は桃太郎昔話よりも古い。
④桃太郎が鬼が島に渡った手段は描かれていない。外国の伝承では水陸両用車が使われるが、宝を運ぶ手段も含めて脱落しているのだろうか。
⑤最終目的が婚姻だったのかどうか不明である。岩手の話では誘拐された娘を救うとか、八岐大蛇では桃太郎は解放した娘と結婚している。本格説話では主人公の幸福な結婚をもって終わるのが定型であるが、桃太郎昔話は本当は「妻覓ぎ説話」であったのではなかろうかという説がある。
この話から柳田氏は昔話と神話の関係を強調する。つまり主人公は人間の腹から生まれず、婆さんが川で拾った桃の実から生まれた。最初は極めて小さかったからである。このモチーフは我国の古伝承の小男神(スクナヒコナ神話)と結びつくからである。貴い一族の租は小蛇の姿をした神か、或は海神の女が人間と通じて生まれたという記紀神話と結びつきます。昔話は神話の断片か、或は神話は昔話に材を取っているという説に別れる。貴種漂流神伝説は「うつぼ舟」問題としてアジア・ヨーロッパに広く分布している。越前の桃太郎異伝を媒介として、東北地方の「ちから太郎」昔話に結び付く。ちから太郎も桃から生まれ、急速に成長し旅に出る。途中で動物に変わり得る従者を味方にして、化け物に誘拐された娘を救い出し結婚するという話である。グリム童話「六人の家来」と同系統の話である。桃太郎はアジア・ヨーロッパ型の系統の派生型と位置付けることができる。イギリスの「シンドレラ」、グリム童話の「灰かつぎ姫」、日本の「糠福米福」という物語は少なくとも我国に入ってから一千年は越えているが、話はその間わずかな変化しか受けていない。国内では青森県から南は壱岐の島の海邑まで分布している。記録文芸では「紅皿欠皿」として知られている。滝沢馬琴の「皿皿郷談」は丸写しであった。今ある「住吉」、「落窪」といった継母話はおそらくくこれをもとに生まれた者であろう。日本の類話としては、お伽草紙の「鉢かつぎ姫」もこれにあたる。日本の口承文芸においては「シンドレラ」は奥州では「糠子米子」、津軽では「粟袋米袋」の名で伝わっている。この世界的に著名な一つの昔話が我国において比較的まとまった形で保存されていること、さらにほかの多くの説話にこれという影響感化を与えなかったというのは注目に値する。欧州でもてはやされている昔話に「歌う骸骨」の明るい話がある。これ日本に渡来して仏教説話集「日本霊異記」に取り込まれている。欧州の「灰かつぎ姫」や「歌う骸骨」が成熟期を過ぎた完成された話として日本に輸入され、その渡来後の話の変化が案外少なかったようである。神聖な限定された条件の物語である「神話」と娯楽のための話の芸術である「民間説話〈昔話)」は本来違う類型の話で、かつ神話に因縁の深い「伝説」が三つ巴になって交錯しているのが日本の口承文芸の特徴である。中でも神話だけは数が非常に少なく委縮しており、これから伝説と民間説話へ移ってゆく様子は窺い知ることができる。昔話の成長には3つの形があるという。
①説話が非常に古い時代に完成し芸術化された形で広く流布しているもの。「歌う骸骨」、「紅皿欠皿」 
②説話の信仰上の基礎が崩壊せず、これに準拠した伝説や語り方が残っているもの。「蛇婿入」のような一部の異類婚姻譚 
③近世になって急に成熟したが、まだその原型が伺えるもの。「桃太郎」、「瓜子姫」 
以上の様な説話が混在することが日本の昔話研究に活気を与えている。とくに江戸時代の文明がそういう環境をつくりあげるのに適していたとみる。庶民は文字文明に明るくなく、一部の読書階級の書いたものの忠実な模倣によって広まったからである。

(つづく)