ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 伊東光晴著 「ガルブレイス―アメリカ資本主義との格闘」 (岩波新書2016年3月)

2017年06月01日 | 書評
戦後経済成長期のアメリカ産業国家時代の「経済学の巨人」ガリブレイスの評伝 第5回 

第2部  ガルブレイスの経済学
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1) 「アメリカの資本主義」1952年ーガリブレイスの産業組織論

  これからガルブレイスの四大著作の意義を一つずつ時代背景と共に見てゆくことにする。1949年ガルブレイスがハーバード大学経済学部の永久職を得て赴任した後、産業組織論を担当していたメイソン教授が行政学部大学院に転じたため、メイソンと親しかったガリブレイスが産業組織論講義を引き継いだ。これまで農業経済というマイナーな講座から、産業組織論というメジャーな講座に移ることになった。ハーバードのメイソンの流れにあるガリブレイスと、カルフォニア大学のベインは1950年代に産業組織論の体系化に努力することになったが、ベインは独占禁止法を基礎付ける経済理論を作ること、ガリブレイスは独占禁止法の欠陥を明らかにすることにあった。ベインは自由主義市場を理想としたが、ガリブレイスはそれは時に強者の論理に過ぎないと見る見解の相違があった。ガルブレイスは生涯にわたって初期ニューディールの理想を追い続けたのである。ルーズベルト大統領の百日議会は金融制度の改革と全国産業復興法など多くの改革法案を通過させたが、その中心となったのがルーズベルト大統領のブレーントラストとなったコロンビア大学教授のタグウェルの構想に基づく総合産業政策である。タグウェルは不況対策として、各産業に一種のカルテル的協定で下がり続ける物価を維持し、その代わり労働者の団結権、団体交渉権、最低労働条件を定めて所得の上昇と購買力の回復をめざしたものであった。タグウェルは制度派経済学の流れにあって、古典経済的な自由主義経済に批判的で、労働者の団体交渉を適法と認め、カルテルについては「条理の原則」で条件次第でこれを認める態度であった。全国復興局NRAと公共事業局によるケインズ流経済刺激策によって景気は次第に回復しだした。すると企業側はNIRA,NRAは従な経済活動を阻害するとして違憲裁判をおこし、1935年NRAは廃止された。タグウェルは1932年最重要課題であった農業政策の責任者としてヘンリー・ウォーレスを農務長官に任命した。ニューディール第1期の経済政策を指導したタグウェルは保守派の攻撃を受けて辞任に追い込まれたが、ガリブレイスは自由主義市場経済を信奉する保守派政治家を批判するために、この「アメリカの資本主義」を執筆した。ガリブレイスはアメリカの経済理論について、「アメリカ人は経済理論の分野で独創性を発揮したことは少なく、ほとんどは大陸からの借りものである。その理論とは19世紀にイギリスから輸入したままの古典派経済学である。」という。その古典派経済学理論は、競争が社会を律する基本原理であると考える。経済は市場価格が自動的に決まるもので、政府の権力は無用であるとして、累進課税に強く反対する。勤勉なものに罰金を科し、怠け者に補助金を出すという理屈で、競争モデルは福祉や生活のために行使される政府権力を否定したのである。今日でも、市場原理主義の考え方は政治的には共和党右派の考え方で政府の規制緩和、公益事業の民営化を主張する経済観である。だがこの競争市場というビジョンはアメリカ資本主義の現実ではない。ガリブレイスは1930年代のアメリカの実証研究に立って、この主張を論破してゆく。自動車産業を例にして、産業内の企業の数は技術の進歩による量産、コスト減につれて企業の数は着実に減少してゆく。最後には一握りの巨大企業と、それを取り巻く一群の中小企業だけが生き残って安定点に達するのである。多数の小規模企業からなる競争市場を前提とする競争市場論は重要産業分野において現実ではないという結論を得た。1921年には88社あった自動車製造企業は、1940年以降GM、フォード、クライスラーの3社が市場を独占した。ガリブレイスはミーンズの研究を取り上げ、寡占企業は市場価格をある程度支配することができるし、そこから超過利潤が生まれるという。競争万能といった自由経済のビジョンとは全く異なった現実が示された。それゆえ競争が一般的であるという競争モデルの考えは現実ではなくイデオロギーにすぎないという。消費者(買い手)はサプライヤーどうしの競争によって利益を得るという古典経済学の通説が競争モデルの考え方であった。ガルブレイスは市場の買い手どうしの結集力によって拮抗する力が働くことを示した。その典型的な例が労働市場である。労働者は組合に結集して、労働時間の短縮や賃金の引き上げを求めてきた。1935年ニューディール下でワーグナー法を制定させ、労働者の団結権と団体交渉権が保障されされた。ガリブレイスは「拮抗力」を流通関係の大規模小売販売組織の研究からヒントを得て、市場を調節メカニズムは競争と拮抗力にあると考えた。生協など巨大な小売組織や消費者協同組合が、生産者と消費者の間に入って第3の力としての拮抗力を発揮できるという消費者主権の萌芽が見られる。ガリブリスが「アメリカの資本主義」で明らかにしようとしたのは、古典的資本主義対現代資本主義の違いである。その前にアメリカの資本主義とヨーロッパの資本主義も同じではない。労使関係と資本主義の性格に違いがある。欧州大陸では労働者も含む利害関係者(ステークホルダー)が経営に参加するし、労働条件を協議する労使協議会が設けられている。1993年欧州連合条約ができて、94年11か国の合意の下に欧州労使協議会指令が成立した。2001年欧州会社法ができて利害関係者への配慮が義務付けられた。これを「ステークホルダー・カンパニー」と呼ぶ。それに対してアメリカでは、株式会社は株主のものであるという「ストックホルダー・カンパ二ー」である。2006年英国では会社法が改正され、従来の株主主権を維持しているが、取締役会はステイクホルダーのことも配慮するという義務が生じた。ドイツ由来の「法人擬制説」からさら進歩して「法人実在説」という会社法人に主権を持たせる大陸風の考えがある。日本でも2000年まではこの法人実在説に従った会社運営がなされてきた。会社は株主のものであるというアメリカ流の考えは、業績短期評価、株主配当優先、経営者超高給待遇、企業を売買対象とするM&Aの広汎な流行を生んだ。

(つづく)