ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」(岩波新書 2014年)

2015年12月10日 | 書評
政府・日銀が語る異次元金融緩和を柱とするアベノミクスの検証 経済は本当に回復したのか  第8回

4)「第3の矢」批判 成長戦略とトリクルダウン (その1)

アベノミクスの成長戦略とはまだ具体的な政策が立案されていないので、果たして新自由主義的なものかどうかは分からない状況である。TPP交渉の詳細は一切漏れてこない。ここでは小さな政府が経済成長につながるのかという論議と、格差の拡大が望ましいのかを一般的に考えることにする。各国の政府支出のGDP比と一人当たりの経済成長率を見ると、全く相関は見られないのが実情である。各国が抱えている問題の実情、伝統的な問題、市場構造、経済構造などの要因が異なりすぎているため、政府支出のGDP比という指標では経済成長率は議論できないということである。従って小さい政府(政府支出のGDP比が小さい国)が経済成長に有利ということにはならない。現実の市場は決して完全競争市場ではない。市場が歪んでいるとき政府の介入が歪みを正すことができるかもしれない。ミクロ経済学が言う資源の効率的な配分とは、所得格差の問題を排除している。市場の生み出す膨大な格差が望ましくないと社会が考えるとき、所得の再配分が行われる。それは福祉政策である。そのとき政府が小さいと核さの拡大を阻止するkとはできない。小泉政権の目玉であった郵政民営化のモデルはニュージランドにあるといわれる。ニュージランドで1985年政権を取った労働党は過激な新自由主義政策にもとずくl構造改革を行って、郵政民営化を行った。イギリスのサッチャー首相も米国のレーガン大統領も新自由主義の標榜者であった。「小さな政府と民営化がお題目のように叫ばれていた。民営化により郡部の店舗廃止と料金値上げが行われた。ところが同じアングロサクソン系国家であるオーストラリアでは穏健な改革を行った結果。ニュージランドとオーストラリアの一人当たり所得は2対3の比となった。その後もその差は縮まっていない。ニュージランドのショック療法がいいか、オーストラリアの漸進的改革がいいかということになる。過激なショック療法は歪みを拡大させるだけで失敗する場合が多い。英国のサッチャー首相による医療崩壊もその悪例である。ロシア・東欧の自由主義体制へのショック療法的移行は経済を破壊した。中国は1国2体制という柔軟な移行を試みて今やGDP世界第2位に成長した。異次元金融緩和という鳴り物入りで始まった日銀黒川総裁と安倍首相のショック療法的経済政策がとんでもないひずみを生む危険性を指摘しなければならない。もう一つの問題は格差を是認していいのかということである。豊かな国において格差の拡大が経済的、社会的コスト増加になりかねない。大きな格差社会に住むことは底辺層にとって不幸であり、上層の人のコスト負担となる。2013年御米国経済白書は「中間層の強化が強いアメリカを作る」と訴えているが、オバマ大統領がどこまでやれるかは別問題である。結果の不平等は機会の不平等を拡大する(負け犬は這い上がれない)が、結果の平等は機会の平等を促進する(頑張ればよくなる)のである。今や米国のスーパリッチ(個人ではなく寡占企業のこと)は政治的影響力が強く、自らに有利な法・制度の圧力団体となっている。ますます機会の平等が奪われてゆくのである。北欧諸国は消費税率が高いことで有名であるが、大学教育は無料で受けられ、社会の流動性を高め、高い生活水準を維持できている。ではスーパーリッチ(寡占企業)が潤えばトリクルダウンが起きているのだろうか。結果的に言えば雀の涙ほどもお情けは落ちてこないのである。企業の利益が賃金上昇に結び付いたかという点で検証しよう。GDPと雇用者所得、民間消費、輸出入のチャートを見ると、2001年から2008年までの「いざなみ景気」(中国特需)を支えたのは輸出の拡大であった。民間消費も雇用者所得もほとんど増加していない。輸出が最大160%増加し(2002年基準)、GDPで4%拡大したが、民間消費の増加は1%程度増加し、雇用者所得はマイナスとなっている。いざなみ景気の特異性は輸出主導型(企業の中国進出)の経済回復で、内地に取り残された雇用者の賃金上昇と消費の拡大にはつながらなかった。従っていざなみ景気期にはトリくるダウンはきほんてきに存在しなかった。国内製造産業の衰退したアメリカではこれが普通の状態である。ではアベノミクスはトリくるダウンをもたらしただろうか、2012年上下期と2013年上下期の雇用者賃金(ボーナスを含む)を製造業と非製造業で見てみると、2013年度上期より給与はほとんどの会社規模や業種別で下がっている。例外は製造業の大企業のみで給与は増加した。皮肉なことにアベノミクスが始動した2013年上期より賃金は下がり始めたのである。

(つづく)