とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

初出勤

2013-11-09 06:14:08 | 日記
初出勤




 「無原罪の御宿り」 (ムリーリョ)

 ムリーリョは、スルバラン、ベラスケスがリアリズムの頂点を極めた後に続く、17世紀セビーリャの巨匠である。この作品の他にいわゆる「受胎告知」というタイトルのものもある。聖母マリアは無原罪だと言われている。だからこの少女の面影を残すマリア像は清純な雰囲気を醸し出していて、広く支持されファンが多い。ラファエロの甘美さ、ルーベンスの豊穣さをあわせ持ち、スルバランを追い越す勢いで、民衆の圧倒的人気を得た。


 
私の体調はまだ万全ではない状態でしたが、長柄さんは里見オーナーから頼まれたご縁市場のコーディネーターの仕事にえらく意欲を持っていました。二人に辞令が届くと、朝すぐに私を誘いに来ました。おい、寝ている場合じゃないぞ、と言って私を急かしました。妻も、そろそろ起きてください、と私を促します。床を敷いてずっと寝ていた訳ではありませんでしたが、毎日ごろごろしている私に妻はいらいらしているようでした。そこで、私も一念発起、もう、やるしかない、と自身を鼓舞して出かけることにしました。
 コーディネーターとか書いてあったが、どういう仕事なんだ、と車を運転しながら長柄さんが聞きました。分からん、古賀さんに聞けばはっきりすると思う、と私は言いました。里見って奴もいいかげんな男だな、少しも説明なんかしなかった、と長柄さんは不満気でした。
 駐車場で降りて市場全体を眺めると、外壁は新しい壁材で覆われているので、新築の建物のような感じがしました。その上、校庭には新阿国座や湖笛関係者の宿舎が建ち並んでいるし、裏山ではメイン劇場の骨組みや連絡用道路の工事現場が樹木の間から現れているので、ああ、動き出した !! という実感がしました。この一連の工事が完成すると、関係者の住宅、一般の住宅、店舗等が建つ可能性があり、その暁にはここら一帯が小さな街に変貌するに違いありません。
 私たちは玄関から市場に入ると、平日にも拘わらず予想以上のお客が入っていました。岡田さんの農場の農産物や食堂、商工会の店舗、地元の民芸品売り場等があたかも道の駅のような活況を呈していました。別の棟には新装なった美術館や湖笛の劇場が見えました。
 事務室に入ると、古賀所長が席を立って出迎えてくれました。それから顧問も別室から出てきて、笑顔で迎えてくれました。顧問は挨拶が済むとまた部屋に帰りました。事務室には二人のスタッフが仕事をしていました。私たちの机も準備してありました。

 この机を使ってください、と所長さんが言いました。

 久しぶりの職場勤務なので、なかなか体がついて来ないかもしれません、私が言うと、ずっと座りっぱなしということじゃないんでしょ、と長柄さんが言いました。

 そうです、そうです、コーディネーターという仕事はあちこち動いていただく仕事です。主に地元との連絡調整ですね。あっ、以前なさっていた見回り隊の仕事が基本です。非常勤ですので、月に10日くらいと考えてください。

 10日ですか。短いような長いような・・・、私が言うと、長柄さんはそわそわし出して、これから見回りに行っていいですか、ちょっと気になるお方がいらっしゃるので、と言いました。

 気になるお方、と言いますと・・・。

 いやね、鈴木さんの家に泊まっている園田さんから何か相談したいことがあるとか連絡を受けてまして・・・。

 じゃ、すぐに行ってあげてください。・・・居心地が悪そうにしていた長柄さんは所長の言葉を聞くやすぐに出て行きました。

 彩湖の会のフォローは重要な仕事です。

 どう言いますか、相棒がいなくなると、私も腰が浮くような・・・。

 畝本さん、実は・・・。

 えっ、何でしょう。

 里見オーナーのことですけれど・・・。

 えっ、先日お会いしましたが・・・。

 事務局長も同席しておられたでしょう。

 あっ、そうです。三朗も居ました。彼を随分褒めておられましたが・・・。

 そうでしょうね。

 で、どういう・・・。

 オーナーもご高齢で、跡継ぎのことをお考えのようでして・・・。

 跡継ぎ、・・・息子さんは・・・。

 いや、居られません。子どもさんは市川麗華さんのお母さんだけです。

 そうですか。

 それでですね。これは、ここのオーナー自身からもここの顧問からも伺っている話ですけれどね・・・。

 ええ、で、どういうことですか。

 端的に言いますと、事務局長が新阿国座の将来の実質上のオーナーになる話が進んでいるんです。

 えっ、そりゃどうことですか。

 補足しますと、三朗さんが養子に里見家に入って、麗華さんお母さんの手助けをするということ・・・、いや、もう、オーナーと言ってもいいです。

 養子ですか !!

そうです。そうしないと、税金対策上大きなロスが出てきます。

 しかし、本人はもとより家族は同意しているのですか。千恵子はああして具合が悪いし、子どももまだ小さい・・・。

 畝本さん、ご家族のことはご心配いりません。きちんと対応していただきます。

 そんな無責任な・・・。

 いや、そうではありません。奥さんについては現在症状が落ち着いているし、これから徹底した高度の治療をすれば、治ります。子どもさんについても将来に不安がないように・・・。

 古賀さん、本人はどうなんです。

 劇団関係者の信頼が篤く、実力も十分だと考えていますので、内々関係者の同意は得ています。

 いや、本人はどう言っているんですか。

 ・・・畝本さん、意欲十分と私たちは考えています。

 し、しかし、大劇団を運営する力についは・・・。

 十分に持っておられると誰もが言っています。理事会でも信頼があります。きっと承認されると思います。

 でも・・・。・・・私は大きな重石を頭に載せられたような気持ちになりました。

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