とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

和製ターザン

2010-09-12 15:27:26 | 日記
和製ターザン



 昭和二十年代後半といえば、私が小学校低学年のころである。当時から私は新聞愛読者であった。いや、実を言うと、『サンケイ新聞』に連載されていた山川惣治の絵物語「少年ケニア」の熱烈なファンだったのである。アフリカのケニアで日本の少年「ワタル」が白人の美少女「ケート」とともに原野や密林を走り回って大活躍をする物語である。
 「ワタル」は父親とケニアを調査していたが、いつしかはぐれて一人でさまよっていた。しかし、「ケート」にめぐり合ってからは共に生活するようになる。彼女はブロンドの長い髪を風になびかせていた。豹の皮の衣服を身に着けていた。「ワタル」の武器は長い槍だった。上半身裸でぼろぼろのショートパンツをはいていた。
 私は「ケート」の姿に野性的な魅力を感じていた。長い髪の動きをリアルに描いてあった。それに対して「ワタル」は黒いショートヘアで、大きな愛くるしい眼をしていた。大蛇の「ダーナ」を連れていた。そして、原住民たちと出会い、恐ろしい猛獣たちと槍一本で戦って、「ケート」を守って父親を捜し求めて旅を続けていく。
 「ワタル」は和製ターザンである。痩身にもかかわらず強靭な体力の持ち主で、優しい面差しをしていた。また、「ケート」に女性の美しさを見出していた。子ども心ながら、恋をしていたのである。新聞を見るたびに「ケート」への思いは深まっていった。こんな女の子が本当に目の前に現れたらいいのに、と本気で思っていた。また、「ワタル」のような長い槍が欲しくなった。その勇気も欲しかった。山川惣治は田舎の地味な少年に冒険のすばらしさ、女性の美しさを教えてくれた。(2007年投稿)

落款の森

2010-09-12 15:24:47 | 日記
落款の森



 日本画の掛け軸や額装をしたものには各種の落款がある。先ずその基本的な決まりをまとめておきたい。右上に押すのが冠帽印(引首印)という。成語や禅語などを刻んである。自分が好きな言葉を刻んだものは遊印といい、これは押す位置に決まりはない。署名の後に押すのが姓名印と雅号印である。前者は白文(凹印)、後者は朱文(凸印)である。骨董好きのお方ならこんなことは常識として心得ておられるだろう。恥ずかしながら私は最近初めて知った。
 さて、その中の雅号印だが、最も気になるポイントである。作品全体の巧拙は素人にはなかなか判断できないので、雅号印を確かめて、「こりゃ有名じゃないな」とか「こりゃすごい!」とか思って品定めをする。先ず署名と雅号印。次に絵。この順序で絵を見る人が案外多いのではないのかと私は思っている。かくいう私も例外ではないのである。
 インターネットのオークションの画像ではその雅号印がアップで載せてある。私は次々と作品を繰り出して、その夥しい印章の森に分け入って行き、何だか陶酔していくような気分に陥った。中でも「鉦鼓洞」(大観の落款)という印影にはしびれてしまった。また、円形の中に「方祝」(光琳の落款)と刻した印影には品格を感じた。私はいわゆるブランド志向にすっかりはまったのである。しかしこういう人間が現代の日本人には多いのではないのか、と私は思った。ブランド志向の骨董趣味は愚の骨頂などと思ってはいるが、なかなかそこから抜け出せないでいる。
 それにしても…、と私は少しだけ冷静になって考えるときがある。オークションの落款は果たして本物だろうか?       (2007年投稿)

頼璋に拘ること

2010-09-12 15:21:36 | 日記
頼璋に拘ること



「いい掛軸ですね」。「私はどなたが書かれたものか分かりません」。「田中頼璋、瑞穂町の出身ですよ」。「そうですか、勉強になりました」。
 これはある小料理屋での従業員との会話である。私はその日、在職中の友人たちと久しぶりにそこで会う約束をしていた。私はその水墨画に近い色使いの山水画を丹念に見つめた。遠景、中景、近景。その境い目に靄(もや)のような空間を描き、腰をかがめた老人を点景として配してある。墨の濃淡から遠近感を自然に感じさせる筆法はさすがだと思った。落款(朱文)の文字を確かめて安心した。わが家のものと同じだった。これも何かの縁だ。ありがたい。私は天のめぐり合わせに感謝した。
 さて、数人のかつての同僚が集い、近況報告が始まった。ある友は外国で事業を始めて、かなりの実績を挙げているとか。ある友は社会福祉の方面で大活躍をしているとか。またある友は家族旅行を楽しんでいるとか。……私はそういう話に加わることが出来なかった。私は退職してから何をしていたのか。そう振り返って、何だか自信を喪失していた。いい生き方というものが何だか分からなくなってきた。田中頼璋にまためぐり会えたことを無上の喜びとしている私がまことに小さな人間に思えてきたのである。私が掛軸に没頭しているうちに、友はすばらしく充実した第二の人生を歩んでいる。眼を輝かせてその生き様を語っている。それに引き換え私はやたらと掛軸を探し歩き、殊に頼璋にひかれて、新たな作品にめぐり会えば、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)。なんとその差の激しいことよ。……でも、それでいいじゃないか。私には私の道があるのだから。(2007年投稿)