あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

丹生中尉 「 手錠までかけなくても良いではないか 」

2019年03月28日 13時43分40秒 | 首脳部 ・ 陸軍大臣官邸

午前十時か十一時頃、
兵は原隊に帰し、将校全員は陸相官邸に集合することになった。
私と林、そしてあとの二人の将校は一緒になって、首相官邸を出て陸相官邸に向った。
したがって、あとで桜井参謀と栗原中尉と兵達との劇的場面には立ち合うことが出来なかった。
このことは 林は後で後悔していた。
一言、兵達に自分の気持を話して別れの挨拶をしたかったと言っていた。

私と林と二人並んで歩いて行った。
歩きながら、
私は林に対し、陸相官邸に行ったら自決しようと言った。
林は黙っていた。
私は自決しなくとも殺されることは決っていると言った。
この時林は私の顔をきっと見詰めて、
「 貴様は殺されるのが嫌なのか、殺されるのが恐いのか。
殺されるなら、撃たれて死んだらいいではないか 」
と 言った。
林の胸の中には軍首脳部の我々に対する態度を見て、
すさまじい反抗心と不屈の闘志が
燃えていたに違いない。
後で私は この時の林の態度を思いおこして、
昔賤ケ岳の戦いに敗れた猛将佐久間玄蕃盛政が、
秀吉の仕官のすすめを断り、
切腹も返上して縄を打たれて引き廻しの上、
斬首された凄まじい闘魂に共通するものを感じた。

陸相官邸に着くと、大きな応接間に入れられた。
既に数人の同志将校が来ており、また次々とやってきて広い部屋も一杯になった。
坂井中尉、高橋少尉と麦屋少尉が別室に入り、自決すると言っていた。
栗原中尉や澁川さんが自決をしてはいけない、自決をやめろと皆を説得していた。
私はこうなったら成行きに任せようと考え、じっとしていた。
ここまで林やその他の人々と行動を共にしてきたのだから、
最後迄運命を共にしよう、
と 度胸を決めていた。
しばらくしてから
歩一出身の多田督治大尉がやって来た。
そして つかつかと林の前に来て、
「 おい林、腹を切れ 」
と 言った。
林は黙ったまま多田大尉の顔を睨んでいた。
多田大尉は近くに坐っている私の方へは見向きもせず、唯、林だけに向って自決を迫った。
あと何を言ったか記憶にないが、
林は、何も言わずに全身に力をこめて多田大尉と対決していた。
そのうちに澁川さんがやって来て、
「 多田さん、分っているではありませんか。もういいでしょう。お帰り下さい 」
と 決意をこめた口調で言った。
多田大尉は黙ったまま引揚げて行った。
多田大尉は陸士三十六期生で、
我々の候補生当時 聯隊の他の中隊長をしていた陸大出の方で、
当時確か陸軍省にあって思想方面の研究等をしていたと記憶している。
この勝負は林の気魄の勝ちだと思っている。

大分時間が経って私が小用に立ったら、
憲兵の軍曹が後から拳銃をぴたりと付けてついてきた。
小便をしている間もじっと銃口を突きつけたままであった。
しかし私はこれに唇を噛みしめて耐えていた。
そのうちに坂井中尉達は、野中大尉や栗原中尉等の説得をきき入れて自決を取り止めた。
しばらくして、
静かな官邸の中で小さな拳銃の銃声が聞こえ、
それは野中大尉の自決の銃声であることが知らされた。
これは事件の一つのクライマックスであった。
やたらに苛立たしい気持ちになり、殺すなら早くやったらいいと思ったりした。
しかし、どうせここまで来たのだから、
何処までも頑張ってやろうという気持で腰を落着け、時
の経つのを待っていた。
皆、一言もしゃべらず押し黙ったままであった。
また夕闇が迫ってきた。
時間ははっきり覚えていないが、
石原大佐と鈴木貞一大佐その他数人の参謀将校が憲兵を
引連れて部屋の中にやってきた。
そして石原大佐は 我々を見るなり 物凄い剣幕で、憲兵に向って逮捕しろと命じた。
その時、我々の知らない砲兵の大佐が石原大佐をおしとどめて、
おだやかな表情で、
「 皆さんを収容します。」
と 言った。
或いは 保護検束すると言ったのかその時の言葉をはっきりと覚えていない。
憲兵は一斉に行動を起した。
我々に手錠をかけたのである。

丹生中尉が悲憤やる方ない声で
「 手錠までかけなくても良いではないか 」
と 抗議したが、
そのような講義はすべて黙殺され、
ただ冷たい空気が流れて逮捕はすすめられた。
その時、鈴木貞一大佐が林を呼んで、
「 お母さんに何か言い遺すことはないか 」
と 言ったが、
 
林は鈴木大佐の方にきちんと不動の姿勢をとって、
「 ありません 」
と、ただ一言、腹の底から出る声で答えた。
私の手にも冷たい手錠ががちゃりと音をたててかけられた。
心の中は何かが物凄い勢いで渦巻いていて何も考えられなかった。
やがて鉄格子のある囚人護送車に乗せられて、真暗な闇の中を走りつづけた。
そして代々木の衛戍刑務所に到着した。
狭い事務室のような部屋に一同入れられ、そこで皆軍服を脱いで浅黄色の囚人服を着せられた。
栗原さんや澁川さんが、
「 これからが御奉公ですぞ。しっかり頑張ろう 」
 
と 言って皆を励ました。
寒々とした暗い光の中に、なにか温かい心のつながりがあった。
一人一人、薄暗く冷たい監房の中に入れられたとき、
全く別世界に来てしまった違和感が
全身を走った。
しかし、与えられた毛布をかけて横たわると連日の疲れですぐ眠りに就いた。


池田俊彦 著
生きて入る二・二六 より
 
 


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