あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

一下士官の昭和維新 2 「 おい、福島班長、これからが大変だぜ、しっかりやろうな 」

2017年11月03日 19時56分50秒 | 下士官兵


福島理本伍長

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1 「 参加いたします 」 の 続き

二月二十六日  午前四時二十分

出発 四時二十分。
野中大尉部隊の先頭の方から、
「 しっかりやろうぜ。
隠密行動だからできるだけ静かに、
交番のところは極力避けるが途中そのような場所があれば演習とみせることだ 」
との 逓言がある。
各中隊は小隊、分隊ごとの戦闘単位に整列、
我が中隊は鈴木少尉の指令により分隊長集合し、
合言葉は 「 尊皇--討奸 」 であることを知らされる。
兵に徹底させよと 云う。
さっそく合言葉の意味を説明し、
相手に対して 「 尊皇 」 と言って 「 討奸 」 と言う返事があれば味方である。
「 尊皇 」 と言われたら 「 討奸」 と言うことを伝え、さっそく練習する。
「 それ尊皇!」
「 ハイ、討奸!」
「 ハイなど要らないぞ、既に敵中にあると思え 」
気をつけ、出発。
重苦しい重圧感のある行進。静かにして急ぐ。
「 気をつけ!前へ進め、歩調取れ 」 などの号令ではない。
我が中隊に於ては演習気分などは更々なく、
蹶起部隊のうち、最も抵抗すると思われ、強敵となる警視庁占領がその任務であった。
我々の部隊はやがて歩一側面道路に着いて一時停止。
歩一週番指令らしい将校が来て、我が部隊の将校等と頷うなづき合う様が覗えた。


まもなく歩一部隊も繰り出して合流、進発。
途中で歩一部隊は分かれていずれかへ去った。
凍てつく道路は滑りやすく坂を下る時、三、四名の兵士が転ぶ。
警視庁手前七百メートルくらいの地点に、警官が腕を組んで交番前に立っているのを見る。
私は咄嗟に、
「 黎明れいめい攻撃の演習はきついぞ。いいか!」
と 大声で怒鳴り 演習の言葉に 特に力を入れて過した。
警官には演習に映り、兵たちは既に使命を知り覚悟の駄目押しと察したに違いない。
第十中隊は iG ( 小銃分隊 ) を先頭にLGと続き 海軍省方面から警視庁正門玄関を左にして迂回、
東側塀の破れ口から進入し 完全に包囲する。

正面玄関をすぎる際、既に野中、常盤、清原の三将校は階段上に立って居り、下士官兵の数名も一緒に居た。
そこには警官の姿はなかった。
我が中隊は庁舎東側に布陣する。
工事中のために土砂の高低 凸凹、穴、積雪、工事用材料など散乱し足許は極めて悪かったが、
躊躇ちゅうちょする場合ではないので雪中に散開した。
静かな指令で 「 折り敷け 」、庁内も極めて静かである。
点灯した窓に照準をつけよ。
命令のあるまでは絶対に引鉄ひきがねはひくな。
福島分隊は良く窓を見ていよ。
今 灯いた窓に注意をしろ。
と 指示。
その内、大森分隊の位置に民間人がやって来た。
なにも知らないらしい。寒さに縮めてうつむき加減だった。
大森軍曹は殺した声で、
「 入ってはいかん 」
「 どうしてですか 」
「 訳は後で分かる 」
「 困るなあ 」
「 駄目だと言ったら駄目だ。帰れ 」
驚いた民間人は返す言葉もなく去った。たぶん炊事夫のような者であろう。
次に間もなく福島分隊の位置したところに一名急ぎ足でやって来た。
これに対して 私はいち早く手を拡げ、
「 今 君等を通すわけにはいけないから 帰ってくれ。通るなら殺すぞ!」
この男は一言もなく とんで帰った。
見送っていると約一五〇mくらいの小路の右側の門を開けて姿を消した。
我々の耳目は目前の牙城・警視庁舎に注がれていた。

二月二十六日  午前五時
五時?
いまだ薄暗い警視庁望楼に懐中電灯の揺らぎと共に将校らしい人影を見る。
「 占拠完了 」
の 一声あり。
闇空の静けさを破り包囲の蹶起部隊一同に響き渡る。
この間一発の銃声もなし。
まさに幸運なり。幸先良し。 兵一同もホッとする。
雪中に伏したる兵員も各分隊長の命令 「 ××分隊、立て、雪を払え!」 の声が聞こえる。
緊張の一瞬は過ぎ、それぞれ騒々しくなり 寒さに反応して手をもみ 足踏みをしたり の 一時が続いた。
警視庁は全くの無抵抗であった。
警戒した新撰組はどうしたのか?  ・・・リンク→
庁舎に突入した兵士たちは?
野中隊長らの幹部は ?
と 心配するうちに 伝令が来て、
「 新撰組は警視庁地下室に監禁したので、いまからは外部に対して警戒せよとの命です 」 と。
即ち庁舎内は完全に武装解除が終了したのを確認することができた。
我々は警戒の向きを転回した。
各隊一斉にLG ( 軽機関銃分隊 )、МG ( 重機関銃分隊 ) も警視庁を背にすることになった。

一時間後、明色淡く各兵の識別もつくようになる。
我が中隊は囲みを解いて庁舎中庭に終結する。
清原少尉の指揮する三中隊の兵数十名、七中隊の兵一部らは庁舎内、屋上にあって警戒に当たり、
各入口にはLG、МG、iG ( 小銃分隊 ) により外部に対して銃口を指向していた。
電話室等は全く外部と絶たれた様子。
私は瞬時を利用して隊を離れ、玄関より舎内を馳せ 二階まで様子を見に行った。
斉藤伍長と偶々階段で遭遇。
「 オイ、ドウカ!」
「 ウン、電話交換室を抑えてしまったから心配ない 」 と。
長居は無用で急ぎ分隊へ戻り、
「 庁内は完全に制圧した 」 と 兵に告げた。
我が中隊が中庭に集結待機中、蹶起部隊の情報は刻々成功を伝えて来た。
斉藤内府、即死。渡辺大将、即死。高橋蔵相は身体真二つに等々。
成功を喜びながらも胸中の哀感を禁ずる事は出来なかった。
牧野、西園寺の逃亡は実に無念。
奸賊なのだ。
皇国のためなんだ と悟り欣事とすべきだ。

二月二十六日  午前七時三十分
七時三十分 ?
突然、
「 十中隊は内務大臣官邸を襲撃せよ 」
との 命が下る。
鈴木少尉は福原曹長を伴い
井戸川、新井、宇田川分隊、松本、井沢分隊を指揮し走って行った。
大森小銃分隊と福島LGは残って 後命を待つこととなる。
庁内は中庭に 三、七中隊の一部と十中隊のニケ分隊となり、
他は庁舎外側に布陣、道路上で人や車の通行を禁止し、外部との遮断警戒に当たる。
私は庁内待機の歯痒はがゆさに兵を残置し、査察に出、海軍省門前に来たところ、
野中隊長が、庁舎表玄関前に立ち、軍刀を握り外部の情況を看察しているのを見た。
庁舎を離れて百二十m程の路上には歩哨線を設け、
МG、LG 陣を取り、歩哨は銃剣を擬して通行を禁じていた。

空は曇天、いまだ陽光を見ることは出来なかった。
市民は逐次集まり、人垣をつくる。
市民と哨兵との間に種々問答があったが、市民には納得のいかない事が多いようである。
無心に疾走してくる円タクも、哨兵の威嚇に驚き、車を降りて人垣に加わる有様であった。
私はこの様子を見て、ただちに庁舎に戻り、我が兵を連れ出し、
市民の動勢に対応すべく 舎門と市民群集との距離ほぼ中間地点にLGを据え 待機させた。
野中隊長は黙認していた。
ついで大森分隊も舎の門前に出て、外部に対し待機した。

私は再び歩哨線に行き、市民の垣のに中に一般人らしからぬ群集を感じた。
これらの人達は非常を知り 馳せ参じた私服警察官の群れである。
彼等は人垣の前面に出て、
「 通せ、通せ 」
と 叫ぶ。
哨兵は銃剣を擬して 「 駄目だ! 駄目だ!」 と 戻す。
警官も軍隊生活の経験者であるためか哨兵の威おどしの姿勢だけでは なかなか制止をきかない。
その時に常盤少尉が巡察に来てこの様を見、
「 みなさん この歩哨線から下がって下さい。そして帰って下さい。
解散しないなら撃つぞ。いいか!」
少尉は考え、そして叫んだ。
「 どうしても解散しないなら警視庁内に居る警官を殺すぞ。それでもいいか 」
人垣の結束は崩れて来た。
その垣の中から小柄だが眼光の鋭い男が現れ、
「 どうか責任者に会わせてくれ 」
と 動じない。
「 よし 会わせてやるがこの群集は穏やかでないから静かにさせろ!」
「 責任者に会ってからでないと静かにさせられない 」
常盤少尉は困った顔。
自分を見て、
「 おい班長、この男を野中中隊長のところへ案内してくれ 」
自分は直ちに応じた。同時に、
「 失礼だが拳銃を出してください 」
「 持っていない。ピストルは役所に置いてあるんだ。
俺は出勤途上なんだ。ピストルなんか持っていない 」
私は、 「 そうですか、では・・・・」
と 言いながらも警戒して件くだんの男の右側に身体を接して野中隊長の許へ行き、事情を報告した。
「 庁舎に入れてください 」
「 いや、我々の今回の行動は陛下の御為のものであり、
警視庁も一時押えているだけで決して乱暴なことはしない。
貴殿が我々の云うことに服従しないなら 我々は貴殿らを皇国のために敵としなければならない 」
「 巡査も軍隊と同様 陛下のためと思って行動しているんですから、
軍隊の行動には手出しなどはしません。
だが、吾等の仕事は警視庁内に入らなければ何事もできないので、
ぜひとも中に入れて下さい 」
「 これより一歩も入ってはいかん!」
「 歩哨線の群れは血気盛んな警官たちです。通してくれないなら衝突するより仕方ないと思う 」
「 貴殿は戻ってその警官たちを鎮めよ 」
その時 常盤少尉が走り来た。
「 もし 静かに解散しないなら 我々は已むを得ず実力を以て撃退させる!
貴殿は解散させることが出来るか! どうだ それが出来ないなら已むを得ない 」
と 言って常盤少尉と視線を合す。
「 命にかけて巡査を鎮め解散させます 」
「 我々は正しいことをしているのだ。彼等がどうしても いうことをきかないなら射て 」
男は頷うなずき、当初のランランたる眼光はこの時に困惑に変わっていた。
私はこの男を歩哨線に連れて行き 自部の分隊に戻った。
野中、常盤の両将校は何事か話し中であったが、その視線は歩哨線外の群集にあった。
その時、内相襲撃部隊が帰って来た。
鈴木少尉は私を見て 手を横に振った。
不成功、逃げられたか?伊沢軍曹が、
「 福島班長、駄目だった。もう 居なかった 」 と 語る。
福原曹長と井戸川分隊が残っている由だった。
「 そうか。それは残念だった。ちょっと指令が遅すぎたな 」
鈴木少尉は野中隊長に報告し、次いで私等の位置に来て、
「 おい、福島班長、これからが大変だぜ、しっかりやろうな 」 と 一言。
やがて警官の一団は何事もなくいずれかに去った。

残るは一般民衆だけであった。
彼等は我等に対して
「 ご苦労様、ご苦労様、兵隊さん 」
の 声で警戒を要するようには思えない。
十中隊は一部を内相官邸に置き、
他は全員を警視庁中庭に再結集し携帯口糧を食した。
この時より時間を定めて歩哨交替警備で襲撃に出るようなことはなかった。
ときおり散発的な銃声を聞いた。
これは停止命令に従わない車に対してのタイヤ目標に射撃したもので交戦のものではない。

次頁 3 「 尊皇義軍からは射たないが 貴様らの方から射てば応戦するぞ 」   に 続く

福島理本 著
ある下士官の二・二六事件  罰は刑にあらず
2 出動 から


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