本庄日記
昭和十年
四月九日
四月八日午後二時御召アリ、
此日上聽ニ達シタル
眞崎敎育總監ノ機關説ニ關スル 訓示 ナルモノハ、朕ノ同意ヲ得タトシテノ意味ナリヤ
トノ御下問アリシユヘ
斷ジテ左様コトナク、全ク總監ノ職責上出シタルモノナルガ事重要ナリト認メ、
報告ノ意味ニテ上聽ニ達シタルモノナリ
ト奉答ス、
同九日午後三時半御召シアリ
1 敎育總監ノ 訓示 ヲ見ルニ
天皇ハ、國家統治ノ主體ナリト説ケリ、
國家統治ノ主體ト云ヘバ、即チ國家ヲ法人ト認メテ其國家を組織セル或部分ト云フコトニ歸着ス。
然ラバ所謂天皇機關説ト用語コソ異ナレ、論解ノ根本ニ至リテハ何等異ナル所ナシ、
只機關ノ文字適當ナラズ、寧ロ器官ノ文字近カラン乎。
又 右敎育總監ノ訓示中
「 國家ヲ以テ統治ノ主體トナシ、天皇ヲ以テ國家ノ機關ト爲ス云々 」 ノ 説ヲ反駁セルモ、
之モ根本ニ於テハ 「 天皇ヲ國家統治ノ主體 」 ト云フト大同小異ナリ、
而ルニ之ヲ排撃スルノ一方ニ於テ 天皇ヲ以テ國家統治ノ主體ト云フハ自家撞着ナリ。
要スルニ天皇ヲ國家ノ生命ヲ司ル首脳ト見、
爾他ノモノヲ首脳ノ命ズル処ニヨツテ行動スル手足ト看バ、
美濃部等ノ云フ根本観念ト別ニ變リナク、敢エテ我國體ニ悖ルモノトモ考ヘラレズ、
只美濃部等ノ云フ詔勅ヲ論評シ云々トカ、
議會ハ天皇ノ命ト雖、之ニ從フヲ要セズトカ云フガ如キ、
又 機關ナル文字ソノモノガ穏當ナラザルノミ、
佛國ニテハ用語ヲ統一セル由ナルガ、日本モ此用語ヲ統一セバ便ナラン 云々
ト仰セラル。
即チ
天皇ヲ國家ノ生命ヲ司ル首脳トセバ
天皇ニ事故アラバ國家モ同時ニ其生命ヲ失フコトトナル、
斯ク推論セバ機關説ノ意義ノ下ニ國家ナルモノヲ説キ得ザルニアラズ、
而シテ必ズシモ國體ノ尊嚴ヲ汚スモノニモアラザルベシ。
2 之ニ反シ、
統治ノ主權ハ君主ニアリヤ ( 天皇主権説 ) 又 國家ニアリヤ ( 國家主權説 )
ト論究セントスルニ於テハ、兩者全ク異ナルモノトナルベシ
若シ主權ハ國家ニアラズシテ君主ニアリトセバ、専制政治ノ譏そしりヲ招クニ至ルベク、
又 國際的條約、國際債券等ノ場合ニハ困難ナル立場ニ陥ルベシ。
露國ヲシテ日露北京交渉ニ於テ ( 芹沢、カラハン會商 )
「 ポーツマス 」 條約ヲ認容シタル我日本ノ論法ハ、國家主權説ニ基クモノト謂フベシ。
3 朕モ亦、
君主主權説ニ於テ先制ノ弊ニ陥ラズ、外國ヨリモ首肯セラルルガ如キ、
而モ夫レガ我國體歴史ニ合致スルモノナラバ、喜ンデ之ヲ受ケ入レルベキモ、
遺憾ナガラ未ダ敬服スベキ學説ヲ聽カズ、
往年穂積、上杉ナド美濃部其他一派ノ學者ナド憲法論ヲ是非論難セシガ、
結局根本ニ於テ同一ニ歸スト云フ。
4 右ノ要旨ノ御言葉ニ對シ自分ハ、
軍部ハ學説ニハ触レズ、只信念トシテ崇高ナル我國體ヲ傷ケ
天皇ノ尊嚴ヲ害スルガ如キ言動ヲ、絶對ニ軍隊ニ取入レザラントスルニアリ、
彼ノ議會中心ト言ヒ 詔勅ヲ論評シ、議員ハ天皇ノ命ニ從フヲ要セズト云フガ如きハ、
軍部ノ信念ト斷ジテ相容レザルモノナリ
トノ主旨を、
軍隊ノ敎育乃至統帥上、徹底セシメントスルニ外ナラズ
ト奉答ス、
之ニ對シ、陛下ハ、
信念ナルモノハ世上ノ憲法學説杯ノ上ニ超越スルモノナルガ故ニ、
右主旨ハ固ヨリ結構ナリ。
只憲法學説ニ於テ、論難ノ的トナルガ如キ字句ハ之ヲ用ヒザルヲ要ス
ト 仰セラレタリ。