鳴かぬなら 信長転生記
「婆さん、馬を下りろ、このお方は貴人だ!」
栞ちゃんと変換する余裕もなく、悲鳴のように叫んでしまう。
「ま、まことに失礼いたしました!」
ここ何年もやったことが無い土下座の礼で詫びる。
魏王様とか曹操様と呼ぶべきなのかもしれないが、様子を見ると現場監督か主任技師かと見まごうような軽い身なりでいらっしゃる。下手に御身分の分かる呼び方をしては障りがあるかもしれない!
「いやいや、畏まらないでください。お察しの通りなんだが、いまはただ工事の進捗を見に来ただけです。仰々しい供の者も付けてはおりません。旅の途中で出会った工事関係者と思って下されればよろしいですから(^_^)」
「ははぁ!」
「どうぞお手を上げてください。そのように礼をされますと、我々も蹲踞の礼をとらなくてはならなくなります」
中尉の階級章を付けた士官が頭を掻く。見れば階級章は近衛では無くて工兵科、常なら王のそばには寄れない兵科と階級だ。
「それでは、お言葉に甘えます。栞ちゃんもお立ち」
「ほう、奥方はカンチャンとおっしゃるのか」
「ああ、はい、栞(しおり)の一字でカンと読みます(^_^;)」
「ほうほう、御亭主の人生のページに挟まれた偉大な栞なのでござるな」
「ほほほ、お上手な」
「こ、これ、狎れるんじゃない」
「いやいや、御亭主も力を抜いて下され、力が入っては堤防工事にも障りがでます。八分の力でボチボチやってこそ手堅いものができます」
「はい、恐れ入ります」
「言葉に北の訛を感じますが、豊盃あたりのお方か?」
「はい、豊盃で小さな店を出しております」
「店といいましても店借のテナントなんですけどねぇ( ´艸`)」
栞ちゃん、なんだか若やいでいる。
「ああ、ひょっとして大橋さんがお作りになった豊盃パサージュの?」
「はい、ご存知なんですかぁ?」
「いや、なかなかお洒落な商業施設で繁盛していると聞いておりますぞ」
背後の兵も表情を柔らかくして頷いている。見ると半分は呉の兵隊だ。
「はい、元々は豊盃楼と呼ばれていたころからのテナントなんです。移転しても店の権利は残してくださいましてね、店のほとんどは大橋さまに使って頂いているんですけど、ちゃんと店賃も下さって、今回は主人とふたりで旅行までさせてくださいましたの」
「おお、さすがは喬公の姫君、孫策殿の妃、行き届いておられる。そうだ、この工事が終わったら、工事関係者にも慰労の会をもつとしようか。のう?」
魏と呉の兵に均等に言葉をかけ、兵たちも嬉しそうに微笑む。魏の曹操が何の腹積もりも無く人に優しくすることなどあり得ない。なにが腹の中にあるのかと思うが、この和やかさはなんだ?
おっと、いかん。こういう貴人の前で不足や疑問のある顔は禁物だ。
兵たちと同様に過不足のない笑みをたたえておく。
「曹操さま」
「なんですか、奥方?」
うう、変なこと聞くんじゃないぞ。
「お作りになっている堤防、魏の方が50センチほど低いように見えるんですが?」
まずい、そういうことは気づいても口にするんじゃない(;'∀')。
「そのようにご覧になられましたかぁ……」
「あ、いや年寄の思い込みでございますから」
「いや、奥方は正確にご覧になっている。実は、魏の方の堤は二尺近く低いのです」
「「え?」」
「恥ずかしながら、予算が少しばかり足りんのです。この工事はこちらの方から呉の孫策さんに提案したんですがね、赤壁の前後百里に及ぶ大工事。失礼ながら、呉の経済規模は魏の半分ほどでしてね、そうそう無理は言えません。と言って手をこまねいていては、いずれは起こるであろう水害には間に合いません。幸い、魏の方が予想水害面積が小さいのです。それで、魏の方を50センチ低く抑えました。これで、工事費用は二割近く少なくて済んでいます」
パチパチパチ
「これ、拍手なんか」
感極まって思わず拍手する婆さんをたしなめる。
「これは面映ゆい。いやはや、苦肉の策なんです。が、まあ、魏の方の堤でも、これを越水するような水害は百年に一度あるかないかです。いずれ余裕ができれば増築の工事に入ります」
「それで、工事にかかる費用はどのような割合で出されているのですか?」
「おお、さすがは豊盃の商人であられる」
そこまで言うと曹操殿は、前を向いて遠い目をされる。
「実は……」
呉の士官が曹操殿に代わって口を開いた。
「実は、工事費用は全額魏に負担していただいております」
「え、全額を?」
「アハハ、いやいや、その分兵と労務者の7割。それに、食料のほとんどを呉ににみてもらっています。江南の米はうちよりも美味い。おかげで、少々太ったようで、ダイエットを兼ねて現場を見て周っておるのですよ(^▽^)/」
「陛下、そろそろ次の工区にまいりませんと」
「おお、いやはや無駄話をしてしまいました。それでは、よい旅を続けてください」
「は、はい、恐縮であります!」「ありがとうございます!」
婆さんと二人、工事中の堤防を去り行く曹操殿を見送って頭を下げた。
赤壁の堤上、日輪は南中しようとしていた。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主