大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語2・038『廃墟と少彦名』

2024-03-25 11:40:18 | カントリーロード
くもやかし物語 2
038『廃墟と少彦名』 




 あ……


 御息所が戸惑いの声をあげて視界が開けた。

 いつもだったら『ええっ!?』とか『ギョエー!?』とか品のない声を上げる御息所なんだけど『あ……』と上品な声。

 そう、今の御息所は交換手さんのスピーカーというかインタフェイスを兼ねているからね。今の上品な『あ……』は交換手さんの声なんだ。

 わたしもデラシネも「え?」と思ったよ。

 1941って番号を回したから、とうぜん1941年に飛んだんだと思ったよ。


 着いたところは、なんか、大きな工場の廃墟だ。

 昔は五階建てぐらいだったんだろうけど、所どころ床が抜けていて、最上階の屋根まで見通せる。壁もいたるところ抜けたり欠けたり、床はボロボロのコンクリートで、機械が据え付けてあったんだろう、土台が剥き出し。瓦礫やら草やらコケやらカビみたいなのも生えていて、ゾンビ映画とかのロケにはいいけど、思念だけとは言え地球の裏側からわざわざ見に来るものじゃないよ。

『す、すみません、なにか手違いのようです(;'∀')』

 めずらしく交換手さんが狼狽えている。


「申しわけない、交換手」


 声がして振り返ると、壁の崩れたところにミノムシみたいなのが立っている。

『あ、少彦名さん!』

 ミノムシはすくなひこなというらしい。

『少彦名と言えば、大国主の国造りスタッフ。それがどうして? ちょっと体つきも大きすぎるし! あんた、ほんとうに少彦名!?』

 御息所が自分の声で責め立てる。

「ああ、あんたは、ただのスピーカーじゃないみたいだなぁ」

『六条御息所よ、本来は東宮妃だからね、感謝しなさいよ』
『あとは、わたしがやりますから(^_^;)』
『そう、じゃあ、よろしくね。わたしはもう出てこないから!』
『はい、すみみません』

「説明してよ、わけ分からんからぁ!」

「まあまあ(^_^;)」

 デラシネが切れかかって、なだめるわたし。

『少彦名さんは樺太神社の神さまだったんです。樺太神社はもうありませんけど、日本にはまだ樺太に住んでおられた方もいらっしゃいますし、訪れる日本の方々もいるので、現地の案内人として残っておられるんです』

「本来は親指ほどの背丈しかないんだけどな、樺太は草深い、見失われては困るんで、このサイズで出てくるんだ」

 元のサイズだったら御息所とも仲良くなれたかもしれないかなぁ。

「で、ここはいったい何なの? こんなもの見せるために、ここまで連れてきたの!?」

「まあ、話を聞こうよデラシネ」

「すまんなあ、今のロシアは、ちょっとごたついていてなあ。いつものように昔へ飛ぶことができないんだ。あ、ここは真岡にあった製糸工場の跡でなぁ、コンタクトしやすいんで、こっちに来てもらったんだ」

『ええと、昔の真岡や樺太を偲ぶところはないんでしょうか?』

「希望通りのところは無理だろうが、あんたの頼みだ。ちょっと考えてみよう」

『すみません、お手数をかけます』

「なあに、わざわざヤマセンブルグから来たんだ、歓迎はするよ」

 グゥ~~~~

「お、なんだ腹が減ってるのか?」

「あ、お昼食べる前にこっちにきたからかなぁ、思念体でもお腹が空くんだね(#^_^#)」

「そうか、二人とも思念体なんだ。それならもてなしようもあるというもんだ」

「え、なんか食べさせてくれるのかぁ!?」

「え、デラシネってリアルにご飯食べるの?」

 いつもは食堂で食べるフリだけしている。

「うん、じつは、どっちでも……というか、思念体ならリアルには食べられないだろう?」

「まかせておけ、これでも元は樺太の一の宮、それくらいは造作もない。行くぞ!」

 少彦名がクルっと回って風が起こったかと思うと、辺りが真っ白になったよ。



☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名

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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第120話《牛乳が切れてまねき猫》

2024-03-25 07:30:18 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第120話《牛乳が切れてまねき猫》釈迦堂一葉(由紀子) 





「牛乳きれてるよぉ」


 亭主が平板な声で言った。若いころは落ち着いたバリトンに惚れたものだけど、今はただの鈍いオヤジにしか見えない。

「さつきじゃないのぉ? スコットランド人を助けたとかなんとか言いながら冷蔵庫開けてたから」

 今日は日曜だ……けれど、亭主は図書館勤務なので仕事がある。今からコンビニに買いに行っては出勤に間に合わない……こともないんだけど面倒だ。

「……インスタントコーヒーにしとくか」

「ペットボトルのがあったわよぉ……」

「……ないぞぉ」

「ええ、ペットボトルのも空なの?」

「さくらだなぁ、昨夜は遅くまで本読んでたみたいだからなあ」

 あいかわらず平板な声でそう言うと自分でスクランブルエッグを作り始めた。やや脂肪肝なので油を控えてレンジでスクランブルエッグを作っている。   
 なるほど、これなら油使わずにすむけど、あとでしこたまマヨネーズを入れたら同じことだと思う。だけど、男のこういうこだわりにはチャチャを入れない方がいいのは30年も夫婦やってれば分かる。
 
「行ってきまーす」

 鉋くずのような平板声で亭主は出勤。娘たちは昼近くまで寝てるだろうから、ここからはわたしだけの時間。

 あんまり……ほとんど売れていないけど、これでも作家の端くれ。来月末までと期限を切られた短編のプロットを考える。洗濯はそれから、娘二人の目覚まし代わりにかけてやればいい。


 今日は宮沢賢治の命日……それだけで、いい話が……浮かんでこない。


 だいたい、この作家の大先輩の命日も、朝一番に見た新聞のコラムから。

 アイデアが浮かばないときは、やたらに他のことがしたくなる。たっぷりの牛乳が入ったカフェオレが飲みたくなる。で、先ほどの亭主の牛乳のことなど、すっか忘れて、お財布掴んで駅前のコンビニを目指す。

 そのコンビニの前で運命に出会ってしまった。

 直観で、ジョバンニだと分かってしまった!

 チノパンにカーキグリーンのシャツ。髪は自然な褐色で、憂いを湛えた横顔は、まさにジョバンニ。こんな朝っぱらから銀河のお祭りに行くわけでもないだろうけど、なんだか気になってあとを着けてしまう。

 ジョバンニは、路線図を見て切符を買った。豪徳寺に来て間もない子なんだろうか、不慣れな様子がとても初々しい。

 どうしようか……と思ったら、駅のまねき猫と目が合ってしまう。

――いまなら間に合う――

 そう言って、つんつん上げた手でホームへのエスカレーターを指し示す。

 それで、ついスイカを使って改札をくぐってしまう。

 で、けっきょく渋谷まで付いてきてしまった。

 まだ渋谷は9時をまわったところで、渋谷としては一番閑散とした時間だ。ジョバンニはぐるっと駅前を見渡すとハチ公の近くに寄った。

 わたしの中で妄想が膨らむ。

 これはカムパネルラと待ち合わせているに違いない。

 こういう追跡観察は、程よく距離を取って付かず離れずが大事だ。わたしは視野の端でジョバンニを捉えてカムパネルラが現れるのを待った。

 5分ほどして……現れた!

 男の子ではなかったけど、サロペットが良く似合う女の子だ。

 わたしは年甲斐もなく完全に銀河鉄道の世界に入り込んでしまった。

 そこに、洗いざらしのシャツのオッサンが二人に近寄って、一言二言。すると、とたんに二人はジョバンニでもカムパネルラでもない、ただの若者になってしまった。

 そして、なぜかか、わたしに近寄ってきた。

「すみません、僕たちテレビの撮影なんです。まわりの人たちに意識されないように、遠くから撮ってるんですけど、オバサン、豪徳寺からずっと付いてこられたでしょ。すみませんけど、被っちゃうんで、ご遠慮願えませんか」

「え、テレビの撮影!?」

「はい、こういうの撮ってます」

 オッサンは、丸めた台本を見せた。『渋谷銀河鉄道』と書かれ、銀河放送のロゴが入っていた。

「どうもすみませんでした。良い雰囲気の子だったんで、つい……あ、わたし、こういうものです」

 普段めったに使わない名刺を出した。

「あ、作家の釈迦堂一葉さんだったんですか。おーいみんな、こっちこっち!」

 二人の役者さんの他にもカメラマンや音声さんなどが集まってきた。で、5分ほど立ち話して別れた。

「あーあ、なんだテレビの撮影だったのか」

 独り言ちて一瞬空を見上げ、視線を戻すと、撮影班の姿はどこにもなかった。全部で10人近くいた人たちが忽然といなくなった。


 え、ええ……?


 冷静に考えたら銀河放送なんて聞いたこともない。

 念のためスマホで検索。

 やはり出てこない。

 だいいちあたしのことを作家だと知っている人などほとんどいないのに、あの撮影班は、わたしの作品をかなり読んでいる形跡があった。

 まあ、牛乳が切れていたからおこった奇跡だと、思えるほどの大人子どもなわたしです。

 そうだ、お洗濯しなくっちゃ! 

 急いで豪徳寺に戻る。

 改札を出てまねき猫、微妙に目をそらせたような気がした。



☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
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