ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第114話《聖火ドロボー》さくら 

古い学校には伝説や言い伝えが付き物だ。
佐伯君の乃木坂学院でもマッカーサーの机(『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』に詳しく載っている)とか、どこにも通じない階段とかがあるそうだ。
――さあ、六つ目よ!――
下校時間も迫った5時過ぎ、米井さんのメールで、わたしたちは学校の玄関に集まった。
「ここに、帝都女学院の六つ目の不思議があります!」
ええぇ?
わたしたちは玄関を見渡した。
玄関に入って右側が事務室の窓口。左側には大きなショーケースがあって、優勝杯や優勝旗、なんかの感謝状や表彰状……この手のものは、うちぐらいに古い学校なら倉庫に一杯ぐらいある。その横に卒業生の彫刻家さんが寄付したというという制服少女の胸像と全身像、むかし制服改定の話が上がった時に寄贈されたらしい、タイトルは『憧れ』と『祈り』。きっと「制服は変えないで」という想いが籠められている。創立者のジイサンの胸像よりも小さいんだけど趣味も出来もいい。
「これよ」
5分ほど眺めているうちにマクサが指さした。
そこには5人の帝都の女生徒が、変な手つきして、不器用そうに固まっている油絵が飾ってあった。右の下を見るとSEIKO1998とサインが入っている。よく描けた絵だけど、線や色のタッチから美術部の生徒かOGが描いたものだろうと推測された。
「あ、この子たちの手、手話だ!」
吉良小百合という、一度聞いたら忘れられない名前の子が発見した。
「なんて書いたあるの?」
一番背の低い恵里奈が乗り出して聞く。
「それが……へんだなぁ?」
小百合はご本家に負けないくらい人生前向きな顔で小首を傾げた。
「どう変なのよ?」
わたしたちは玄関を見渡した。
玄関に入って右側が事務室の窓口。左側には大きなショーケースがあって、優勝杯や優勝旗、なんかの感謝状や表彰状……この手のものは、うちぐらいに古い学校なら倉庫に一杯ぐらいある。その横に卒業生の彫刻家さんが寄付したというという制服少女の胸像と全身像、むかし制服改定の話が上がった時に寄贈されたらしい、タイトルは『憧れ』と『祈り』。きっと「制服は変えないで」という想いが籠められている。創立者のジイサンの胸像よりも小さいんだけど趣味も出来もいい。
「これよ」
5分ほど眺めているうちにマクサが指さした。
そこには5人の帝都の女生徒が、変な手つきして、不器用そうに固まっている油絵が飾ってあった。右の下を見るとSEIKO1998とサインが入っている。よく描けた絵だけど、線や色のタッチから美術部の生徒かOGが描いたものだろうと推測された。
「あ、この子たちの手、手話だ!」
吉良小百合という、一度聞いたら忘れられない名前の子が発見した。
「なんて書いたあるの?」
一番背の低い恵里奈が乗り出して聞く。
「それが……へんだなぁ?」
小百合はご本家に負けないくらい人生前向きな顔で小首を傾げた。
「どう変なのよ?」
「古い手話なんで自信ないんだけど、ド・ロ・ボ・ーかなあ」
「「「「「泥棒!?」」」」」
みんなの声が玄関ホールに響いた。
「「「「「泥棒!?」」」」」
みんなの声が玄関ホールに響いた。
「バレちゃったかしら?」
声に気づいて振り返ると、なんと校長先生が立っていた。
「あ……ア!?」
小百合がさらに何かに気づいて口を押えた。
「そう、このドロボーの「ド」の手をしているのが私……!」
声に気づいて振り返ると、なんと校長先生が立っていた。
「あ……ア!?」
小百合がさらに何かに気づいて口を押えた。
「そう、このドロボーの「ド」の手をしているのが私……!」
というわけで、校長室に通された。
「あなたたちが七不思議を探しているのは知ってたわ。食堂のおじさんや技能員さんがうわさしてたから。でも、ここまで来るとは思わなかった」
「あたし、これが本命だったんです。あとのは、これの引立てみたいなもんです」
引立てに、あたしら引きずり回したのかよ……。
「以前、校長室にお邪魔したときに引っかかったもんで」
「あなたたちが七不思議を探しているのは知ってたわ。食堂のおじさんや技能員さんがうわさしてたから。でも、ここまで来るとは思わなかった」
「あたし、これが本命だったんです。あとのは、これの引立てみたいなもんです」
引立てに、あたしら引きずり回したのかよ……。
「以前、校長室にお邪魔したときに引っかかったもんで」
「ああ、あれ……」
校長先生が振り返ったところには、校長専用の飾り棚があって、そこに古ぼけたランプがあった。よく見るとランプの下にもSEIKOと字が彫り込まれている。
「その字と絵のサインがいっしょで、手話の「ド」の女の子が若いころの校長先生だって分かったんです」
校長先生が振り返ったところには、校長専用の飾り棚があって、そこに古ぼけたランプがあった。よく見るとランプの下にもSEIKOと字が彫り込まれている。
「その字と絵のサインがいっしょで、手話の「ド」の女の子が若いころの校長先生だって分かったんです」
「よくわかったわね?」
同感。
「名札の字は崩してありますけど『白波』って読めました。そう読めると……頭の中で補正したら、校長先生になっちゃったんです」
同感。
「名札の字は崩してありますけど『白波』って読めました。そう読めると……頭の中で補正したら、校長先生になっちゃったんです」
「ハハ、しわを伸ばして、ぜい肉とったのね」
「あ、いえ、その……」
米井さん以外が、みんな笑った。
米井さん以外が、みんな笑った。
「でも、校長先生の苗字は白波じゃないですよね?」
あ、旧姓……でも、校長先生は独身だったよね。
「ひょっとして、泥棒の意味ですか?」
まくさが身を乗り出す。
「よく分かったわね」
「祖母が歌舞伎好きで『白波五人男』が大好きなんです」
シラナミゴニンオトコ?
「そう、白波って、泥棒のことなのよね。仲良し五人でね、最初は全員『白波』って名札にしたんだけどね」
他の子のは崩してあったり、ぼかしてあったりして読めなかった。
「えと……なにかを……盗んだんですかぁ?」
白石優奈が声を潜める。
「あれ、東京オリンピックの聖火を盗んだの。だからド・ロ・ボ・ー」
「あれ、東京オリンピックの聖火を盗んだの。だからド・ロ・ボ・ー」
「え、聖火盗んだんですか!?」
思わず声が出たけど、疑問がいっぱい。
東京オリンピックって二回あったけど……昭和のは校長先生でも生まれていたかどうか、令和のはコロナだったし、先生はもう校長だったし。
「はい、盗んだんです」
「「「「「どうやって!?」」」」」
感嘆と質問がいっせいに出た。
「むろん聖火そのものは盗めやしないわ。「ロ」の子が写真部でね、部室で昔の東京オリンピックの聖火リレーの写真を見つけたの。ネガも残っていたし、それを大きめのスライドに焼いてね、「ボ」の字の子が演劇部でね、スポットライトのレンズの真ん中に貼りつけて、太陽の光を集めて火を起こしたの。それやったのが「-」の子。で、その年の運動会の聖火に、これを使ったってわけ」
「あの、SEIKOというのは?」
「「「「「どうやって!?」」」」」
感嘆と質問がいっせいに出た。
「むろん聖火そのものは盗めやしないわ。「ロ」の子が写真部でね、部室で昔の東京オリンピックの聖火リレーの写真を見つけたの。ネガも残っていたし、それを大きめのスライドに焼いてね、「ボ」の字の子が演劇部でね、スポットライトのレンズの真ん中に貼りつけて、太陽の光を集めて火を起こしたの。それやったのが「-」の子。で、その年の運動会の聖火に、これを使ったってわけ」
「あの、SEIKOというのは?」
ふつうに読めば時計会社のロゴなんだけど、きっと違う。
「美術の松田先生。偶然名前が聖子だからってわけじゃないんだけど、手話と重ねて読むと……」
「ドロボー成功!?」
というわけで、ウン十年ぶりに聖火のランプに火をともした。帝都伝統のオチャッピーの聖火!
帰りに、校長先生は米井さんと佐伯君に声をかけていた。
声は聞こえなかったけど「がんばってるわね」というのが口の形で分かった。
七不思議の残りは、あと一つ。
それは、もっと意外なところに……あった。
いや、起こった……
「美術の松田先生。偶然名前が聖子だからってわけじゃないんだけど、手話と重ねて読むと……」
「ドロボー成功!?」
というわけで、ウン十年ぶりに聖火のランプに火をともした。帝都伝統のオチャッピーの聖火!
帰りに、校長先生は米井さんと佐伯君に声をかけていた。
声は聞こえなかったけど「がんばってるわね」というのが口の形で分かった。
七不思議の残りは、あと一つ。
それは、もっと意外なところに……あった。
いや、起こった……
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員
- 孫大人(孫文章) 忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
- 孫文桜 孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
- 周恩華 謎の留学生