鳴かぬなら 信長転生記
「三蔵法師さまとお弟子の方は村長さんのお屋敷をお使いください。あ、この近辺の地図も置いておきます。あとでまた寄りますからね(^▽^)!」
それだけ言うと、チュウボウ(孫権)は笑顔で手を振って旅の一行に宿の割り振りを伝えに走った。
働き者の王弟は一つ前の宿場から先行して、事前に一行の宿の手配をしていたんだ。いつものカメラをぶら下げ、気に入った風景やら人やらを撮りながら。いい意味で遊び半分という姿勢は人の心に負担をかけない。
「孫策はいい弟を持ったッパ……」
沙悟浄の姿で茶姫がこぼす。
茶姫もなかなかな奴だ。
愚兄の曹素に謀られて生まれ故郷の魏はおろか、手塩にかけた騎兵旅団も失い、国賊認定されて扶桑に亡命。その後、俺たちの偵察に付き合い、贋三蔵法師隊の沙悟浄に化けて行動を共にしてくれている。
けして、本性の茶姫に戻ることは無いが、それでも、時おり、その意図はなくとも、そうと知れる溜息を漏らすことがある。曹茶姫は兄弟に恵まれていない。
「悟空、八戒といっしょに温泉にでも浸かってこい。三蔵法師さまのご案内なら、この沙悟浄一人で十分ッパ」
そう言って、チュウボウの地図を示す沙悟浄。
「いいのか、お師匠を差し置いて温泉だなんてブヒ」
「地図は二枚ある。一般用と三蔵法師御一行用、かち合って、互いに気を遣わないようにというチュウボウの配慮だ。先に入るのは下見のためだ。晩飯までに戻って来ればいいッパ」
「そうか。では、ありがたく行かせてもらうぞウキ」
「そうするがいい、わたしも後で使わせてもらうからねぇ」
三蔵法師もアルカイックスマイルで応える。
「そうですかウキ」「それでは遠慮なくブヒ」
八戒と二人で村の外れの温泉に向かう。
ザッパ~ン!
うわ!
ゆっくり浸かったつもりなんだろうが、石で囲んだだけの浴槽は四畳半ほどの広さしかなくて、けっこうな量のお湯が溢れてしまい、先に浸かっていた俺は浴槽の外に流されてしまいそうになる。
「あ、ごめんブヒ(;'∀')」
「人目も無いし、浸かっている間だけ擬態を解かないかウキ」
「ああ、そうだな。目隠しもしっかりしているし、そうしようか」
擬態を解いて、信長と市に戻る。
「あはは、今度はお湯が足りなくなったかなぁ」
「浸かっているうちに戻ってくるさ……やっぱり本来の自分の姿でいると楽だぁ……」
お湯が胸元のあたりまでしかないので、市のきれいな上半身が露わになって、思わず見とれそうになるがポーカーフェイス。
転生したころは俺が美少女化していても裸を見られるのを嫌がっていた。俺自身は何も変わってはいないのだが、慣れたのか、いまは平気でいる。
「孔明は何をしにきたんだろう、けっきょく当たり障りのないことしか言わなかったけど」
「偵察だ、俺たちの企みに乗っていいかどうかのな」
「三蔵法師のことは見抜かれてないよね?」
「ああ、さすがは一言主、三蔵法師に成りきっている。天照はいい人選をしている。思金神(おもいかね)では、こうはいかなかったぞ」
「そうねぇ、なんだかんだ言っても御山の神さまだけのことはある……ねえ、三合の河原で説法会、その後はどうするの?」
「曹操の出方次第……というか、曹操という男を見極めなきゃならない」
「見極める……」
「ああ、手を結べるなら手を結ぶ」
「曹操と手を結ぶ!? 茶姫はどうなるのよ!?」
「茶姫に手は出させん、そこだけは変わりはない。もし、三蔵法師を通して仏教を大事にするなら、いくらでも手の打ちようはある。三蔵法師が頂点に立つなら、比叡山のような仏教ヤクザにはならんだろうしな。茶姫と大橋、それに孔明がいれば収まるだろう。収まれば、扶桑も三国志とうまくやっていけるだろうし。あとは、信玄や謙信に任せておけばいい」
「そうか……で、あんたはどうするの?」
「つぎの転生の準備をする」
「そうか……」
「と……その前に、とりあえずは、三国志と扶桑のスィーツを食べまくる。天照から預かったシフォンケーキの型も練れてくるだろうし、そっちも楽しみだな」
「あはは、そうだよね、みんなで甘いもの食べたいよねぇ……」
市は、時どきこういう顔をする。
なにか美味しいことや面白いことに想いが至ると、ちょっと遠い目をする。
「市、娘たちのことが気になるか?」
「え……」
「図星か」
「そんなことないし」
「サルが餌付けに来ていただろう」
「え、餌付け!?」
「小谷落城の折、お前たちの救助を命じて以来サルは市に執心していた。しかし、サルは寧々を正室にしていたからなあ、主筋の市を側室にはできん、それでも、市の顔が見たいものだから、あちこちからスィーツを仕入れては、娘三人に献上すると言って岐阜のおまえたちのところに足を運んでいたんだ」
「そうだったかしらぁ」
「茶々はちょっと引き気味だったが、お初もお江もサルに懐いて『そんなに食べては虫歯になります』と茶々が叱って、下の二人が口を尖らせて、サルがそれを真似するものだから、けっきょくはみんな笑ってしまった」
「話を聞きつけたあんたが『スィーツの献上なら、最初は俺のところにもってこい!』って……サルが平身低頭、あの時は、つい笑ってしまったけどね。あれは、お兄ちゃん、あんたのことが可笑しかったのよ! サルを認めたわけじゃないからね!」
「あはは、市も子どもの頃は俺の後ろに着いて、そういうのを面白がっていたからな」
「サルはね、あの時――お市の方がダメなら茶々を育て上げて――という気になっていたのよ、ほんとうに不潔なサル!」
「そこがサルの可愛いところじゃないか、寧々には頭が上がらんし、主筋の市はずっと憧れに留めていたし」
「そういうとこが不潔なの!」
「そうか」
「そうよ」
「一度だけ、サルのことで大爆笑したことがあっただろ」
「え、そう?」
「茶々がおまえの真似をしてサルサルと陰口叩いて、俺が訂正してやったときのことだ『茶々、あれはサルではなくて禿げ鼠だ』と言ってやったら、茶々が噴き出して、市もノドチンコ丸見えにして笑っていた」
「フフ、つまらないこと憶えてるのね」
「娘三人が笑わないとお前も笑えなかった」
「…………」
ちょっと喋り過ぎたか。
気づくと、ようやくお湯の水位が戻って、俺も市も黙って首まで湯に浸かった。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主