六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

この薄ら寒さは何のだ・・・

2011-04-29 15:41:28 | よしなしごと
  写真は今日の散歩道で見かけたものです。

 もう一週間もすれば立夏だというのに寒々しい毎日なのは、まだ私の体力が回復していないからだろうか。
 それとも、あの大震災の悲惨さが私に刻みつけた痕跡のせいだろうか。

         
              ハナミズキを裏側から

 とりわけ、それに続く人災である原発事故に対して、あのくらいの放射能はかえって健康に良いとうそぶき、なおも原発推進を公言してはばからない御用学者の人間離れした感性に日々接触しているせいであろうか。
 あるいは、大本営の情報を垂れ流すのみで記者クラブ根性にまみれ、自らの定見を持たない堕落しきったマス・メディアの報道に晒されているからだろうか。

         
              美味しそうな絹さやえんどう

 ソフトバンクの孫氏が、自らの寄付金の他にさらに10億を拠出して脱原発の機構の立ち上げを構想しても、それを伝えるマス・メディアはどこにもない。
 ソフトバンクの広告宣伝費と、独占企業の電力会社の広告宣伝費とを秤にかけているからだ。転んでももとに戻る起き上がりこぶしでも、頭に銭を結びつけてやるとその方に倒れる。

         
        こちらはカラスノエンドウ 成熟した実のさやで笛を作った

 一方には人命がかかっているのだが、そんなことはお構いなしにともかくもはじめに原発ありきで、産業だの経済だのを声高にがなりたてる。
 だれも産業や経済を潰せとはいっていない。より安全な代替えエネルギーを追求する中でそれらを維持しようといっているのみだ。その努力すら予め先回りして摘みとってしまおうとするのはなぜなのか。

         
            びっしり花を付けた小型のサツキ
 
 そこに既存のお金が回る仕組み(先に見た御用学者の企業依存も含んで)があるからだ。ようするにみんな頭に金を結び付けられた起き上がりこぶしなのだ。御用学者はそのお金の重力の作用で、脳みそまで傾いているに違いない。
 だから新しいプランよりも既存のものにしがみつく。多くの人命よりも、自分の頭に結び付けられたお金のほうが重いのだ。

         
               大根花のある風景

 そうかと思うと、津波で荒廃し人が住めない土地に広大な記念公園を設置しようというトンチンカンなプランが出てくる。これと、それらの土地に太陽発電の一大基地を設けようとする先の孫氏のプランとどちらが優れているのかを検討することすらされない。

         
                  野アザミか

 おお、寒い寒い。
 津波によってあらわになった被災地の荒廃よりも、もっともっと荒れ果てて醜い光景が露呈している。
 
         
                名残の花びら流る
 
 自然に逃れようとするわけではないが、それらに接するとほっとする。
 自然にお金を結びつけることは出来ないし、できてもおそらく自然はそちらへとはなびかないからだ。

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キジバトの営巣と私の近況

2011-04-27 17:17:38 | よしなしごと
 わが家の居間のすぐ外の柾木の枝に、壊れたザルを利用して作った仮設住宅があるのですが、今年もそれにキジバトがやって来ました。
 ここ数年、殆ど毎年やってきて抱卵まではゆくのですが、可愛いヒナたちを見てはいません。
 一度だけヒナを見ましたが、私が見つけたとき、それは巣の近くの地面でもがいていました。慌てて拾いあげて巣に戻したのですが、どうも親鳥が戻らないままに終わったようで、後日、ミイラ化したものを片付けました。

          
 ある年には、巣からかなり離れたところで卵を見つけました。戻そうかと思ったのですが既に穴が空いていたので諦めました。
 他の鳥に襲われたのか、自分たちで何処かへ運ぶ途中に落としたのかはまったく不明です。

          
            見にくいのはガラス越しなのと逆光のせいです

 昨年は二つ卵を産んでいるのを確認していたのですが、ある日、親鳥も姿を見せないので確認したところ、もう巣には何もありませんでした。
 孵った気配もありませんでしたから、やはり襲われたのか自分で引っ越したのかでしょう。

 今年こそはと思うのですが、あまり期待せずに観察するつもりです。

          
              つがいです。左のほうが雄だと思います

 ところで私の近況ですが、内視鏡手術後、自宅安静、食事制限など続けていたのですが、本日午前、摘出物の性格などを聞きにゆきました。
 結果は大きい方は悪性の可能性があるが、かなり広範囲にえぐりとったので、当面はこれ以上の手術は必要ないだろう、こまめに経過を観察し検査などを定期的に行うということでした。

 ようするに、推定無罪、ただし保護観察付きの仮釈放といったところでしょうか。
 まるまる安心はできませんが、患部大腸の切断と縫合あたりまでは覚悟していましたので、ひとまずはほっとしています。
 飲酒、入浴は連休明けまでぐらいは禁止です。
 摂取物の制限はほぼ解除ですが、硬い物、脂っこい物、刺激物は当面とらないようにとの事です。

 午後、久々に郵便局まで歩きましたが、おりからの強風に煽られてなかなか歩が進みません。治療前からおおよそ5キロの体重の減退がたたって、足を踏ん張ろうにも力が入らないのです。なんかフワフワと足元がおぼつかないのです。

 このままではダメだと思い、今後は体力回復計画に取り組みます。
 身長170センチですからやはり60キロぐらいまではほしいですよね。
 55キロでは風に飛ばされそうです。

 帰りにスーパーに寄って、納豆、豆腐、鳥の血肝、カレイの切り身(煮付け用)、それにヨーグルトを買ってきました。
 体力を整え、再来週ぐらいから本格始動です。
 

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【ファンタジー】水色のパステルカラーの少年と

2011-04-26 18:06:05 | ポエムのようなもの
 駅へ着いたとき、私のうちに近いバスの最終はもう出たあとでした。ただし、少し歩けばうちに着ける幹線道路を通るバスはまだ一本あったので、それに乗りました。
 一番近いバス停で降りて歩きました。集落を抜けると、そのはずれに小さな鎮守の森があります。その鳥居の前にさしかかると、境内に灯りが見え、なにやら音曲のようなものも聞こえます。

           
 
鳥居をくぐって拝殿の方を見やると、その前に高張提灯が二本、そして小さなかがり火も揺れていて、数人の少年たちが舞をしています。音曲は静かで緩やかなもので太鼓もけだるそうに鳴っています。神楽というよりなにか地謡のような曲です。
 時折、篠笛が小節の終わりにピッと高い音を鳴らすと、少年たちはその装束をなびかせながらふうわりと舞い上がります。
 その装束の色合いはそれぞれ異なっているのですが、いずれもマリー・ローランサンの絵のようなパステルカラーです。

           

 しばらく立ち尽くして見ていると、どういうわけか水色の装束の少年と何度も目が会うのです。彼もまた時折、私の方をキッと見つめているようでした。
 やがて舞が終わり、一行は小休止といった恰好で静かに話し合っています。
 その中から、水色の装束の少年が私の方へ近づいてきました。そして、私の手首をきゅっと握り、境内の奥、拝殿の後ろの、杉やら椎やらの森へと導きました。
 灯りを逃れた夜気が渦巻きひしめき合っているようなそんな中で、少年の水色の装束と薄化粧されたかんばせとが透明な水滴のように浮き出ていました。
 
 この森はどこかで見覚えがあります。そう、少年の日に疎開先で過ごした折のことでした。古墳を思わせる小山の上にあり、よく友だちと遊んだ鎮守の森にそっくりなのです。
 ある日の放課後、だれかはいるだろうと出かけた私は、結局、誰にも会えませんでした。

            

 で、その拝殿の後ろへいったのですが、そこは冷え冷えと静まり返っていてとても濃い静寂が支配していました。何度も友だちと椎の実を拾いに入ったこともあったのですが、その折とはまったく違う様相にただただ立ち尽くしているのみでした。
 やがて一陣の風が木々を揺らし始め、次第に強まり、ゴーッと梢を鳴らし始めました。どこに潜んでいたのか鳥たちがキーッ、キーッと、警戒とも呪詛ともとれる声を張り上げて鳴き立てました。

 足元から頭のてっぺんに冷気が抜けるような恐怖に襲われて、その場をかけ出して逃れました。階段を駆け下りると暖かい日差しが迎えてくれて、ほっとしました。
 振り返ると、鎮守の森はその梢の先が少し揺れているかどうかぐらいに静まり返っていました。

           
 
 「そう、その森なんだよ」と少年が私に語りました。
 「そんな森はどこにもあるけど、みんなそれを忘れて生きているのさ」
 あの森と、この森との六〇年の距離が一挙に縮まり、また少年の日に帰りたいという激しい願望に襲われました。
 「それはできないさ、もうここまで来てしまったのだから。さあ、もう帰りなよ」と、少年は私にやさしいくちづけをくれました。
 その甘美さに思わず眼を閉じました。なにか薄紅色の霞のようなものが体の中で静かに渦巻いていました。
 しばらくのあいだ、私はその余韻に浸っていました。
 
           

 目を開けるともう少年はいませんでした。
 こうなることはどこかで分かっていました。
 続いておこることも。
 一陣の風が木々を揺らし始め、やがてそれはゴーッと梢を鳴らしました。どこに潜んでいたのか鳥たちがキーッ、キーッと、警戒とも呪詛ともとれる声を張り上げて鳴き立てました。

 私は少年の日のようにやたら逃げ出したりはせず、揺れ動く木々の梢をひとわたり眺めてから、その場を離れました。
 もちろん、拝殿前の歌舞の一団も跡形もなく消え失せていました。
 鳥居を抜けると、折から雲を抜け出た月が、私の影をくっきりと刻みつけました。
 私は歩き始めたのですが、あの少年の日のように、もう振り返ったりはしませんでした。
 夜空のどこかで、少年の笑い声が響いているようでした。





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久々に花の話など・・・

2011-04-24 18:27:42 | 花便り&花をめぐって
 自宅軟禁…ではなくて自宅安静の最終日、雨も上がったので庭に出ました。
 
 よくもまあ、こんな猫の額みたいなところにいろいろといわれるほどごちゃごちゃしています。
 それは私に取捨選択の能力がないからです。その基準がわからないからです。
 ですから、来るものは拒まずで何でもありです。
 春紫苑だって花が終わるまでは抜きません。
 雑草といっても、人間がその実用性と審美眼で勝手に区分しただけですものね。

 とまあ、これはこまめに草抜きなどをしないズボラの言い訳でもあります。

 今日目についたものを紹介いたします。

        
 芽キャベツの花です。菜の花に似ていますね。縦長の背高のっぽです。

        
 そこへ小さなお客様が来ていました。体長1センチあるなしのハチの仲間です。

        
 ツツジも咲き始めました。このツツジは白地に赤紫が混じる斑入りです。

        
 そして一枝だけ、赤紫の花をつけます。どういうわけかこの枝は開花が遅いのです。色付きだけにお化粧に手間取るのでしょうね。
 いずれにしても、一本の木の中でメンデルの法則が戸惑っていると言えそうです。

        
 ここにも1センチ足らずの小さなお客様が…。これはカゲロウの仲間ですね。

        
 おまけは、スズランの花芽です。去年、花の付きが悪かったので株分けしたところ、両方の鉢で花芽が出てきました。
 やはり、彼女たちの言い分も聞いてやるべきですね。

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【記憶の謎】女剣劇と二丁拳銃

2011-04-23 11:12:42 | 想い出を掘り起こす
写真は本文とは関係ありません。共通点はいずれも私の部屋からのもの。
 一枚のみ朝日を受けたもの、その他は夕日を受けたものです。

  =================================
 
 人間の記憶というのはどういうスイッチで喚起されるのかがよく分かりません。
 なにかを思い出そうとしての記憶の場合には、その思い出そうとする意志がきっかけになるということなのでしょうが(もちろん、それでも思い出せないこともあります)、そうではなくて、何のきっかけもなしにふと記憶の舞台に登場してくることどもに関してです。

        

 しばらくものを細かくして食えと医師にいわれ、そのために引っ張り出してきたミキサーを洗っている時でした。半世紀以上前に流行った歌の歌詞が突然、そのメロディと共に頭に浮かんできたのです。
 何だコリャ、と一度は頭から追い出したのですが、何度も何度も繰り返しそれがやってくるのです。
 その歌詞は以下のようです。
   
   昔さむらいさんは 本気になってチャンバラした
    今じゃ芝居で女が チャンチャンバラバラ
    男はたまらないよ アッサリなで斬りだよ
    二丁拳銃も これじゃ顔負け

 ついに根負けして、この記憶を受け入れることにしました。
 それどころかいろいろ感じるところがあって、ネットで検索してみました。
 ありました。
 曲名は「チャンバラ節」
     唄:久保幸江
     作曲:野村俊夫
     作詞:草刈童子

 1952(昭和27)年に録音とありました。

 歌詞は5番まであり、上に載せたのはその1番ですが、驚いたことに私の記憶は「アッサリ」のところが曖昧だっただけでほとんど合っていたのです。
 別にこの歌に特に入れあげていたり、記憶に残る事柄が付随したのでもないのにどうして覚えていたのか、これもまた記憶の謎ですが先に進みます。

 曲名は「チャンバラ節」なのですが、これは男性ではなく女性のチャンバラです。
 いわゆる「女剣劇」といって、当時、全盛を極め、大江美智子や不二洋子、浅香光代などがそれぞれ座長として一座を率い、男どもを舞台の上でバッタバッタと斬りまくるのを、これまた男どもがやんやの喝采で観るという仕掛けになっていました。

 なぜ男どもに人気があたのかというと、その女剣士のかっこ良さもさることながら、剣戟の間に太ももなどがチラリと見えたりするサービスがあったからです。これが「チラリズム」という和製英語?の語源です。
 今なら、超ミニやホットパンツの女性が町中を闊歩し、女性の太ももなど溢れかえっているのですが、これはまだ女性が膝から上を晒すことがなかったプレ・ミニスカートの時代のことなのです。

        

 ところでこの歌詞の最後のフレーズ、「二丁拳銃も これじゃ顔負け」に唐突感をもたれる方も多いでしょうね。ところが、私の年代はすんなりと理解できるのです。
 ひとつは、このころハリウッド製の西部劇が新旧取り混ぜて日本で公開され、大人気を博していました。
 このころの西部劇では、インディアンは開拓者を妨害する悪辣非道な連中として描かれ、白人のガンマンがそれを迎撃し、バンバン撃ち殺すものがほとんどでした。
 
 自分たちの土地や資源を一方的に奪われながら、主客転倒で悪役にされ、バンバン撃ち殺されるインディアンもたまったものではありませんね。
 ハリウッドでそれへの反省が芽生えてくるのは60年代になってからです。

 といった事情で、女剣劇と西部劇が興行の世界でともに話題になっていたことが伺えます。

        

 もうひとつは、その前年の1951(昭和26)年、西部劇映画のトップスターという触れ込みで、ケニー・ダンカンという俳優が来日し、全国を興行して歩いたのです。
 何の興行かというと、彼は拳銃と投げ縄の名人ということで、舞台の上でそれを実演してみせたのでした。
 戦後始めて来日したハリウッドスターということと、上に述べた西部劇ブームとが呼応して、その興行成績は上々だったようです。

 実は、かくいう私もそれを観ています。当時は映画だけなら二本立て、映画一本の場合は実演が付くといったことがありましたので、きっとそんな折に観たのでしょう。私は中学生でした。
 舞台に現れるや、振り向きざまにガンベルトから拳銃を取り出しバンバンと撃って見せる、あるいは二丁拳銃をあやつり交互にバンバンと撃って見せる、それらにそれぞれポーズを付けて決めて見せる、そんな内容でした。
 投げ縄も披露されましたが、名人であったかどうかは分かりませんでした。
 新聞の娯楽欄には、ケニー・ダンカンがガンベルトから拳銃を抜いて発射するまでは0.3秒しかからないとかいったことがまことしやかに書かれていました。

 しかし、帰国してから分かったのですが、彼は一度ジョン・ウエイン主演の映画に出たものの、主演映画など一本もなく、拳銃や投げ縄もそのポーズを決めるのみで、別に名人でも何でもなかったということでした。
 しかし、少年の私たちには結構かっこよくて、学校の廊下などで振り向きざま、バンバンなどとやったものです。
 長くなりましたが、これもまた「二丁拳銃も これじゃ顔負け」という歌詞が含意しているところなのです。

        

 さて、冒頭に戻りますが、なんでこんななんでもないことを思い出すのでしょう。
 最初に私の頭にこの歌詞が浮かんだのはなぜなんでしょう。
 その時洗っていたミキサーとなにか繋がるものがあるのでしょうか。

 ところで、この長~い文章の内容なのですが、これらは実は、この歌詞とともにほとんど同時に私の脳裏に浮かんだものでした。
 したがって、ネットではその正確な年代や固有名詞などを確認したのみです。
 記憶という装置のもつ謎はまことに深いようですね。
 



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「原発の未来をきめる国民投票」

2011-04-22 17:13:51 | 社会評論
 いよいよ危険地域からの強制避難、立ち入り禁止の措置が取られました。
 原発鎮静化までだということです。
 東電に依るそのプランは6ヶ月から9ヶ月を要するといいます。
 チェルノブイリよりましだと言い続けた御用学者は、住み慣れた箇所から実際に退去させられる住民の前でそれを言い続けることができるのでしょうか。

            
              畑や田圃はどうなる?その土壌は?
 
 その間にかつての居住は、田畑は、家畜は……もうここから先は思考停止に近い状態に陥ってしまいます。
 私は廃屋フェチで、廃屋のそばを通りかかるとカメラを向ける習慣があります。
 しかし、ある日常的な情景の中にあるから廃屋も絵になるのですが、すべてが廃屋では洒落にもなりません。

          
               こんな風景が林立したら…

 この悲惨さを目の当たりにして、改めて反原発の意志を表明したいと思います。
 その理由は以下のとおりです。

1)原発はまだ人が馴致したテクノロジーだとはいえない。アクセルのみでブレーキがない車同様である。

2)この度は「想定外」だったとするのは言い訳に過ぎない。自然は常に人の想定を越えるのだから。

3)原子炉から出た使用済み燃料棒の始末がまったく出来ない。埋めるか海洋投棄かで、子孫に付けを残すのみである。

4)原発そのものが差別の構造を抱えている。
 過疎地に札束で頬を叩くようにして作られたそれらは、今回のようにその地の住民を苦しめる結果となる。
 ネットでは、「金やったろう?雇用機会も増えたろう? だったらそれだけのリスクを負うのが当たり前じゃん」という書き込みが平然として現れる。
 
5)エネルギー政策の観点から必要性をゴリ押しするのも欺瞞である。
 世界的に見ればその電力の30%近くを原子力でまかなっていたのは1980年代までであって、その後依存率は減り続け、現在は5%である。
 ようするに、世界的には全体として脱原発が主流になりつつあるのが事実だ。
 はじめに原発ありきではなく、そこからどう脱するのかを具体的に考えるべきである。

 
 主として以上のような理由(他にもいろいろあるが)で、原発を無くす方向で考えるべきだと思います。

 なお、以下のところで、「原発の未来をきめる国民投票」が行われています。
 賛否にかかわらず参加されませんか。

    http://kokumintouhyou.org/


私信  術後三日目、流動食で耐えています。お酒はともかく、暖かい風呂にちゃんと入りたいなぁ。そういえば、被災地で避難生活を送っている人も一緒だ。我慢、我慢。

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鈴蘭さんもポリープさんもいらっしゃい!<付・原発内視鏡>

2011-04-20 19:02:40 | よしなしごと
 割合大きめの鉢にスズランを植えていて毎年可愛い花を付けていたのですが、昨年はあまり花をつけませんでした。
 そこで、他の鉢に株分けをしておいたところ、その新芽が出てきました。
 今年は可愛い花をつけてくれるといいのですが。

         
        横に生えてきた南天どうするかなぁ。もうスペースもないし


 大腸の内視鏡の検査をしてまいりました。
 ご承知のように前日はほぼ絶食状態。
 さらに当日は2リットルの下剤を飲まされてほぼ一日がかりの検査です。

 持っていった詩集を一冊読み終え、こむつかしい本を読みかかったところで居眠り。
 「六さん、お待たせしました」の声に促されて処置室へ。
 モニターで自分の体内を観るのは妙な気分です。まるで月世界の洞窟を探検しているみたいです。

 「あ、ポリープありましたね。う~ん、3ミリぐらいかな。とりますよ」
 さらに探検は進みます。
 医師の内視鏡を進める手が止まりました。
 「あ、これはこれは。今度は大物ですよ。20ミリぐらいかな」
 これほどになると切除も難しそうです。いろいろひねくり回してやっととれたました。
 健康な人は15分ぐらいで済むのですが、私の場合は30分はたっぷりかかりました。

         

 で、その後が大変です。
 このまあるい肉腫の正体は27日まで分かりません。
 それまでの過程も大変です。
 昨日ほとんど食べていないので、さあ、今日はなんか美味いものをというわけにはゆかないのです。

 たとえ内視鏡に依るとはいえ、手術は手術、今日明日はほとんど流動物で、それを2時間おきぐらいに何回かに分けて摂取するのだそうです。
 帰りに、りんごジュース用のりんごと、スポーツ飲料水、それに沖縄産の黒糖飴を買いました。

 一週間分のレシピがずらっと書かれたものをもらってきました。それによりますと、明日以降は3分がゆから始まり26日でやっと普通のおかゆ、27日には柔らかいご飯と油っけや刺激のないおかずといった具合です。
 24日までは小分けして一日6食とのことです。

 で、4日間は自宅で安静ということで、デイトをひとつと集まりをひとつそれぞれキャンセルしました。こんな食いものの摂取方法では出歩けったってどこへも行けませんよね。

 かなりつらそうなのは、12日間のアルコール断ちです。
 体の何分の一かがアルコールで出来ている身にはいささか厳しのですが、この際は日頃の不養生の罰として判決に従うこととします。
 あ、好きな風呂も14日間ダメで、シャワーのみだって。
 温泉旅行に誘っていただいても行きませんからね。

 もっとも、27日にもひとつ判決が下るのですが、そちらの方は鬼が出るか蛇が出るか、出たとこ任せに従います。

 ところで、福島原発の内部の様子、ロボットの撮影した映像が公開されましたが想像以上に破壊がひどく、十分撮影できないようでもどかしいですね。
 私が経験した内視鏡のようなものをフレキシブルなチューブに取り付け内部を詳細に点検できないものでしょうか。
 今の技術力ならできると思うけどなぁ。



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「どづき倒し人形」とヤマブキとスミレ

2011-04-19 02:17:58 | よしなしごと
 「歴史は繰り返す」というほど大げさなものではありませんが、似たようなことはあるもので、今回、車を車検に出すことになり、車をもってゆきました。
 一日車検で、歩いても15~20分ぐらいのところなので代車は断って、まだ農村の面影が残る道を徒歩で帰りました。同様にして帰ったのは、あとでうちへ帰って調べたら、ちょうど5年前のことでした。
 
 繰り返すといったのは車検自体ではなく、ちょうどその折にも、前後に体の状態を検査したことです。今回も先週の胃の内視鏡に続き、2日後には大腸の検査です。
 そういえば、こうして徒歩で帰るのもその折の繰り返しでした。
 その5年前、私は以下のような不可思議なものを見つけ、その旨を日記に載せたことがありました(これはその5年前の写真です)。

       

 これがなんなのか分からなかったのでそれを日記に書いたところ、これはボクシングの練習やストレス解消のために殴ったり蹴ったりする人形だと教えてくれた人がいました(Yさんなど)。「Slam Man」とありましたから、私なりに翻訳?すると「どづき倒し人形」ということになります。

             

 上の写真のように使うのだそうですが、気の弱い私は、たとえ相手が人形でもどづき倒すことは出来ません。
 ついでながら子供のゲームなどでは、バーチャル空間とはいえ相手をどづき倒すものがありますがこれっていいのかなぁと考えてしまいます。

 ところでその同じ「Slam Man」の5年後ですが、こんな姿に変わり果てていました。
 塗装は剥げ、眼や口らしき箇所には金属板にネジが露出していました。

       

 なんかいやぁなものを観た感じで気が沈みます。
 なにか口直し、いや、眼直しになるものはないかと田舎道をとぼとぼ歩いていると、向こうから市会議員の選挙カーがやってきます。
 「なにとぞ、なにとぞ、よろしくお願いします!」と連呼しているのですが、あたりを見回しても畑や田圃にも人影がなく、ようするに呼びかけられているのは私一人です。

 見も知らぬ候補者に微笑んで手を振ってみせるなどという芸当はできません。
 かといってわざわざそっぽを向くのも失礼でしょう。
 仕方が無いので、やや顔を伏せて選挙カーが通り過ぎるのを待ちました。
 やっと傍らを通り過ぎたとき、ほっと息が漏れました。
 あなたならこんな時どうします?

 ところで、この選挙カー、タクシーでした。
 タクシーの上に看板とスピーカーを積んでいました。
 なるほど、これだとウグイス嬢などの経費も含めて一日10万円ぐらい、運動期間が一週間として100万以内に抑えることができるかななどと妙な計算をしてしまいました。

        
 農家らしき集落の狭い道を歩きました。漁村の道幅は軽四輪が通れるかどうかですが、昔ながらの農家の集落内の道も似たり寄ったりです。
 そこで心和むものを見かけました。
 いままさに満開の山吹です。

 その美しさもさることながら、ちょっと感動したのはそれに出会うのが久しぶりだったからです。こうした庭木というか屋敷内に植える木にも流行り廃りはあるのでしょうか。
 かつては山吹などどこででも観ることができたのに、最近は結構まれなのです。

        
 
 山吹の咲いている箇所を曲がったら、老人三人(内一人は女性)が石垣に腰掛けて声高によもやま話をしていました。
 「こんにちは」と挨拶をしたら、話がピタリと止み、なんとそのうちのひとりがわざわざ立ち上がって挨拶を返してくれました。
 思うに、私のような通りがかりがあいさつをすることに驚いたのでしょう。

 しかし、思えば都会から引っ越してきた40数年前、通りがかる見知らぬ私に気軽に挨拶を送ってくれたのはこの地の人だったのです。その折、都会では絶対にないその風習に驚いたのは私の方でした。

 グダグダ書いてきましたが、車検に入れたところからわずか20分足らずの距離の出来事です。
 最後に素晴らしいものを見つけました。スミレの群生です。写真はその一部ですが、その何倍かの群れが咲き誇っているのです。
 しかも、なんと私の家から1分もしないところなのです。灯台もと暗しですね。

        
 
 この時間、焼酎のお湯割りを飲みながらこれを書いています。
 これから約40時間、大腸検査のためまともな飲食ができない状態に入ります。
 内視鏡がどんな私の内蔵を映しだすのか興味津々です。

    
   困惑の声避難所に満ちており 九ヶ月先も確かならざり
                 (東電の事態収束案の曖昧さ)



 
 

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旬の筍 連動する山椒

2011-04-18 03:43:39 | 写真とおしゃべり
 今年は季節もまともに巡らない多くの人々がいらっしゃる中で、申し訳ないと思いながら以下の記事を書きます。自然はある意味で残酷で、天変地異にかかわりなく己を主張します。

 この間、継続的に関わってきた作業に一区切りがつき、加えて飲み代稼ぎの稿料付きの仕事にもケリを付け、久々に農協に出かけ、季節の野菜をどっさり買ってきました。

 買ってしまってから悔やみました。今週は大腸の検査のため二日間ほどは何も食べられないことに気づいたのです。

        
 
 いろいろ買いましたが、今日のハイライトは地の筍です。
 中ぐらいのものが2本で400円でした。
 どこかの外食で口にしたかも知れませんが、今年、自分で処理し、調理するのは初めてです。

 早速家に帰ってから、筍の根回りなどを削いだりする下ごしらえをし、小糠たっぷりのお湯に鷹の爪を入れて、一時間ほど湯がきました。
 竹串がすんなり通るのを確かめてから水に晒し、しばらくアク取りをしました。

        
 
 皮についたヒラヒラの部分(なんというのか呼び名を知りません)は別途一センチ幅に切り、集めて生姜を利かせたおひたしにします。
 根っこのほうの硬い部分はとっておいて明日、筍ご飯にします。

 残りは薄味の煮付けにしました。
 これが美味しい!
 さすが近所の朝獲れ!エグ味などは全く無く、まさに若竹の味がします。
 しまった、これなら刺身にしても…というのは後知恵というものです。

        

 ところで季節というのは絶妙に連動していますね。
 写真の木の芽は私のところの鉢植えのものです。
 去年、小さな苗木を買ってきたのですが、これまでなんどもその育成に失敗していますので、今年はどうだろうと思って固唾を飲んでいたところ、見事に筍の旬に合わせて若葉を付けました。

        

 嬉しくなって、ファンタジステックな写真に挑戦してみました。
 それらが真ん中の二枚です。

   サッカーに興じる避難所の子らを見るひとまずここに未来あるらし

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この歳にして初体験!

2011-04-17 01:37:47 | よしなしごと
 なにごとにもあまり根を詰めない怠惰な性格なのですが、何年か前、鳥に興味を持ち、休日には双眼鏡を持ってそのへんをうろつき回ったこともあります。

 その人相や風体からして覗きや痴漢と間違えられる可能性もあり、最近はそんな恰好では出かけません。
 そういえば、偶然、野外でセックスをしているカップルに出くわしたことがあります。その時は気が動転してこちらがこそこそ逃げ出したのですが、今から思うと、もっと良くウオッチングをすればよかったと思います。
 せっかく双眼鏡も持っていたのですから。

        
 
 閑話休題。
 そんなキャリアもあって、今でも鳥影を見かけたり鳴き声を聞いたりすると、オヤなんだろうと立ち止まったりはします。
 やはり視覚的にはきれいな鳥がいいので、カワセミなど見かけると結構胸が踊るのですが、それを写真に収めるとなると至難の業です。彼らは飛翔もその動きもとても素早いのです。

        
          つがいの二羽が右と左の端にいます

 長~い望遠を付け、バシャバシャバシャと連続シャッターを押してやっと撮れるかどうかなのです。そんな文明の利器とは無縁な私などは、ひたすら偶然のチャンスを松の実、失礼、待つのみです。

 先般某所で、先輩カメラマンに教えてもらってそれらしき場所で生まれて初めてレンズに収めることが出来ました。ただしカメラは小さなデジカメ、とても公表できるようなものではないのですが、初めてのものですので、恥を偲んで公表します。

        
         左の一羽(多分メス)が羽ばたいて巣の中に

 ところで、例の3・11で、野生の小動物たち、河川の魚類たちはどうなったのでしょう。鳥類は空中に逃れて大丈夫だとは思うのですが…。

 ほとんど見えないような写真で申し訳ありません。
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