六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

「岐阜の町屋」を取材する

2007-02-28 02:36:21 | 写真集
 雑誌の取材で、岐阜の城下町の色合いが今なお残り、多くの町屋を残しているいわゆる金華地区、伊奈波地区を観てきました。
 以下は、取材のメモ代わりに撮ってきた写真です。
 
 町屋を歩き、そこに住みながら様々な問題を抱えている人たちと会いました。
 その感想としては、町屋の保存といっても、器としてのそれを保存すればいいのではなく、今日的に活用し、現実的に利用しながら保存しなければならないということです。

  

    側面から見た町屋。正面は左手。右手は奥の蔵造りの部分。
  
    

       上記の家を正面から。格子が美しい。

  

           二階の格子部分を。

  

           これはまた別の格子。

  

            二軒並んだ町屋。

  

        これら町屋には岐阜市認定の標識が。

  

    この通りの町屋は、白い磨りガラスの門灯で統一されている。

  

  NPOによる民営公民館「わいわいハウス金華」として利用されている町屋。
   中からは、中高年とおぼしき人たちの明るい笑い声が聞こえてきた。
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チェロ・リサイタルと六の時事川柳 07.2.25

2007-02-26 00:52:02 | 川柳日記
 チェロのリサイタルへ行って来た。24日のことである。
 新倉 瞳、弱冠22歳!

   

 前半は、聴き慣れた小品。癒し系かなと思っていたら、シューマンの「アダージョとアレグロ」あたりで、シューマン独自の哀愁感をよく表現していた。

 そして後半、プロコイエフの「チェロソナタ…ハ長調作品119」では、チェロの技法を奔放に駆使した力強い演奏を聴かせてくれた。

 最近のコンサートには珍しく、アンコールを3曲も聴かせてくれて、その若さと売り出し中の熱意が充分伝わるコンサートであった。

 アンコールの中に「鳥の歌」があったことは言うまでもない。



<今週の川柳もどき> 07.2.25

 理念よりまず大切なお友達
 しゃあしゃあと戻り来る人戻す人
  (郵政離党の衛藤氏。首相のお友達だとか)

 が建てた庁舎を弟子がノックする
  (丹下氏の弟子、黒川氏都知事に立候補)
 ゲートイン前にもたつく民主党
  (候補者選定で足踏み)

 ドイツ語で何というのか産む機械
  (こちらはカソリック司祭が)

 赤ちゃんの次はじじばば用ポスト
  (「楢山節考」)

 歌詞いじりに月光仮面おかんむり
  (森VS川内)
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詩 のようなもの・・

2007-02-25 04:20:31 | よしなしごと
 


 君の魂は暗い思念に彩られてひとりぼっち
 隠された時間は窺う者すらなく蒸発する
 だからといって沈黙を称賛してはならない
 
 思考の翼を奪われながらも飛行するもの達よ
 君たちの古里はただ在ることの刻印
 その爛れたインクはすでに薄れてはいないか

 だから行くのだと敢えて言わねばならない
 本当の圏外への問いを宙吊りにしながら
 本当の? アラ、はしたない言葉だこと

 行くことだけがリアルな出来事なのに
 ホラ、そう言ってる間にも歩を進めてるじゃないか
 君の魂がたぶん(ではあるが)望んでいたところへ

 誘導?そう、君の魂が望むままに(だろうか?)
 蒸発したはずのものの巧妙きわまりない回帰
 怒りながらも憩うという悲歌劇の幕間の陥穽

 だから、早く助けを求めたほうがいい
 たとえ、誰も呼応してくれない叫びであったとしてもだ
 救助を要請したこの痕跡は確かに残るのだ


 それを、ひとはしばしば文学といったりするのだが・・。 
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春への距離と六の時事川柳 07.2.18

2007-02-19 04:12:01 | 川柳日記
  


  

 普通なら三寒四温といった時期ですが、今年は二寒五温ぐらいで、花鳥の世界ではもう春の兆しで一杯です。

 私は、人間様の方を狙ってみました。
 これらの人たちそしてそれを取り巻く風情、何となく春めいていません?

    写真はいずれも岐阜駅構内にて。


<今週の川柳もどき> 07.2.18

 閣内ですら舐められている首相
 忠誠の求めが緩み示してる
  (首相が入室しても立たない閣僚
   と幹事長が苦言)

 身を寄せるラーメンビール百貨店
  (TOB対策の提携、統合)

 とまったら暴力団の指だった
  (「ゆびとま」の社長に暴力団組長)

 聞く耳を持ってはいないNOVAうさぎ
  (返金で敗訴も上告)

 落語でははなく饅頭は恐かった
  (中毒患者百人以上)
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『夢十夜』と『ユメ十夜』、そして夢

2007-02-17 00:30:04 | よしなしごと
 1906年、夏目漱石『夢十夜』という、文字通り十の夢を集めた短編小説を書く。

原作については『夢十夜』でググると、全文掲載のものが出てくる。短いのですぐ読める。
 
 それから百年、2006年にそれを題材とした映画が出来た。今、名古屋地区で上映している『ユメ十夜』である。百年後というのは、夢の中にも再三出てくる時間の単位であってみれば、この企画はタイムリーであろう。
 それを観てきた。

       

 映画は、それぞれの夢を、10人の監督が映像化するといういわゆるオムニバス形式のもので、監督の名前を挙げれば、実相寺昭雄(この映画のあと故人となる)、市川昆、清水祟、清水厚、豊島圭介、松尾スズキ、天野嘉孝&河原真明(アニメ)、山下淳弘、西川美和、山口雄大で、この順で1夜から10夜までを撮っている。

 いちいちの作品について述べると長くなるので、夢というのは一体なんなのか考えてみよう。
 私が、フロイトなどから学んだ限りでのおさらいであるが、むろん専門家でも何でもないので穴だらけの説明である。

      
 
 人間を、二つの部屋をもったものとして考えてみよう。
 ひとつの部屋は、きちんと整頓され、ひとつひとつのものも輪郭は明白で、ある程度秩序だっている。これが意識の部屋である。ひとはここでは、自分が何であり、何であろうとしているのか、世界とどう関わっているのかといった像をもっている。

 しかし、もうひとつの部屋があって、そこでは、不定形でよく分からないもの達が、ゴチャゴチャしている。そして、それらは、さっきいった整頓された部屋の方へと行きたがってひしめいている。
 ところが、その部屋とさっきの部屋との仕切には、恐い番人がいて、そのゴチャゴチャしたもの達が別の部屋へ行くことを阻んでいる。

 ところで、先ほどのきちんとした部屋の方の住人である「私」は、もうひとつ部屋があることも、そこの仕切が番人によって守られていることも知らない。
 
 もうひとつの部屋にあるもの、それがいわゆる無意識である。それらは、私がそぎ落としてきたさまざまな欲望や、禍々しい願望であるかもしれない。「父を殺したい」、「母と寝たい」、「世界を破壊したい」という、してはならないこと、言葉に出来ないこと、考えることさえ許されないこととして、抑圧されてきたもの達。

 でも、とき折り、そのもうひとつの部屋の魑魅魍魎たちが、番人の制止を振り払ってもうひとつの部屋へ侵入することがある。なんかでショックを受けたり、急いでいたりで、番人がちゃんと機能しないときである。
 しかしこの番人、意外としっかり者で、その場合でも、別の部屋への移動を必死で阻止するため、魑魅魍魎たちはまるまるそのままでは、整頓された部屋へ行けるわけではない。

 それは断片に、言い間違いや、錯覚、錯視、行動の誤り、などとして現れるのみである。
 「アレッ、何でこんないい間違えをしたんだろう」とか、「ア、何でこんな大事なことを忘れていたんだろう」とか、「あれ、こっちへ来るつもりじゃぁなかったのに」といった具合である。

         


 もうひとつ、番人の力がゆるむことがある。これは睡眠時で、この番人の力が弱まった折りに出てくるのがである。しかし、ここでも番人はしっかり者で、やはり魑魅魍魎をそのまま整頓された部屋へ入れない。
 そこでは、いろいろな加工や変形によって、魑魅魍魎は姿を変えさせられる。
 だから、夢は、時間軸や空間軸がでたらめで、人や物の形式論理的同一性が失われ、一貫性を欠く場合が多い。さらにそれには、覚醒時の想起(思い出し)によって加工が加えられるので、一層なんだか分かりにくくなる。

 それを解きほぐし、夢の言語を翻訳し、魑魅魍魎の正体を突き止めるのが夢分析や夢解釈であるが、それは一般に考えられるよりはるかに困難を伴う。細木数子のいい加減なはったりとはわけが違うのだ。

 まず夢を見た人の生後以来のキャリア全般、近い過去で経験したり印象に残ったことなどを掌握した上で分析されねばならないのだ。というのは、夢はその材料を洒落や連想による言葉遊びのように、どこからでも拾ってくるからだ。
 よほど修練を積んだ分析士でもっても困難な作業なのである。

以上は私のつたない解釈に過ぎないので真面目なフロイディアンからな怒られそうだし、それ以外の方からの異論もあろう。
 なお、部屋の例は、分かりやすくするために挙げた例で、実際にそんな部屋があるわけでもないし、「意識」というものや「無意識」というものがあるわけではない。
 それは、「はたらき」に付けられた名前と了解して頂きたい。


 さて、夢一般についてはこの辺にして、映画に戻ろう
 この映画にしても、別に夢が解き明かされるわけではない。漱石が文字で表記した夢を、映像化したに過ぎないからだ。しかも、ここには監督自身の受容の仕方や解釈が入っているので、余計に事態は複雑である。

 実際に原作と比べてみると、第2夜の市川昆や第3夜の清水祟(それ第7夜のアニメ)のように、割合原作に近い筋書きを追ったものと、思い切ったデフォルメを施したものとがある。
 どれが好みかは観る人によって違うだろうが、まあ、じっくり映像化されたものを鑑賞するという点では贅沢な映画ではある。まるで、幕の内弁当のように、沢山の味を楽しめだから。

 私の個人的な好みからいえば、1、4、6、7、9夜などであった。
 なお、第10夜は、あれはあれでありとしても、最後の締めとしてはどうも坐りが悪いように思ったのは私だけであろうか。
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詐欺、もとい「左義長」と六の時事川柳 07.2.11

2007-02-12 02:49:03 | 川柳日記
 南濃地方に伝わる、岐阜県の重要無形民俗文化財、「今尾の左義長」(いわゆるどんど焼き)へ行ってきました。
 なかなか勇壮で味のある祭りでした。

 まずこの地区の各町内に、下のような6メートルに及ぶ青だけを束ねたお神輿がしつらえられます。


 
 それが勇壮なかけ声と共に今尾神社(秋葉系)へと次々に担ぎ込まれます。



 さて、ここで祭りの登場人物たちです。
 若い衆は、下帯の上に長襦袢を着流し、白足袋姿という出で立ちで、さらに顔には思い思いのペインティングをします。






 子供も、ホラ、ペインティングしているでしょう。




 さて、いよいよ境内での神事です。
 担ぎ込まれた神輿は、ときには一基、あるいは二基同時に並べて立てられます。
 点火です。


         

 炎は勢いよく天を突きます。若い衆がその周りを勇壮に回ります。
         

 
 炎上はあっという間です。たちまち火勢は弱くなります。


 
 それを若い衆たちは竹を使って隅へと押しやります。
 足袋はだしですからとても熱そうです。



 隅に寄せられてなお炎上する火に、近郷近在の人たちが、正月の注連飾りや書き初めなどを投げ込んで焼きます。

 こうして場が改められると、今度は次の町内の神輿が担ぎ込まれ、同様の手順で神事が行われます。
 これが延々と夕方まで続きます。

 おそらく今頃は、町中が大宴会だと思います。(11日夜記す)



<今週の川柳もどき> 07.2.11

 おねだりをきくかきかぬかなだめるか
  (将軍様の要求に対する対応にばらつき
 六つある中ひとつだけ薄い影
  (日本のポリシーは?)

 ガス器具の事故は元気な愛知から
  (パロマ、そしてリンナイ)

 ドンパチを避けたか首都に降らぬ雪
 東京沖縄の子は雪知らず
  (まだない初雪)

 夕張を尻目に受賞フラガール
  (「キネ旬」第一位、 夕張では美術館も閉鎖)

 もしかして宇宙船でもあのオムツ
  (米、宇宙飛行士の横恋慕)
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【夢】東西暴力団選抜優勝大会

2007-02-08 23:29:18 | よしなしごと
 昨夜、こんなを見た。

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 阿武内閣は、先頃の「山田組系」暴力団と「住良会」連合との抗争事件を受けて、以下のような閣議決定を行った。

 それによれば、2月11日の建国記念日に、国立競技場において、両組織の武闘を公式に開催し、その観覧を募るとのことだ。

 武闘は、30分のハーフタイムを挟んで前、後半それぞれ一時間を300人ずつの精鋭が闘うもので、武器は核兵器以外は全てを認めることとする。
 なお、ハーフタイムには、アトラクションとして、水川きよしの「箱根32キロのハーフ次郎」をはじめ、任侠演歌のメドレーが予定されている。

 優勝チームには、内閣総理大臣賞、並びに副賞として、「六本木地区の縄張り」が与えられる。

 また、個人賞は、もっとも相手を多く殺した(24時間以内の死者も含む)者に死者1人×1万円の賞金が与えられ、副賞として、駐留米軍と共に現地武装勢力を掃討するバグダッド1週間の旅が用意されている。

 審査委員長は、初代防衛大臣の久馬氏が勤め、他に民間から、WBC日本監督に就任した星尾氏、アントニオ椎の木氏などが予定されている。
 なお時の人、柳家厚生労働大臣が「男は殺す機械だ」との持論をもって特別審査員に任命された。


         筆者が夢の映像を捉えた瞬間

 また、入場料に関しては、血しぶきも飛ぶ迫力満点のS席が15,000円、A席が10,000円、B席が7,000円となっている。
 いずれの席も流れ弾などが飛んでくる可能性があり、政府は、観覧者は予め生命保険に入っておくことを奨励している。

 なお、今後の展望としては、アメリカのマフィアや、中国の蛇頭にも呼びかけ、ワールドカップの可能性を探るばかりか、IOCに働きかけて、オリンピックの正式種目にしたい意向である。

 これに関し、眠首党の大沢委員長は、これは7月の参院選を控えた人気とり政策に過ぎないと厳しく批判している。
 また、狭讃党によれば、この競技で勝った側に与えられる縄張りからの上がりの10%が、与党の痔眠党や混迷党にフィードバックされる疑いがあり、現在調査中とのこと。
 さらに、斜眠党によれば、岩原都知事の側から、その上がりの一部は当然、都に還元さるべきだとの主張があり、もっか政府筋と水面下で交渉中とのこと。

 トピックスとして、宮崎県のセールスマンを自認するそのまんま西知事は、当日、宮崎県下で鳥インフルエンザの疑いがある約100万羽の鶏を率いて上京し、それらを国立競技場の乱闘場面に放つことを検討しているという。

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 長い夢であった。
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アートのある風景

2007-02-06 17:30:51 | よしなしごと
 岐阜の市立図書館分館前の通路に設置されたアートです。
 無機的な単なる通路がとても華やかになりました。


 
 「ネー、ネー、お母さん、これってなあに?」
 「うるさいわねぇ、いま携帯見てるとこじゃぁない」
 って会話があったわけではないのですが・・。


      


 ただし、これら、先月末に撮したものだけど、まだあるかなぁ。
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六も歩けば&時事川柳 07.2.4

2007-02-04 17:56:41 | 川柳日記
 昨日、2月3日のだらだらっとした日記です。
 所用があって名古屋へ出かけました。
 まず岐阜駅。なんでもないけど、なぜかこういう写真って好きなんだよなぁ
 アルバムの中に似たようなものがいっぱいあるのだが捨て難い。


 
 名古屋に着く。駅の近くでときどき見かける看板。
 相談してみようかなぁ。金欠病。

     

 ついでに近くのビルで何か催しをしていて、入り口の風船が綺麗だったのでパチリ。



 所用を終えて再び駅前へ。
 愛知知事選の運動最終日とあって、駅周辺は各候補者の金切り声が充満している。
 ツインタワーを逆光気味に撮る。喧噪は写らない。


 
観たい映画があったのでその館へと急ぐ。
 開演五分前に到着。セーフ。
 ところがだ、私の観たい映画を演っていない!
 ギエッツ!映画館を間違えたのだ!
 今から地下鉄で駆けつけてももう遅い。

 あまりの情けなさに、いっそのこと、TV塔のてっぺんから飛び降りて死んでやろうかと重い足を引きずって歩いていると、いきなり誰かに声をかけられた。
 「ほっといてくれ俺は駄目男なんだから」
 と思いながら顔を上げると、そこには知人のSさんがにこやかに立っているではないか。

 「どうしたんですか」ときくと、「日展を観ての帰り」とか。
 疲れて喫茶店にでも入ろうとしたその店の前で、傷心の私を発見したのだ。
 早速ご一緒させてもらい、珈琲を飲みながらよもやま話などして別れた。
 おかげで私は、TV塔のてっぺんから飛び降りる気勢をそがれ、こうして生き長らえたのだった。

<今週の川柳もどき> 07.2.4

 失礼と前置きをしていう本音
  (厚労相、失礼を承知の本音)

 理念なく論功だけで決めたツケ
  (ボロボロの内閣)

 春闘がまだある労組ない労組
  (労組すらない、ここにも格差

 八百長の疑惑を豆で吹き飛ばす
  (朝青龍、成田山で)

 あるあるないないになり幕閉じる
  (他の類似放送大丈夫?)

今夜発表される選挙結果次第では続報があるかも知れません。
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赤い・赤い・赤い

2007-02-02 01:37:57 | よしなしごと
 この前の日記の標題は、「紅から紅」でした。
 そして今日はこの題。
 気の早いネウヨの皆さんが押しかけてきそうで、戦々恐々としています。

 赤い、赤い、赤い血潮の六が、今日、所用で出かけた際に遭遇した「赤いもの」を紹介致します。

 まずは野焼き風の紅蓮の炎



 最近はダイオキシン云々で、これ程火勢の強いたき火はほとんど見なくなりました。
 これは農家の方が、要らなくなったガラクタなどを燃やしているのですが、やはりいけないのでしょうか
 
 町中ではいざ知らず、昔っから農家ではこうして不要なものを燃やしていました。やはりそれをしも、公害の発生源として告発されねばならないのでしょうか。
 大規模工業などが排出するものの方がはるかに規模も大きいようにも思うのですが。
 
 今回は叱られませんでしたが、前にある河川敷の畑で、要らなくなったものを燃やしているところに出くわしその煙のたなびき方に風情があったので写真に撮っていたところ、傍らにいた農家の方が険しい顔で私に詰め寄り、
 「あんた、市か県の人か?要らんもんを自分とこで燃やすのが何でいかんのだ!」
 と、いわれました。

 どうやら、私の謹厳実直で真面目そのものの顔つきから(ここは笑うところではありません)、監視員に写真を撮られたと思ったようなのです。

 私はそんな者ではないことを説明し、その写真をどこへも公表しないことを約束しました。
 その農家の方も納得し、たき火に当たりながら話をしました。彼曰く、「昔はこうして野良でものを燃やすは普通だった。それを今さら駄目といわれても。じゃあ、江戸時代はもう地球は汚かったのか・・」などと愚痴っていました。

 複雑な気持ちで立ち去る私に、「さっきは悪かったな」という詫びの言葉が追いかけてました。

 ア、赤いものの話でしたね。
 今度はこれ。住宅街の中の小さなお稲荷さんです。
 
 
 
 結構徹底して赤いでしょう。
 その赤も、他のところは朱色っぽいのに、ここのは真っ赤に見えました。
 
 学校帰りの子に、「おじさん(「おじいさん」じゃぁないですぞ)、なに撮っとるの~?」と聞かれました。
 「ホラ、このって綺麗だろう」というと「ふ~ん」といいながら去って行きました。


 最後は、酒屋の倉庫の片隅で見かけたこれです。


 
 え? これが何で赤いかって?
 あ~た、そりゃぁこれだけ飲めば赤くなるでしょう。
 え? ならない? あ~た肝臓、大丈夫?
コメント (3)
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