六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

雪の降り積む柳と咆吼する柳

2010-03-30 04:11:53 | 花便り&花をめぐって
 モルバランがいつものように駆けてきた。
 メルリッチェルが呼び止めて訊いた。
 「今日はどこへ行ってきたの、また桜」
 「桜も見たけどもっといいものを見つけた」
 なんだかその顔は少しいたずらっぽく見えた。
 「なに、そのいいものって」
 「柳の上に雪が積もっていた」
 「うそでしょう、風は冷たいけど、こんなに晴れてるんだもの、この辺では雪なんか降ってなかったはずよ」
 「でもその柳は雪で真っ白だった」
 と、モルバランは言い張った。
 「その場所だけ」
 「そう、その場所だけ」
 「わかった、それって雪柳でしょう」
 「そういうかもしれない」
 「そうかもしれないじゃないわよ。小さな花が枝にびっしりついてまるで柳に雪のようだから雪柳っていうの」

   

   

 メルリッチェルは教え諭すようにいった。
 モルバランは平気だった。
 「だから、柳に雪だっていったろう」
 「確かにそういったけどさ・・・」
 と、メルリッチェル。モルバランはさらにいう。
 「俺はその花の名前を知らない。だから、柳に雪が積もったみたいだと感動する。しかし、その名前を知りつくしていて、『あ、雪柳だな』と思うだけでさしたる感動もなく通り過ぎる人もいる」

 メルリッチェルは、攻守ところを変えたような結果にいささか驚きながらいった。
 「で、あと何か見た」
 「見たとも。こっちの方がすごい」
 「どうすごいの」
 「そうだな、やはり柳だけど、これはどう猛だ」
 「どう猛な柳って、なんて名前なの」
 「名前は知らない。でもたぶん虎柳ではないだろうか」
 と、モルバランはそれを回想しながらいった。
 「虎柳? 猫柳ってのは知ってるけど虎もあるのかしら」
 と、メルリッチェルはいぶかしげに訊ねた。
 「あるとも、あのどう猛さは猫ではない、まさしく虎だ」
 メルリッチェルが今まで見た植物の様相などの思いを巡らしていると、モルバランが撮ってきた写真を見せていった。

   

   
 
「ほら、これが虎柳だ」
 「アラ、ほんとに猛々しい感じね。でもこれって、猫柳の成長しきった花よ」
 「だから、名前は知らないていったろう。でも、これはもはや虎だ」
 「わかったわ、確かに虎みたいね」
 と、メルリッチェルが歩み寄った。

      
              これが猫の段階

 「それじゃぁ、俺は行く」
 と、モルバランが立ち上がった。
 「どこへ行くの」
 とメルリッチェル。
 「気になることがある」
 「なあに」
 「この虎柳の下に、淵があって、そこに小魚たちがたむろしているのだが、今年は魚影が見えない」
 「そうなの、心配ね」
 メルリッチェルは小魚たちが川底の石に体をこすりつけるように反転し、キラリと光る様を思い描いていた。
 「だから、もう一度いって確かめてくる」
 そういうと、モルバランはまた駆けだした。

   
              桜も一応撮ってきた
 
 
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モルバランはいくつかの桜を見た!

2010-03-28 04:42:25 | 花便り&花をめぐって
 モルバランが額にうっすら汗をかいて駆けてきた。
 「アラ、どこへ行ってきたの」
 とメルリッチェルが訊ねた。
 「花見」
 「いいわねえ。で、どこへ行ったの」
 「中将姫桜と薄墨の桜と荘川桜」
 「ちょ、ちょっと待ってよ」
 と、メルリッチェルが驚きながら訊ねた。
 「中将姫桜は岐阜市内よ。だから行ってきたといっても驚かないわ。でも、薄墨の桜は根尾谷でしょう、そして荘川桜は御母衣(みほろ)ダムの湖畔でしょう、それって全部回ると300キロ以上あるんじゃない。あなた出かけたのは昼過ぎでしょう」
 「でも全部行ってきた」
 「うそ。いくらあなたが健脚でもそれは無理だわ」
 「うん、ごめん。少しうそがある。俺、見たのみんなレプリカ」
と、モルバランは正直に答えた。
 「え、桜のレプリカなんてあるの」
と、今度はメルリッチェルが驚いて訊ねた。
 「それがあるんだな。JRの岐阜駅が整備されてバスターミナルの真ん中に陸の孤島のような緑地帯ができたろう」
 「ああ、そういえばそんなのあったわね」
 「その緑地帯の中に、岐阜県内の桜の名木の子供や孫が植えられていて、それらが花開いたって訳さ」

   

        写真はいずれも夕刻の曇天、最悪の条件
       中央が薄墨の桜 右が中将姫桜 左が荘川桜

 
 「ああ、そうなの」
 「だけど、ちょっといじらしいこともある」
 「なに」
 「根尾谷にしても荘川にしても山地だろう。だから、本家本元の親はまだ開花していない。だけど、移植されたその子孫たちはもう花開いている」
 モルバランはちょっと考え込むようにいった。
 メルリッチェルがそれにかぶせるようにいった。
 「だったらそんなレプリカ見たって興ざめでしょう」
 「うん、それがそうでもないのだ」
 「どうして」
 「そうだな、想像力みたいなものだろうか」
 「想像力って」
 モルバランは目を閉じながらいった。
 「その木の前で思いを巡らすんだ」
 「なにを」
 「薄墨の桜なら、死に絶えそうなそれを懸命に回復させた人たちの話、そして、それを克明に書き綴った宇野千代さんの思い」
 「なるほど」

   

   
 
 「で、荘川桜は」
 と、メルリッチェル。
 「高度成長期の中で、電気は国力のスローガンの中、湖底に故郷を沈めた人たち、にも関わらず、その故郷のランドマークだった桜を湖畔へ移植した人たち」
 「あ、そんな話があったわね」
 「そう、いまでも花が開く時期には、旧村落の人たちが花の下で旧交を温めるそうだ 」
 「いい話ねえ」とメルリッチェル。

   
      
      
 
 モルバランの話は続く。
 「それから中将姫桜だ」
 「でもそれってなんか伝説の桜でしょう」
 「それはそうだけど、単純な伝説ではない」
 「アラ、どうして」
 「幼くして才能があり、中将の位まで与えられた姫だが暗い伝説がある」
 「へぇ、そうなの」
 「まず、姫は当時のドメスティックバイオレンスの被害者だ」
 「え、そうなの。で、どうなったの」
 とメルリッチェル。モルバランの説明は続く。
 「それから逃げて美濃の国まできたのだが、その途中、ひどい婦人病に悩まされたという」
 「それと桜とどういう関係があるの」
 「そこなんだ。そうした女性の心身や社会的不幸からすべての女性が自由であるようにと祈願して植えられたのがこの中将姫桜だという」

    

    
 
 「・・・・・・・・・」
 しばし無言でいたメルリッチェルがいった。
 「すごいじゃない。レプリカじゃぁだめってのは取り消すわ。だって、本物見てもモルバランのように感じる人少ないんだもの」
 モルバランは少なからず照れていった。
 「俺、もう行く」
 「アラ、今度はどこへ」
 「近くの名もない桜を見に」
 というが早いか、モルバランは駆けだした。

 

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黄色い水仙のおとむらい

2010-03-24 01:09:22 | ひとを弔う


  モルバランは駆けることも忘れてぼんやりしていた。
  「どうしたの」
  と、メルリッチェルが訊ねた。
  「この前の強風で花が折れてしまった」
  「どんな花」
  「水仙」
  「たくさん折れたの」
  「一本だけ」
  「それならいいじゃない。今年は水仙がたくさん咲いたんでしょう」
  と、メルリッチェルは慰めるようにいった。
  「よくはない。黄水仙だ」
  「どうして黄水仙だといけないの」
  「たくさん咲いたけど黄水仙は一本だけだ」
  「アラアラ、たった一本の黄水仙を狙うなんて悪い風ね」
  「風は悪くない。花を折ろうとして吹いた訳じゃないし、黄水仙を
  狙ったわけでもない」
  と、モルバランはかばうようにいった。
  「それはそうね」
  と、メルリッチェルも同意した。

  「で、どうしたの」
  と、メルリッチェルが訊ねた。
  「どうしたって、そのままさ」
  「じゃぁ、倒れて地面に伏せったまま」
  「ああ」
  「それはかわいそうだわ。花は誇りをもって立っていなければ」
  「じゃぁ、どうする。添え木でもするか」
  と、モルバラン。
  「それも大仰で痛々しいわね」
  「そうだな」
  「じゃぁ、いっそのこと切り取って部屋に飾ってやったら」
  「それがいい。ではそうする」
  と、うなずきながらモルバランは立ち上がって駆けだした。
  
  風が耳を切った。
  「水仙、ごめん。水仙、ごめん」といっているようだった。


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愛の残酷 『すみれ』をめぐって

2010-03-22 16:43:41 | ポエムのようなもの
  

 モルバランは相変わらず野を駆けていた。
 行く手の牧場にメルリッチェルの姿が見えた。
 「やあ、ツクシでも採っているのかい」
 と、足を止めたモルバランが訊いた。
 「ちがうわ。すみれを探していたの。ほらここよ」
 すらり伸した指先は薄紫の可憐な花を指していた。
 それは折からの春の陽射しで急に成長し始めた周りの草花に圧倒されるようにひっそりと咲いていた。
 「ほら、こんな風に咲いているすみれを歌った曲があったの知ってる」
 と、メルリッチェルが訊いた。
 「え~と、モーツアルトの歌曲かな」
 「そう、ずばり『すみれ』よ。じゃあ、その歌詞を作った詩人は誰か知ってる」
 モルバランは記憶の糸をたぐって答えた。
 「あ、確かゲーテだ」
 「う~ん残念、それだけなら98点かな」
 と、メルリッチェルはいたずらっぽく笑った。

      
 
 「えっ、どうしてだい」
 「それはね、下にあるような詩なんだけど、その最後の二行はねゲーテにはないの」
 「え、ということは・・・」
 「そう、モーツアルトが書き足したの。楽曲上の効果を高めるためね」
 少し驚いたモルバランが訊ねた。
 「もちろんゲーテの了承を得たんだろうね」
 「それがそんなことはなかったみたい。今のように著作権なんて考え方も曖昧だったから、誰もとがめたりしなかったようよ。だから正解は二人の合作」
 「なんだかひっかけられたみたいだな」
 「ごめん、じゃぁお詫びにその歌を歌ってあげるわ」
 というと、メルリッチェルはアカペラで『すみれ』を歌い始めた。

  

  すみれ 曲:モーツアルト(K476) 1785年
      詞:ゲーテ(モーツアルト補作)

      すみれの花が咲いていた
      人知れずにひっそりと
      いじらしくも可憐な花
      やってきた羊飼いの少女
      軽やかな足取りで
      歌を口ずさみながら

      ああ、とすみれは思いそめる
      一番美しい花になり
      この可憐な少女の
      かわいい手に摘まれ
      胸に抱かれてしおれたい
      ほんの少しの間
      つかの間でいいから

      少女はやってくるけれど
      すみれに気づくことはなく
      かわいそうにも踏みつける
      すみれはたおれてなお歓喜
      私は死ぬ、そう死んでしまう
      でもやはり
      少女の素足に踏まれてだから

      かわいそうなすみれ!
      なんと愛らしいすみれ!


    訳詞は様々なものをつきあわせ、六文錢が簡潔にしたもの

      
                つくしと一緒に

 メルリッチェルの澄み切った歌声が辺りに響き渡ると、草木がみな背伸びをし、飛ぶ鳥や虫たちもしばしその動きを止めるようであった。
 聴き終わったモルバランは、しばし呆然としていたが、やがてパチパチと手を鳴らしながらいった。
 「改めて聴くと、この歌詞ってずいぶん残酷な面があるね」
 「そうよ、愛っていつもなにがしか残酷なものを含んでいるのよ」
 とメルリッチェルはすみれの方に向かって訴えるようにいった。
 しばらくその後ろ姿を見つめていたモルバランは、
 「俺、行くから」
 と、また駆け始めた。
 その駆ける姿勢はいつもと変わらないが、頭の中では「愛は残酷、愛は残酷」という言葉がリフレインしているようであった。


■この歌曲を収録したYouTube
 http://www.youtube.com/watch?v=ntaAg7TtOtQ


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「良心」とモルバラン

2010-03-21 16:53:01 | よしなしごと
 

 今度はメルリッチェルが訊ねた。
 「良心ってなあに」
 モルバランは答えた。
 「自分の中の自分、またはその自分との対話」
 「誰がそんなことを言ってるの」
 「ソクラテス」
 「へ~、そうなの」
 「ソクラテスはうちへ帰るのが怖かったようだ」
 
 メルリッチェルが興味に瞳を輝かせていった。
 「知ってるわ、奥さんが悪妻だったからでしょう」
 モルバランは落ち着いて答えた。
 「そうじゃない、君は週刊誌の読み過ぎだ。怖いのは、うちにもう一人の自分が
待っていたからさ」
 「もう一人の自分って?」
 「さっき言った自分の中の自分さ。それは何かをしていたり喧噪の中では現れな
いんだよ。うちへ帰って一人になると現れるのさ」
 「で、どうしてそれが怖いの」
 「今日一日、自分の言動の中にあった曖昧さや軽薄さがもう一人の自分によって
暴かれるからさ」
 「なるほど。で、あなたはどうするの?」
 「俺は走る、走り続ける」

 そういってモルバランは立ち上がって出かけた。
 「やはり自分との会話が怖いんだ」
 背後でメルリッチェルがつぶやくのが聞こえた。

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姉妹

2010-03-21 11:16:42 | 花便り&花をめぐって
     モルバランが訊ねた。
     「君んちの姉妹ってやはり君のように背が高いのかい」
     メルリッチェルは答えた。
     「そうよ、姉もね」

     


     

    
     
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モルバランは走る <変奏曲つき>

2010-03-20 01:22:39 | ポエムのようなもの
    


     モルバランはひたすら走った
 
     いつから走り始めたのだろう
     どこから走り始めたのだろう

     モルバランは今日も走る
     あしたもそして次の日も

     人はモルバランが地を蹴るから
     地球が回っていると思うだろう

   <変奏曲> 
     ひたすらがモルバランを走る
     走りのいつからも
     どこからの走りも
     モルバランの今日
     明日のモルバラン
     地を蹴る人のモルバラン
     地球が回ればモルバラン

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花もいろいろですね。

2010-03-18 03:03:02 | 花便り&花をめぐって
 この前も水仙を載せました。
 あれはほとんどよその畑の水仙でした。
 今回は私のうちのラッパ水仙です。
 昨年は前年に球根を掘り出し植え付ける時期を失念し、2、3輪しか咲きませんでした。その反省から昨年はネットで調べた時期に合わせて掘り出し、植え付けの作業を行いました。その成果が文字通り花咲き、今年は17輪の花を数えるに至りました。
 うちのラッパ水仙には、花びらの黄色いものはありませんが、中央部分が黄色いものと赤いものがあります。
 それぞれがきれいです。


   
              咲きました

   
            こんな色合いもあります

   
             そしてこんな色合いも

   
           こうして撮すとたおやかですが

   
        バックを落とすと結構なまめかしくなります

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都会の中の花たち

2010-03-16 16:14:40 | よしなしごと
   山野に咲く花はもちろん美しい。
   山野といっても人が手がけた花が圧倒的に多いのだが。

   町中の花はほとんどすべてが人工的に植えられたものだ。
   しかし、そこで自然のときを忘れず咲く花たちはけなげだ。
   山野のものと遜色はない。

   ともすれば無機的になりやすい都会の中で、花をつける木々
   やがて、それらは道行く人たちに緑陰を提供し慰めるだろう。

   うなだれて街をゆく私が、ふと目を上げる瞬間だ。

            写真はいずれも名古屋市東区で


  
      緋寒桜(寒緋桜ともいうようだ) 右はNHK名古屋

  
        同上 こぼれ落ちんばかりに花をつけて・・・

      
            木蓮と黄昏れゆくテレビ塔

  
           そして、飛行機雲が加わって

  
              赤い木蓮もあった

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【きいずいせん】

2010-03-15 15:34:06 | 花便り&花をめぐって
       きいずいせんは黄色い水仙
       あかずいせんは赤い水仙
       あおずいせんは青い水仙
       みんなそろえば信号水仙


       

    
    

       

    

    


       最後のものは花弁が白い水仙
       上の手すりの向こうに六がいるはずだが・・・



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