ダニロ・キシュ、『若き日の哀しみ』

 『若き日の哀しみ』の感想を少しばかり。

 “川辺に沿って、村へ帰っていった。時間を打ち負かした者、花と野原にくらべたら、儚い少年が。” 82頁

 さみしくて沁みて、とてもよかった。何より文章が好きだ。マロニエの実、菫色の瓶、林檎の木、セレナードをささげられる乙女、サーカス団がいた気配、野生の白ツメクサの香り、少年の言葉を理解する犬ディンゴ…。えも言われぬ抒情に浸り、秋の草原を吹き抜ける風を思わせる、どこか乾いた郷愁に包まれるひと時だった。

 ユダヤ人の父親を持つ、ユーゴスラビアの混血の少年。後にその父は収容所へと送られ、帰らぬ人となる。少年を取り巻く現実の厳しさが垣間見える度に、胸がきゅっと締めつけられた。こんな境遇で育つ少年は、大人になってしまうのもきっと早いだろう。切なく、恥かしいことも多い鮮やかな子供の世界は、どこにも留めてはおけない。紺色の麻の半ズボンをはいた想像力の豊かな少年の時間は、あっという間に過去の方へと押しやられていくのだろう…。他ならぬその儚さこそが、この作品の耀きの全てだとしても。
 訳者の解説によると、キシュ自身の少年時代がそのまま描かれている。
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