中島京子さん、『FUTON』

 読んでみたいと思っていた矢先の文庫化だった。
 『FUTON』、中島京子を読みました。

 まず『蒲団』の主人公竹中時雄の妻の視点から、アメリカの日本文学者の手によってあらたに書き直された「蒲団の打ち直し」が作中作としてあるのですが、この小説の存在が秀逸でした。絶妙な按配の絡みが堪らない。内と外とが二重写しのようになっていく滑稽さと、主人公たちの格好悪さの中のそこはかとない悲哀と、両方がとても巧みに響き合っています。所謂プロットなるものもしっかりと打ち立てられているのでしょう。これで処女作だというのだから、凄いです。

 田山花袋の『蒲団』と言われても、未読の私が思い出せる情報はあまりなくて、「あー、あのモデル問題の。私小説のはしりの…」と、中途半端な記憶の切れ端しかなかったのですが(へなちょこ)、高校の現代国語の担当教師がそのあらすじを、かなり面白おかしく端折って教えてくれたことを憶えています(そういうところだけ記憶力がいい)。その時はちょっと笑いつつ、一生読まないかも…と聞き流していました。こんなに時を経てから、このような形で出会えようとは…。
 田山花袋の『蒲団』には興味がなくても、読んでみる気がなくても、この作品の旨味を堪能するには差し支えないかと思います。いやむしろ、『蒲団』って案外面白そうかも…と、興味が湧いてしまうことならあり得ます。きっと、『蒲団』の持つ滑稽さの中の魅力を引き出すことに成功しているのが、この『FUTON』という作品なのでしょうから。
 
 作中作「蒲団の打ち直し」は、そもそもどんな経緯で書かれることになったのでしょうか? うふふ。
 終わりがけに近付くと、ほのぼのとした気持ちになれます。私はタツゾウ親父とイズミさんがお気に入りでした。
 (2007.5.15)

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