奥泉光さん、『モーダルな事象』

 おおお、面白かったです…! 最後まで高揚していました。 
 奥泉さんの作品は3作目。例によって分厚い一冊でしたが、こりゃ長過ぎてもーだるい…なんてことはなかったですよ、猫介さん(…猫介さんに敬意を表し、一応ダジャレを)。 

 『モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』、奥泉光を読みました。
 

 まずはもちろん、桑潟幸一(桑幸)が登場する。その登場の仕方は、“颯爽”という言葉から100万光年ほど隔たっている)。そしてすぐさまに彼の冴えなさぶりが、直截にずらずらと読み手の眼の前に並べ晒される。ううむ、何て凡庸で俗物で冴えない主人公なんだ…あり得ない…。
 こんなに長い物語なのに、こんな主人公で大丈夫なのだろうか…と、幾ばくかの不安に陥りながら読み進んでいくと、その桑幸の元へ、とある童話作家の遺稿についての原稿依頼が舞い込んだ。ところが、良く言えば宮澤賢治風?なその童話たちの内容というのが…。
 この持ち込まれた童話たちは、その後世間の人々にはどう受け止められるのか。実はその辺りの展開には、痛烈な皮肉が効いている。ああ、何だかこういうのってわかるな…と、苦く頷きながら読んでいた。

 そして、一つ目の殺人事件がおこり、物語にもう一つのパートがあらわれる。全く別の側面から、事件を調べ始める元夫婦探偵が出てくるのだ(ここにちらっと、懐かしい人も)。謎の解明に俄然張り切ったのは、ジャズの歌い手・芸名北川アキと、彼女の元夫の諸橋倫敦である。
 何も知らないはずなのに、どんどん事件の核心へと追い込まれていく桑幸と、自分たちの興味本位で真相を暴こうとする素人探偵たち。触れ合うことのない二つのパートは、けれども最後にはたった一つの場所に、まるで時空を超えた怪しい声に呼ばれ導かれたかのように、引き寄せられて収斂していくのである。

 少しずつ明らかにされる幾つもの事柄に驚きつつ、それらがもつれ錯綜していく様を俯瞰しながら読み進んでいくのはかなりの快感だった。そして出来上がる複雑な模様の中心には、“アトランティスのコイン”をめぐる、どす黒くて不気味な過去が隠蔽されていた…。

 夢とも幻覚とも判然としない情景が何度もあらわれ、現実との境界が曖昧なままに移行していくのが、何とも言えない味わいだった。タイムトリップ?なのか何なのかよくわからなくて、もしや桑幸には巫覡的素質でもあるのかしらん…と、首を傾げてしまった(いや、そうじゃなかったけれどさー)。
 途轍もなく黒いものをも抱え込みながら、最後には痛快に突き抜けてくれる素敵な物語だった。桑幸、よかったよかった(ぷぷっ)。

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