倉橋由美子、『婚約』

 昔から桂子さんシリーズが大好きで、もっと読まねば…と作品を遡っている倉橋さんの作品集。古色蒼然なる新潮文庫の古本、奥付を見ると私の生年月日にかなり近い日付の発行日…! 定価130円なり!

 『婚約』、倉橋由美子を読みました。


「あたしはいままであたしがいた場所、紐つきの胎盤、この世界から逃げ出したいのです。ここにあるのとは別の世界をつくりたいのだわ。なにもない、どこにもない場所にいって、世界の贋物をつくること、ある形を生み出すこと……」 〕 151頁 

 収められているのは、「鷲になった少年」「婚約」「どこにもない場所」の3篇です。
 「鷲になった少年」は、これは読んだことあるかしら…?とデジャヴに襲われた作品です。たぶん実際には初めて読んだはずですが。ギリシャ神話の悲恋ものを彷彿とされた逸品でした。姿の美しさと魂の美しさを完全に切り離し、美少年Kの姿の美しさのみを愛でるLの冷酷な姿に、思わずうっとり…。

 そして表題作の「婚約」は、初っ端から意表を衝かれて舌を巻いた作品です。こんなありきたりなタイトルも、倉橋さんの手にかかるとこんなに不条理な話になってしまう…!
 制度としての結婚について、男女間の愛情が不可欠とされる世の中の建て前なんぞを一蹴するような、とても諷刺性の高い作品でした。しかし、滅法面白い! 何だろう何て言うか、私はやはり、常識の皮をペロンと剥いて裏返して見せてくれる、そんな倉橋作品の迷宮が大好きです。余計な固定概念を頭の中にはびこらせない為には、時々倉橋作品を読んでこそぎ落としてもらうのがいいかも…。
 主人公KのモデルはF・カフカなので、ところどころでカフカの断片が使われています。

 そして「どこにもない場所」。これはぐらぐらしながら読みました。3作品の中でも一番長い中篇です。
 家出をしてきた主人公Lが、精神病院に入院している母親を見舞うところから始まるのですが、いつの間にかLも患者になっている…。身体喪失の理想を実現しようとした、Lの試み。
 親切な解説によるとこの作品は、サルトルの美学が文学的背景となっているそうです。タイトルとなった「どこにもない場所」は、“〈奇妙な意識が棲むにふさわしい場所〉すなわち純粋想念の世界”なのですって。ふむー。
 自由にこだわり過ぎて不自由に陥ることの愚かしさから、一等縁がないであろうLの奇妙な軽やかさに惹かれつつ、眉毛をよじりながら読みました。

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