マイケル・カニンガム、『星々の生まれるところ』

 つい先延ばしにして3月中に読めなかった、読書会の課題本。
 自分で選んだわけではない本を読むことに、実はなかなか慣れない。でも、思いがけない出会いが嬉しいこともある。この作品も。

 『星々の生まれるところ』、マイケル・カニンガムを読みました。
 

 素晴らしかった。繰り返される“死と再生”の歌が、たどり着く場所もなく流れていく。その流れはいつしか読み手までをも絡め捕り、過去から現在を経て未来へとぐんぐん押し流していく。うねるような3部作だった。ふうっと我にかえって、これまた随分遠くまで運ばれてきたなぁ…と、溜め息。 

 一見無関係のようで、本当は深いところで繋がり合う、三つの物語。
 労働者たちが過酷な条件下で働かされていた、産業革命時代のニューヨークを舞台に、結婚を間近に控えながら死んでしまった兄サイモンの婚約者キャサリンに、ひた向きな恋心を抱く少年ルークの思いを軸に語られる「機械の中」。幼いルークの無垢さ加減がちょっと鼻につくものの(すまん…)、幻想的な美しさと詩人ウォルト・ホイットマンとの交流が忘れがたい。ラストにも息を呑んだ。 
 9・11後の犯罪都市ニューヨークで、警察の犯罪抑止部に働く女性キャットが、少年による自爆テロに深入りしていく「少年十字軍」。犯罪ミステリーのようにも読めるが、キャットの胸の内がどんな風に揺れ動き変わっていったか…という描写の部分に、私はかなり引き込まれてた。果たしてこの物語の先に救いがあるのか…と思いつつ、残されたメッセージに胸を掴まれる。  
 そして、メルトダウン後の変わり果てたニューヨークで出会った、人造人間(アーティフィシャル)と異星からの移民カタリーンが繰り広げる、逃亡劇の「美しさのような」。人造人間のサイモンが、ナディア人であるカタリーンに強く惹かれていく設定が、とても好きだった。真の感情を持たないはずの人造人間が、より人らしくなりたいと願うというテーマもよかった。つき離すようなラストだけれど、しみじみと沁みるものがある。サイモンの本当の望みは、きっと叶ったのだから…。この作品は、タイトルも素敵。

 3部作を繋げているアイテムの一つに、白い鉢がある。これ、最後まで読んでも結局のところ、骨董として価値ある掘り出し物なのか、綺麗で素敵なガラクタなのかよくわからなくて、そこがまたいいなぁ…と思った。換金しようとすると値があやふやなのが、この世のものならぬ感じで。作品の中では、“聖杯”という比喩も出てくる。 

 たぶん、あらかじめ人の命に刻み込まれている、何人たりとも免れない宿命とは、真にたどり着く場所など何処にもない…ことかも知れない。目指すべき場所など、誰にも指差すことは出来ない。でもそこに、絶望を見るか、微かながらでも希望を読み取るかは、また別の話だ。意味がないのならば、意味を生みだし、人は命を繋いでいく。
 そんなことに思いを馳せて、改めてこの作品の鍵となるウォルト・ホイットマンの詩句“死ぬことは誰が考えたのとも違って、もっと幸運なことなのだ”…に向かい合ってみると、温かな気持ちが胸に溢れる。包みこむような優しい死、その先にある再生。

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