皆川博子さん、『鳥少年』『乱世玉響 ――蓮如と女たち』

 心ゆくまで存分に、皆川ワールドに溺れていました。ずぶずぶずぶ…。
 古本で入手したおとっときの二冊を、ええい!とたて続けに読んでしまったわけです。好きな作家の本を読んだ時、「本当はこの一冊だけでは物足りないなぁ…もっとこの世界に浸っていたいなぁ、もっと…!」と思うことがあります。今回はそんな気分の勢いに、素直に乗りました。

 単行本に未収録になっていた70~80年代の作品を収めた短篇集と、91年に発行された時代ものの長篇という組み合わせで、図らずも、皆川さんの作風の幅広さや多彩さを堪能する結果と相なりました。今と昔を縦横無尽にかけめぐるその文章の、イメージ豊かなことと言ったら…! うっとり。

 『鳥少年』と『乱世玉響 ――蓮如と女たち』、皆川博子を読みました。
 

 「火焔樹の下で」「卵」「血浴み」「指」「黒蝶」「密室遊戯」「坩堝」「サイレント・ナイト」「魔女」「緑金譜」「滝姫」「ゆびきり」「鳥少年」、の13篇。この一冊は装画も大好きです。装丁と言うか、レイアウトなんぞも素敵です。北見隆さんの装丁は、本当に小説の世界と響き合うような色調があって見惚れてしまいます。いいなぁ…。 

 収められている作品群は、皆川さんの短篇の中では割と情念ものっぽい作品が多いような印象でしたが、皆川さんの手にかかればやっぱり、妖しい狂気をまとった小昏い蠱惑のめくるめく世界が、そこに描き出されているのでした。 
  私が好きだったのは「火焔樹の下で」や「密室遊戯」、後は美文調に酔える「ゆびきり」とか。特に「火焔樹の下で」は、精神病院を舞台にして、一人の男性が受け取り続けた書簡だけで進んでいく話なのですが、じわじわ~っと誰かの狂気が炙りだされていくのだけれども、真相がなかなかわからない…という書き方が、なんとも巧みな逸品でした。 

 でも実はこの本は、解説で…。
 『聖女の島』を書いた頃の皆川さんがかつての編集者に、「書きたいことは書くな」と言われていた話にも触れられていて、すっごく憤りが込みあげてくるのでした。ぐるる…。

 そして二冊目。
 
〔 室町時代に真宗王国を築き、権勢を振るった本願寺の法主、蓮如は5人の妻に、27人の子を産ませた。本書は後に足利義政の側室となる娘、万寿の目を通して、産み疲れて死んだ母への憐憫、教線をひろげるためにわが子を利用する父への不信・憎悪を凄絶に描く。書き下ろし長編歴史小説。 〕

 す、凄かったです。まさしく凄絶。ところどころ鬼気迫るものがありました。でも他ならぬそれこそが、夢中で読ませてくれたのでしょう。
 “襤褸(らんる)”という言葉がときどき出てきたのですが私は、主人公万寿が、十人の子を産んで産み疲れて(!)死んだ母親のことを、“男、即ち、父によって、母は襤褸となった”と思うところで、おぞぞぞ~っと総毛立ちました。未だかつて“襤褸”という言葉が、こんなに怖く見えたことはありません(皆川さんの言葉の選び方には容赦ありません)。 
 女の体を襤褸にする、絶倫男の我執っていったい…! 産み疲れて死んだ妻が四人って…!

 そう言えば、初めてこの本を手にしたときには、この表紙の絵が私には少し怖かったのですが、この凄まじい物語を読み終えた今ではしっくり来ます。堕ちてゆく少女の姿に、万寿や乙女が重なります。   

〔 乱世を生きざるを得なかった少女に視点をおいて、この物語は紡がれました。 
 大人の傀儡であることを拒否し、時代に流されることを潔癖に拒む少女に、蓮如との娘という枷を嵌めました。 〕 あとがきより



 年末に出た「このミス」、ぱらぱらっとめくってから皆川さんのページだけ立ち読みをしました。読めば哀しくなってしまう内容ですけれど、その中で、“歴史小説を書かされていた時、楽しんで書いたのは『妖桜記』と『花闇』だけです”というようなことが書かれていて、切なさで胸がぎゅっとなりました。
 私は『妖桜記』と『花闇』が大好きですが、この『乱世玉響』も素晴らしいと思います。でも、言っても詮無いことですが、皆川さんがずっと書きたいものだけを書かれていたなら…と、どうしても考えてしまいます。

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