パトリシア・A・マキリップ、『妖女サイベルの呼び声』

 初マキリップ、堪能した。『妖女サイベルの呼び声』の感想を少しばかり。

 えも言われぬ独特な雰囲気が、とてもよかった。深い森の中に姿をあらわす、美しく優雅な幻獣たちの姿が忘れがたい。氷の白に焔の赤、鬱蒼たる森の深い緑、竜の眠る黄金の褥(しとね)…。冬を思わせる色調がまなうらに残る。冷たく沈んだ雪のような白に、時折鮮やかな色がにじんでいる。
 象牙色の髪の妖女サイベルは、祖父や父や自身が呼び寄せた幻獣たちだけを友に、ひっそりと山の奥深くで暮らしていた。吟遊詩人のようにバラッドを吟唱する赤い眼と白い牙を持った猪は、あらゆる謎の解答を知っている(ただ一つの例外をのぞいて)。煌めく宝物を守る竜、ライオンのギュールス、青い眼の隼ター…と言った、神話めいた姿で数々の伝説や語り草をまとった幻獣たちがサイベルをとり巻いている雰囲気が、とても好きだった。一幅の幻想的なタペストリーを眺めているみたいだった。

 最初は魔術に励むばかりで人がましさに欠ける印象だったサイベルが、物語が進むにつれて変わっていく。エルドウォルド国の王子タムを慈しんで育てることによって愛を知り、やがて人の世の争いからも無縁ではいられなくなり、憎しみを知る――。彼女の心の中の揺らぎや変化、心持ちに深みが増していく過程を丁寧にたどっていく描写には、いつしかひき込まれていた。
 不思議な魔法の力を持つ美しいサイベルを求める者たちの思惑や、愛と怖れの中に身を置いて、サイベル自身も氷の心のままではいられない。けれども自由で誇り高い、己の核の部分は決して変えられない。ゆえに、冷酷な復讐もためらわない。たとえ愛する者たちを、傷付けることになるとしても…。いったいサイベルはどこへ向かっているのだろう?どうなってしまうのだろう…?と、後半の展開から目が離せなかった。
 終盤における、幻獣たちの活躍が素敵! 快哉!
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