アーシュラ・K・ル・グィン、『言の葉の樹』

 二番煎じみたいになってしまうが、一応こちらにも。読書会の先月(!)の課題本、ル・グィンの『言の葉の樹』を読んだ。

 『闇の左手』と同じ〈ハイニッシュ・ユニヴァース〉を舞台に描かれた、惑星アカの物語。圧政による焚書が行われている一方に、失われようとしながら細々と繋がっていく〈語り〉の伝統文化のある世界。そこで観察員サティが知りえたものとは一体――。
 
 “言葉による”教えの数々、真実についての評論を促す為の寓話、いにしえの伝説さまざまな聖人たちが登場する物語の数々を、語り継いでいく重要な存在として、マズと呼ばれる人たちがいる。賢者のようで指導者のようで教師のようで、少しずつそれらを兼ねてはいるのだけれどもそのどれでもない。やはり、語る人々――としか言いようがないような、〈語り〉を守り繋いでいく人たちが、マズである。
 そんな、幾人もいるマズたちの〈語り〉のちょっとした言葉の端々が気持ち良く胸に響いた。何かしらの含蓄がちゃんちゃんと込められているように思われて、何度も立ち止まらせられた。そして同じような理由でアカ独自の倫理やシステムのあり方にも、好感を持ちつつ読んでいたような気がする。
 理想的な世界として描かれている訳ではないにしても、沢山の枝脈・樹葉を持つ彼らのシステムの独創性とその豊かさを感じることで、いろいろと考えさせられるところが多かった。この優れたシステムを残せるものなら…いや残すべきだ…という思いが湧いてきて、そこであらためて、現実の世界で今も昔も実際に失われていく文明があったことに胸を突かれた。どんな文明にだってそれはきっと、惜しまれるところが多々あったはずで、たとえどんな理由があろうと一方的に奪ってよいなんてことは決してないのだと…。ああでも、その中にいる人々が徐々に手放してしまう場合は、どうすることも出来ないのだろうか…とか、そこまで考え及ぶとまた悶々としてしまうのだが。
 サティの名前の由来とか、アカの言い回しに樹木の暗喩が多いとか、そういう細やかな設定にも心惹かれるところが多かった。
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