パトリック・ハミルトン、『孤独の部屋』

 お気に入りのシリーズの4作目、『孤独の部屋』の感想を少しばかり。

 面白かった。戦中のイギリス、ロンドンの郊外からさらに遠く離れたテムズ・ロックドンという町を舞台に、ロンドンの出版社に勤める39歳のあまりぱっとしない女性を描いた作品。実は読み出してから途中までは、心理小説であることを加味して考えても何だか地味で冴えない退屈な話にしか思えなかったのだが、ふと気が付けば、ミス・ローチが泥沼に嵌っていく様子から目が離せなくなっていた。
 下宿屋ロザモンド・ティールームズにおける、どんなに上辺を取り繕っても或いは無関心なふりをし合っていても、部外者にはすぐに異様な空気が伝わってしまう、グロテスクで不快な人間関係。会話の度に耳を塞ぎたくなるほど品がなく底意地の悪いスウェイツ氏、どんどん邪悪な本性を曝け出していくドイツ人女性のヴィッキーに、一貫性のないパイク中尉…といった人々に悩まされ続けるミス・ローチ。始めの内はもどかしい位に大人しく控え目だった彼女の中で、少しずつ少しずつ怒りと憎しみが水位を上げていき、遂には表面張力を保ってぷるぷるとふるえだす辺り、思わず知らず引き込まれて本当に固唾を呑んだ。いよいよ溢れるかと。

 確かにミス・ローチはちょっと頑なで、英国淑女(の、どこがそんなにいけないのかよくわからんが)なのかも知れない。でも、何があっても品位を損なうことのない内省的な彼女の人柄に、私は好感を持ったし、許すまじ酷い侮辱に勇敢に立ち向かった姿はなかなかよかったと思う。よくやりました!と声をかけたくなった。いつの間にやら肩入れしていたようだ。
 孤独な人生はまだまだ続くけれど、とりあえずはミス・ローチが外側から事の顛末を眺められるようになって落ち着けたところで、よしとしなければ…というラストが渋い。
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