『花衣夢衣』第42話。真帆(吉田真希子さん)と将士(眞島秀和さん)が13年前の悲恋を再燃させずっぽり不倫関係になってから、“誰がどこまで知っているのか”“知った上で、あるいは知らないがゆえに、真帆・将士・澪(吉田真由子さん)の各当事者に、どうしてほしいと思っているのか”の整理がときどきつかなくなるのですが、その中では“サワキには友禅製作に専念してほしい”で一貫している安藤(長谷川朝晴さん)と、時宜に応じて愛想は振りまくものの、コロモの下に常に“とにかく将士に店をしっかり継いで、跡取りを作ってほしい”のヨロイを外さない将士母・いより(田岡美也子さん)の輝きが相対的に増しています。
澪の将士へのレスポンス「(どうしたら元に返れるんだろうな?と言われても)私たちにとって、どこが“元”なんですか?」は最高でした。そもそも将士が澪との結婚を決めたのは、瓜ふたつの真帆との恋と一方的に去られた別れがあったからこそ。澪が出発点と思っていたお見合い・結婚は、夫にとってはそうではなかった。13年経てわかった、この裏切られ感は澪には耐えがたいものでしょう。
このドラマ、第2部からの双子ヒロイン役・吉田真希子さん真由子さん姉妹、特に第1部少女期のきまじめなキャラとは打って変わって“オンナの性(さが)”全開を演じなければならない真帆役の真希子さんの演技力へのダメ出しの論調がネットでは目立ちますが、月河は不思議とそこはほとんど気にならないんです。
もともとこの枠の主人公役に、特筆するほど演技力に定評ある人(=“きれい”“可愛い”“カッコいい”“色っぽい”などより真っ先に“演技力優秀”がイメージの人)が来演した記憶はあまりありません。そこそこキャリアや知名度のある俳優さんでも、“単発2時間ドラマや映画・舞台では実績があるけど帯ドラマは初”“明朗な役が多く、ドロドロただれた役どころは初”など、概ね「東海昼ドラヒロイン、相手役、こなせるの?」と疑問符がついて回るのがつね。主人公役として、矢でも鉄砲でも持ってきやがれ級に、どこから切っても誰が見ても磐石の演技力だったのは、思い出せる範囲では荻野目慶子さんぐらいではないでしょうか。
ドラマの出来、品質を決めるのは一にも二にも脚本脚色、次いで演出、その次に脇役だと、月河は考えています。昼・夜、若者向け主婦向け中高年向けなどを問わぬ普遍です。
主役は、極端な話、画面に映ったとき視聴者を惹きつけ離さない(好きな言葉ではないけれど)“華”さえあればいい。主役の演技力の優秀さがドラマの輝きや深み増に貢献することは大いにありますが、主役ひとりが演技稚拙というだけの理由で、ドラマが根こそぎダメになることはまずないものです。
客=視聴者が「主役のヘタさが目障り耳障りゆえ、ドラマに引き込まれない」と訴えるならば、引き込む力のあるドラマを作れていない脚本演出におおかたの責任はあります。上手でないその役者さんが主役をつとめることは製作端緒で決まっていたはずなのですから。
比較材料として適切かどうかはわかりませんが、日曜朝の『戦隊○○レンジャー』『仮面ライダー☆☆』をはじめ、特撮番組のほとんどは、オーディションでほとんど演技経験のない新人さんを主役に抜擢します。当然彼らの演技は特に放送スタート当初は稚拙そのものですが、そのこと単体で番組がつまらなくなったり、視聴に耐えなくなったりはまずありません。
なぜか。圧倒的なキャラクターやツール設定・ヴィジュアル造形への興味が(特にメイン客層たる小さいお友達においては)生身の演技への注目に優先しがちということもあるけれど、何より、新人が扮するヒーローたちに“正義感や使命感はあるが、変身戦闘能力をもって強力な敵と戦わなければならないという状況には不慣れか、初体験”“日々の戦いこれでいいのか?自分は正しいのだろうか、もうバトルは止めたいが止められない逡巡、葛藤、疑問”という地合いを、脚本上でしっかり作ってあるからです。
ヒーロー新人くんたちの演技への不安や自問自答、出発点が低かったからこその達成感を画面を通じ共有できる仕掛けがストーリー・脚本に仕込んであるからこそ、視聴者は1年間彼らと伴走せずにいられないのです。
『花衣~』の吉田さん姉妹の演技力や経験がじゅうぶんでないのは、最初からわかっていたこと。もし視聴者の感想が芳しくないならば、問われるべきは彼女たちのいっぱいいっぱいな佇まい、表情、台詞回しを“思いがけぬ運命の変転に戸惑いつつも、愛と誠意と、ともに幸福をと望む不屈の魂をもって立ち向かう女性”の物語として活かせていない脚本のほうだと思います。
押しも押されもせぬ大スターや大御所、旬のアイドルを予算にまかせて招集し取り揃えた劇場版豪華映画などとは違って、小粒な手駒、手狭なハコで客を逃さないよう作らなければならないTVドラマの制作は難儀なことではあるでしょう。しかしその高いハードル、険しい難路を如何にして越えるか、越えてなおかつ花を咲かせるかのプロ仕事を見せてもらえる、それこそがドラマ鑑賞の醍醐味でもあるのです。