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軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

SETI30周年と『コンタクト』

2015-06-11 20:36:04 | 気になる記事
宇宙人の便り 探し求め30年
米SETI研究所
 米西海岸のシリコンバレーで、宇宙人からの声に耳を傾けてきた「地球外知的生命探査(SETI)研究所」が活動開始から30年を迎えた。最近では、宇宙人からのコンタクトを待つばかりでなく、地球から積極的に発信していくべきだとの意見も出ており、論議を呼んでいる。(後略。朝日新聞6月10日夕刊)



 もう30年になりますか。いや、本当に結実を祈ってます。地球外知的生命探査については、過去に何度か触れましたし、Wow信号などについても書いてきた通り、非常に関心を持っています。ちなみに記事中にあるホーキング博士の意見については、私はこう考えます。

 しかし、今回もっと気になったのが、「映画『コンタクト(97年)や『地球が静止する日』(08年)など、宇宙を題材にした数多くの映画やテレビ番組の制作にも関与してきた」というくだり。

 『コンタクト』は映画より原作読め! 原作じゃなくちゃだめだ!

 故カール・セーガン博士の傑作SF『コンタクト』は、『楽園の泉』『月は無慈悲な夜の女王』と並ぶ、私にとってのSFのベスト3であります。ジョディ・フォスター主演の映画は、それはそれでまとまり良く仕上がってます。文章じゃわかりにくい部分(地球外知的生命からのメッセージが多重構造を成していることや、完成したワームホール装置の構造など)を見やすいイメージにしていて、映画化にあたって正しい端折り方をしたと観て思いました。
 しかし、原作の完成度と知的興奮には遠く及ばない。「地球外の知性は電波のメッセージでどのような第一文を送ってくるか?」そして「メッセージを受け取った人類社会がどう反応するか?」ということを、物語の形で実に多岐にわたって考察しており、さすがは『COSMOS』や『カール・セーガン、悪魔と悪霊を語る』(現在は『悪霊にさいなまれる世界』で私を魅了し、開眼させてくれた故カール・セーガン博士。SFを書いても一流です。
 
 地球外知的生命研究の最大のテーマであるファースト・コンタクトのあり方や代表者のイスを巡り、学問を離れて各国の政治家や宗教界の権威者たちが一知半解な口出しをしてきて混乱するあたり、実に読み応えがあります。それでいて、無神論者の主人公エリーが宗教家と恋に落ちるという展開もいい。
 本作を20歳くらいの頃に読んだのですが、私は無宗教だし、当時は「宗教家なんて無視すりゃいいのに」なんて思っていました。しかし本当にこういう事態になると、相当厄介な勢力になるでしょう。実は本質は信仰じゃなく、主導権争いをする利害当事者の一つに過ぎなくなり、そして宗教勢力というのは、国家や民族を超えて繁殖し、かつ排他的性質を持ち、巨大な人的パワーを発揮するからです。
 『楽園の泉』が、軌道エレベーターの出現に対して人類社会がどう反応するかを多彩にシミュレートしたのと同じように、『コンタクト』は小説の形で、異なる知性との遭遇を巧みに仮想実験しています。そしてドラマが感動的で美しい。

 新潮社には申し訳ないのですが、この小説が日本では同社から刊行されたのは、不幸だったとしか言いようがない。早川書房か東京創元から出ていれば、今も絶版状態にならずに棚に並び続けていたかも知れない。この名著が埋もれてしまっているのは、惜しまずにいられません。私がいた頃に翻訳権買い取るように意見すべきだったわ。
 今amazonで1円ですよ。ファースト・コンタクトというテーマに関心を持つ人は、ぜひ読んでみてほしいものです。


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水を持つ天体、続々発見

2015-03-15 14:03:11 | 気になる記事
木星の衛星ガニメデ、地下に水 「生命の可能性さらに」

米航空宇宙局(NASA)は12日、木星の衛星ガニメデの地下に、塩分を含む大量の水を確認したと発表した。水の層は厚さ100キロに達し、水量は地球の海水より多いという。生命の存在に欠かせない水が大量に存在することで、ガニメデにも生命を育む環境がある可能性がでてきた。(後略。朝日新聞デジタル 3月13日)

 おお、非情に興味深い。ヽ(○´w`○)ノ 同じ木星の衛星エウロパや、土星の衛星エンケラドゥスにも似た環境が観測されており、ガニメデにも、となるとひょっとしたらこうした構造を持つ天体は多いのかも知れません。これらの星は、木星や土星の巨大な引力による潮汐で、凍り付いた岩盤が動くことで熱が生じるらしいですね。エウロパではその際に噴水のようなものが吹き上がる様子も観測されています。で、俗に液体中の方が化学反応が起きやすいので、岩盤の下に広がる海(?)の中で生命につながる現象も発生する可能性がより期待できる、というわけですね。

 今後の発見にぜひ期待したいものですが、相当難しいだろうなあと思うのは私だけでしょうか。人が行って潜って採ってくるなんてわけにはいかない距離ですから、おのずと探査機に頼るしかない。で、宇宙機を飛ばして衛星にアプローチし、クレバスのような場所を見つけて上空から、もしくは着地して観測機器を落とすなどするしかないんでしょうね。厚さが10kmやら100kmもある岩盤もしくは氷塊をボーリングするだけの資材は運べませんし。そうなると、地底湖のような場所からデータを中継する設備も必要というわけで、準備も大変でしょう。惑星の潮汐で岩盤がガシガシ動いてるんですから、地表からの定点観測は維持できないかも知れないし。
 一番気になるのは、これはもう科学の世界の宿命というか、生命現象をどこまで確認できれば「生命を発見した」と判断できるのか? 学者というのはそういう断言はしないものなんじゃないかと思うんですよね。生物学的には、生命とは①外界との境界面を持つ ②エネルギーと情報の代謝を行う ③自己複製をする――を満たすものを指すのが一般的だそうですが、何十億kmも離れた場所の状況を、そこまで観測できるものでもないでしょう。その意味では、仮に何かの発見したら、その何倍、何十倍もの疑問を生み出すに違いありません。

 しかしそれでも「生き物っぽい何か」の、さらに「痕跡」だけでも見つかれば、やっぱり素晴らしい。やっぱりそれは、天文学や生物学にパラダイムシフトを引き起こすでしょうし、「私たちは特別な存在だ」という驕った人間中心主義からの脱皮にもつながるかも知れません。何よりも、好奇心が満たされ、さらにそそられるというのは、生きることと同義だと思いますので。このサイトで何度も述べていることなんですが、自分が生きている間に進展があってほしいものです。

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同性愛が当たり前の未来

2015-02-15 14:33:14 | 気になる記事
同性カップルに結婚並み証明書 渋谷区、来月に条例案

東京都渋谷区は、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認め、証明書を発行する条例案を三月区議会に提出することを決めた。区によると、自治体が同性同士をパートナーとして証明する制度は全国で例がない。性的少数者(LGBT)の権利を保障する動きは世界的に広がっており、家族制度をめぐる論議が高まりそうだ。(東京新聞 TOKYO Web 2月12日)


 同性愛の社会的認知ですか。世界的には動きが遅い方なのかも知れませんが、保守的な島国である日本ではかなり驚くニュースですね。性的嗜好は個人の問題なので、意見は特にありませんが、人類社会の未来予想の一つとして、同性愛が一般化するというのは結構ありうることだと思います。今回はその辺を、またまたSF作品でひもといてみたいと思います。

 ジョー・ホールドマンの『終りなき戦い』は、戦争を生き抜く兵士を描いたSF作品として、『宇宙の戦士』と双璧の座にある名作ですが、同性愛者が圧倒的多数派になっていく未来が描かれています(物語のメインテーマではありません)。
 本作では、徴兵された主人公の部隊が「縮潰星(コラプサー)ジャンプ」という跳躍航法で遠く離れた星系へ移動し、正体不明の敵と闘うのですが、このコラプサー・ジャンプ、直前に光速の9割を超えるスピードを出さねばなりません。その加速に何か月も要するため、ウラシマ効果により1回のジャンプで故郷や植民星の主観時間で数十~百年単位の時間が過ぎてしまう。主人公が生き残って帰還すると、弟が年上になってて、文字通り浦島太郎状態。これでよく戦争状態が保てるものですが、戦闘を重ねるうちに故郷の親類や友人はもちろん、別の部隊に移っていった戦友も死んでいき、せっかく生還しても、その度にどんどん孤独になっていきます。
 一方この間に、人類社会は産児制限のため同性愛を奨励するようになり、文化として定着します。異性愛が当たり前だった20世紀に生まれた主人公が生還すると、「あの人異性愛者なんだって、キモッ!」みたいな状況になり、昇進して部下を持つとみんな同性愛者。さらにもうひとつ戦闘を終えて何百年か過ぎると、クローニング技術と人工子宮の登場によって、女性が出産することはほとんどなくなり、主人公のようなヘテロの人間はほぼゼロになります。

 これはありえない未来でしょうか。その前に過去の歴史を振り返ると、少数とはいえ、同性愛の嗜好を持つ者は常に存在したようです。特権を持つ非生産階級に多いのか、古代ローマや中国の皇帝、日本でも織田信長と森蘭丸等々。もっともこれらは、通常のセックスに飽きてしまい、タブーを破る快楽を求めた結果なんじゃないかと思います。デカダンの果てにタブーに走るというのは、人間の性なのかも知れません。 
 受け入れる社会の側としても、アメリカでは同性同士の結婚を認める州もあり、日本でも渋谷区のような例が出てくるなど、現代は同性愛を認める社会は増えてきているようで、徐々に特別なことじゃなくなってきているみたいです。
 では、社会統治の面ではどうか? 中国は人口抑制のため、一人っ子政策という産児制限を設けました。このような政策の極端な発展形として、同性愛の奨励というのも選択肢としてありうるのではないか。同性愛に対し寛容になりつつある社会の傾向もかんがみて、『終りなき戦い』のような社会は、ありえない未来ではないと思うわけです。

 今のところ、先進国は少子高齢化という未知の袋小路に入ろうとしているので、そうした社会では同性愛者はマイノリティのままではないかと思います。しかし、全世界的には人口爆発の方がはるかに大きな問題であり、マルサスの人口論をひもとくまでもなく、これは限られた資源の配分や領土の確保など、戦争の原因にもなる以上、人類最大の問題とさえ言っていい。人口問題に比べりゃ温暖化なんか些事ですよ。そういう人口過剰の国々で、同性愛を是とする文化が浸透したり、為政者がうまく、あるいはひどく強制的にコントロールすれば、2~3世代経ると同性愛者だらけになっている可能性は充分あると思います。そうすれば、有史以来初めて世界人口が減少に転じる可能性もある。

 ただし遺伝的に刷り込まれた異性への肉欲というのは、同性じゃ代替にはならんのではないかとも思います。こればっかりは、理屈はともかく、さすがに感覚的には理解できません。しかし、未来の世界なら、遺伝的に選択することさえ可能になるかも知れません。言っときますが、私がそれを良いことだと思ってるわけではありませんので、念のため。ともかくも、歴史の多様性というのは、想像力を超えることがしばしばあります。同性愛が受容されつつある社会がどこへ向かうのか、多様な可能性があるのではないでしょうか。

 なお、『終りなき戦い』で同性愛社会が描かれるのは、主人公を孤独にしていくための物語上の仕掛けなのですけどね。生き延びる度に、知っている人が世を去っていき、二度と会うことない。主人公はどんどんひとりぼっていきます。しかし、最後の最後に落涙必至の結末が待っている。SF史上に残る名ラストは、読んで確かめてみてください。

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民間計画で事故

2014-11-09 15:04:08 | 気になる記事
ヴァージン墜落、遠のく「宇宙旅行の夢」
テスト飛行中の事故で1名死
10月31日、モハベ砂漠上空でのテスト飛行中、ヴァージン・ギャラクティック社のサブオービタル宇宙船が事故により壊れて、少なくとも1人が死んだ。(後略。東洋経済オンライン 11月3日)



死亡事故は久しぶりですね。お気の毒です。アンタレスの爆発もありましたし、民間の宇宙開発の妨げにならないと良いのですが。この1週間、(´Д` ) ←この顔文字で更新していたのは、今回の一連の事故を嘆いてたんです。

松浦晋也先生も言われていたことですが、フロンティア開拓は国家的プロジェクトに、ある程度開拓済みの領域は(現時点では地球近傍や月など)民間に、と上手く棲み分けて発展していってくれれば嬉しいものです。

ヴァージンギャラクティックをはじめとする、昨今の宇宙旅行プランというのは、対流圏で勢いをつけて放物線の弧を描き、高度百数十kmをかすめて落ちてくるというもので、ただの弾道飛行です。これは米国の有人宇宙計画最初期のマーキュリー•レッドストーンと基本的に同じです。

ただし、レッドストーンは大陸間弾道弾に人を乗せてるのと変わらない代物(1号機に乗ったのは猿だったんだけど)でしたから、最後はカプセルに乗ってパラシュートで落ちてくるものだったのに対し、ヴァージンのプランは航空機のパイロンから機体を分離し、レッドストーン同様弾道軌道に乗って宇宙をかすめた後、スペースシャトルのように滑空して帰還します。トビウオみたいな感じですね。
この辺が開発余地のあるところで、全部枯れた技術を使えば、今回のような事故も起こりにくいかも知れません。ていうかパイロット要らんでしょう。しかし、やはりお客様を載せる以上、どこかに不時着する可能性の高いものではサービスにならず、乗り心地というか、「ご搭乗ありがとうございました」と降りてすみやかに帰宅いただくようなサービスが求められるのでしょう。今回の事故で停滞することなく、前進を期待してます。

それはそれとして、近年、民間宇宙旅行のニュースで使われる「サブオービタル」という言葉。イマイチ好きになれないのは私だけでしょうか。「単なる弾道飛行だろ」と思ってしまうのですよね。
弾道という言葉がわかりにくいというより、カッコイイから使われているのでしょうが、「オービタル」が好きな私でも違和感というか、いかにも「宇宙」旅行だ、というのを誇張するためのまやかしの言葉に感じてしまうのですよね。
おそらく私の感覚の方が古いのでしょうが、今から無理に「オービタル」という言葉に無理にコジツケなくてもいいのになあ。ソユーズでISSに行くプランもありますし、いずれは地球周回軌道を体験できるサービスも登場して、れっきとした「オービタル」な体験もお手軽になる時代も来るでしょうから。


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ゆるキャラ考

2014-01-13 20:43:57 | 気になる記事
ひこにゃんとくまモン、年賀状が多かったのは…
 滋賀県彦根市は7日、市の人気キャラクター「ひこにゃん」に計1万2352通(6日現在)の年賀状が届いたと発表した。(略)
 熊本県のPRキャラクター「くまモン」には、同県の調べで7日現在、6484通が届いているといい、ゆるキャラの「先輩」として、ひこにゃんが面目を保った格好だ。(1/7 読売新聞)


「軌道エレベーター派」なのに、年明け早々何書いてんだと思われるでしょうが、毎年ひこにゃんに年賀状を出していて、返事が来たらここで紹介しています。もっとも昨年はアップする余裕がなく、今年もまだ返事来てないんですけど。まあ年初にこういうヌルい記事書いておくと、今後のハードルが低くなって気楽なものでして。
 で、今年の年賀状の数、くまモンの追い上げがすごいようですね。依然としてひこにゃんが余裕のダブルスコアのようですが。昨年、あるイベントでくまモンに直接会ったのですが、うん、確かにいい奴だったし可愛くて、人気にうなずけます。最近はご当地モノや業界モノのゆるキャラが大量発生しているので、生き残りも大変でしょう。
 このゆるキャラに最も大事なポイントとは何か? 私の周囲では目だという意見が強く、確かに目は大切です。特にくまモンのあの焦点の合ってなさそうな目は、呆けた感じのキャラ作りに不可欠でしょう。しかし私は、一番重要なポイントが目だとは思わない。ゆるキャラにとってのトッププライオリティ、それは口なのだ。

 口なのだ!

 犬猫がなぜあんなに愛らしく見えるか? それはあの「人」の文字のような、あるいはメルセデスベンツのマークみたいな口元にある。見ようによってはちょっとムスっとしたように見え、それでいて健気にもツンデレにも見える感じが、表情のほかのパーツを際立たせているのです。
 ひこにゃんは、その猫の口元を立体的に再現していますね。一方くまモンはその対極にあるような感じで、(熊キャラの多くはベンツ型が多いにもかかわらず)口を開けて笑ってますが、あの、なんかちょっとバカにしてんのか?という感じのカオスな半笑いが、夢遊病的な目と非常にマッチしていると思うのですよ。ミッフィーも、あの口なのか鼻なのかわからないバツ印が人気の源だと確信しています。ふなっしーもよく見ると口は可愛い。
 変にミスマッチで自己主張し過ぎる口元にするくらいなら、いっそ隠した方がいい。口元を消した例では、キティちゃんが出世頭ですね。ほかにも群馬県のぐんまちゃんも口が見当たらず、ゆるキャラグランプリで順位を爆上げしてます(実はあのぐんまちゃんは2代目で、先代から地位を簒奪したのである)。
 このほかネット上でよく使われる顔文字。 (´・ω・`) ←これは「しょぼん」とか呼ばれる顔文字の定番で、クッションも発売されたとか。名前が付くほど親しまれてる顔文字なんてほとんど見ないし、やはりこれも「ω」が人気の源でしょう。人物だってデフォルメすると口を消してしまうことが多い。


 顔立ちの美醜とはまったく無関係に、口元にその人の本性が出る。  
 「目は心の窓」だとすれば、「口は心の玄関」である。
(宮本輝『命の器』より抜粋)

まさか宮本輝先生も、ゆるキャラを語るのに著作を引用されるとは思われないでしょうが(なお原文は「だから口元は毅然と結んでおけ」という文脈で書かれています)、これは、間のキャラにも、否、ゆるキャラこそ一層当てはまる。口元というのは、それほど大事なものなのです。あくまで主観ですが、口元に品がないなどと感じたゆるキャラは、すべからく大成していない。
 先日配信した、宇宙エレベーター協会(JSEA)年鑑の中の座談会コーナーで、「JSEAもゆるキャラが欲しい」と嘯いているのですが、もし作る時は、口元に気を配るよう主張したいと思います。
 「目は口ほどに物を言う」と言いますが、それはとりもなおさず、口ほど(色んな意味で)モノを言う部位はないということです。これからゆるキャラで勝負しようという各業界の方々、ゆめゆめ、口元のデザインには気を抜くことなかれ。

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