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軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

OEV豆知識(18) 環境への影響と安全性

2009-08-29 00:25:11 | 軌道エレベーター豆知識
 前回まで、ロケットとのコスト比較をしてきましたが、あと1回比較を行ってみたいと思います。テーマは(1)環境汚染 (2)安全性ですが、今回は、先に軌道エレベーターについて述べたいと思います。

(1) 環境汚染
 ものすごく偏った昨今のエコ思想は好きではありませんが、多くの人にとって環境問題は関心の高いテーマです。軌道エレベーターは、電動が前提なので、排気ガスなどによる大気汚染はないと思われます。この電気を火力や原子力で賄うのであれば考えモノですが、前回述べたようにエネルギーの一部は回収できますし、宇宙空間での太陽光発電にも期待したいところです。ただし、建造のためにどこかの土地なり海洋なりの開発、環境改変は避けられないでしょう。

(2) 安全性
 昇降機の落下はもちろん、テロや武力攻撃で軌道エレベーターが損壊したら、大きさからいって大惨事になりえますね。ただし旅客機も手榴弾1個持ち込まれて上空で爆発したら一巻の終わりなわけで、空港でのセキュリティチェックが生命線です。軌道エレベーターにも同様の体制が必要でしょう。
 どこまで措置を講じれば信頼性を得られるのか、線引きは難しいと思われますが、少なくとも、エレベーターが(機能や耐荷重、安全設備の充実、セキュリティの確保など多面で)十分な規模に達するまでは、一般の有人運用は控えるべきではないでしょうか。
 私的には、昇降機の落下もエレベーターの倒壊も、色々対処の仕方があるだろうと考えているのですが、証明材料に乏しいので、機会を改めて述べたいと思います。しかし、後述するような理由で、全体としてはロケットよりははるかに安全であろうというのが結論です。

 では、軌道エレベーターに比してロケットの環境面への影響や安全性ですが。。。

 まず(1)の環境汚染については、一部のロケットは、有毒のガスをまき散らして飛んでいることを、ご存じの方も多いでしょう。たとえば、これまでさんざんコキおろしてきた米国のスペースシャトル。SSMEと呼ばれる本体のエンジンは液体の水素と酸素を反応させるもので、生じるのは水蒸気だから無毒。問題は、巨大な茶色い燃料タンクの両脇に付いている固体ロケットブースター(SRB)です。
 SRBの燃料に使われている酸化剤の過塩素酸アンモニウムは毒劇物ですし、燃焼促進剤のアルミ微粉末は呼吸器障害を起こします。こういったものを1回の打ち上げで約1000t反応させ、吐き出しながら飛んでいきます。某作家から聞いた話ですが、ケネディ宇宙センターのシャトル打ち上げ台周辺の土壌は、汚染されて生き物が全然住めないのだとか。
 このほか、ロケット燃料の定番とも言えるのがヒドラジン。猛毒です。日本のH-IIA(ただし大気圏外で使用)や中国の長征ロケットなどにもそれぞれ推進剤の一部に使われています。余談ですが、かの国を含む色んな国の弾道ミサイルの推進剤もヒドラジンが混じってます。
 ほかにも色々ありますが、このような有毒の燃料が頻繁に使われるのは、これらが個体燃料であり、固体の方が安定していて常温で扱いやすいからです。液体水素は極低温で充填するので、蒸発して機体から漏れ出しやすく、性能はいいけどデリケートらしいです。いずれにせよ、開発において追求されるのは推力や燃焼効率だけで、毒性とかはまったく念頭にないようです。


 次に(2)の安全性について。有毒な燃料も危険ですが、何といってもロケットの安全を脅かす最大のファクターは爆発です。しかも「低コストの理由その1」で説明したように、全重量の9割近くを燃料が占めるので、引火事故の時はたいてい大爆発して一瞬で粉々になります。
 歴史上、どれだけのロケットが打ち上げに失敗して爆発したのでしょうか。映画「ライトスタッフ」を見るといいです。「これでもか!」と言わんばかりに爆発が連続するシーンがあって、これだけ吹き飛んでもまだ打ち上げる技術者達の根性は、かえってアッパレと言いたくなります。ちなみに最後の一発は爆発せず、笑えるオチになってます(原作によると実話らしい)。

 これら爆発事故のうち、最も有名なのは1986年のスペースシャトル「チャレンジャー」の事故でしょう。乗組員の直接の死因は、爆発後に海上に落下した衝撃によるものだそうですが(これも想像するだに恐ろしい)、爆発はSRBの部品が極低温で劣化したのが原因とのこと。結果として7人全員が死亡しました。ついでに言うと、スペースシャトルはSRBの燃焼が終わるまで事実上脱出手段がないのだとか(あってもどれだけあてになるものやら)。
 そして、大気圏への再突入がいかに危険かは、前回説明した通りです。少なくともこれらと同種の懸念がないという点だけをとっても、軌道エレベーターはかなりクリーンで安全な乗り物だと言えるのではないでしょうか。

 えんえんと欠点をあげつらってきましたが、今のところ、地上と宇宙の間を往復する手段は、現実問題としてロケットしかない以上、ロケットの使用は是とするしかない。良くも悪くも、宇宙開発を支えてきた主役はロケットです。だからここで述べているのはあくまで推定比較であり、ロケットの全否定ではないことをご理解いただければと思います。
 それに、軌道エレベーターが完成したら、ロケット開発はますます加速することでしょう。軌道エレベーターの投射機能も利用して、衛星や惑星、太陽系外などへ宇宙船や探査機を送り込む大規模な計画が可能にするはずで、それにはやはりロケットが重要な役割を果たすからです。昨年11月の国際会議で、ロケット技術者らしき人が、軌道エレベーターができたら商売上がったりだ、その辺をどう考えているのかと質問があったのですが、今からそこまで心配しなくても。。。(仮にそうでないとしても、なんで軌道エレベーターの研究者がロケット屋の生活に責任持たなくちゃなくちゃならんのだ。研究をやめろとでも言うのかよう)

 軌道エレベーター派は、ロケットの歴史と人類社会への貢献に十分敬意と関心を払った上で、これらロケットを上回る根拠を示して軌道エレベーターの実現を目指します。全身全霊をもって、地上と宇宙の往復手段としてのロケットに引導を渡す。これこそ最大の礼儀というものでありましょう。

 ロケットとの比較はこれにて終了。次回からの豆知識は新章に移る予定で、軌道エレベーターの欠点や負の面を紹介していきたいと思います。

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OEV豆知識(17) 低コストの理由 その3

2009-08-16 23:56:02 | 軌道エレベーター豆知識
 低コストの理由の3回目。最後は(3)の「繰り返し使用できる」と(4)の「エネルギーの多くが回収可能」です。
 「スペースシャトルも繰り返し使ってるではないか」と言われるかも知れません。ですが、スペースシャトルは、実際は使い捨てロケットよりも高くつくそうです。

 これまで述べてきた通り、シャトルは膨大な燃料(推進剤)を消費して軌道速度を得ます。で、国際宇宙ステーション(ISS)に人やモノを運ぶなどの用を済ませたら地上へ戻るわけですが、この時、上昇で得た秒速7km超という軌道速度をすべて捨てて、着陸時には秒速約0.09km(時速約350km弱)にまで減速します。
 大気との抵抗でブレーキをかけて減速しますが、この時に機体下部で圧縮された空気が1500度を超える熱を持ち、機体や周囲の空気を熱します。これを断熱圧縮による空力加熱といい、流星が燃え尽きるのもこのためです。よく「大気との摩擦熱で燃え尽きる」と言われますがこれは誤りで、両者は異なる現象です。

 空力加熱から機体を守るため、シャトル下面は耐熱材で覆われています。この耐熱材は脆くて頻繁に交換されます。2003年2月、「コロンビア」が再突入時に空中分解し、乗組員7人全員が死亡したのは記憶に新しいところでしょう。この事故は、打ち上げ時にはがれ落ちた耐熱材が翼辺縁部を破損、再突入時にプラズマ化した空気が、この部分から翼内に入り込んだために起きたとされています。大気圏(厳密には低軌道の一部も大気圏内)への再突入は、打ち上げに次いで危険で、多大な負担がかかるのです。

 加えて、シャトルは人も貨物(ペイロード)も同一の機体で運ぶので、人間のための安全措置を、貨物室を含む巨大な機体全体に適用しなければなりません。一時、日本も欧州宇宙機関(ESA)も、米国のシャトルを真似て有翼型往還機の開発に躍起になりました。しかし上記のような理由から、重量とコストの増大を招き、いずれも挫折しています。

 地上と宇宙を人が往復するのに継続的に使用されているのは、米国のシャトルのほかにはロシアのソユーズもありますが、ソユーズの場合地上に戻るのは機体中央のカプセル型帰還船だけで、再突入時には底面の「アブレーター」が蒸発して機体を保護し、パラシュートで着地(水)します。アポロも同様の構造でしたが、シャトルは巨大すぎてこれができないんだとか。
 単純な比較はできませんが、1回あたりの打ち上げ費用は、シャトルが7~8億ドル、同じ人数で換算したソユーズの場合は4億ドル弱になるとのことです。結局、繰り返し使うために使い捨て以上のコストをかけているわけで、全部使い捨てで人と貨物を別便で打ち上げ、人が戻る時には小さなカプセルにスシ詰めで乗って降下した方が安上がりなのですね。
 スペースシャトルの問題点については良書が多数ありますので、これ以上詳しいことは譲ります。なお、現行のシャトルは来年全機退役し、ソユーズのようなカプセル型帰還船を使用する「オリオン」に交代する予定です。

 ひるがえって軌道エレベーターとの比較ですが、軌道エレベーターの昇降機は(ロケットに比べて)ゆっくり登って降りて来ます。途中で止まることすら可能ですから、よもや燃え尽きることはありますまい。そこまで加速する方が難しいですから、断熱の必要はあっても、空力加熱対策は不要でしょう。
 ペイロードも、衛星などを持ち帰ることが可能な点は、使い捨てロケット(宇宙船)にはないシャトルの売りかも知れませんが(それにしたって人間と一緒でなくても。。。)、軌道エレベーターなら規模や便数次第で可能でしょう。

 ただし、シャトルもソユーズも低軌道までしか上昇できませんので、その範囲での比較しかできません。公平を期して言うと、軌道エレベーターは、静止軌道かそれ以上まで昇ることが前提ですので、独特の機体保護の必要性が予想されます。
 特に高度約2000kmから上には、最大で厚さ1万8000kmにも及ぶ二重の「ヴァン・アレン帯」という放射能帯が広がっています。アポロは高速でここを通過したので深刻な影響はありませんでしたが、このような場所に人間が長期滞在したことはないので、軌道エレベーターの有人運用に未知の要素が多いのは否めません。
 昇降機に放射線遮断措置を施すとか、プラズマで覆うとか色々方法が考えられますが、ひょっとしたら、シャトルの再突入より高くつくかも。。。

 また、ロケットの燃料の多さを説明した理由(1)では触れませんでしたが、昇降機がゆっくり進むということは、有人ならその分空気と水と食料も必要になります。ですので、この機体保護や人的運用の面に関しては、ロケットより低コストと決めつけることは早計かも知れません(それでもロケットの燃料ほど大量に水や食料が必要ではないでしょうが。。。なお後日の豆知識で、軌道エレベーターの問題点シリーズを扱う予定ですので、こうしたデメリットについても詳しく述べたいと思います)。

 しかしながら、こうした問題を抱えながらも、軌道エレベーターには理由(4)「エネルギーの多くが回収可能」という特性があります。昇降機はエレベーター本体に支えてもらって上下するわけですから、宇宙へ昇った後、地上に戻る時は重力にしたがって落下してくればいいので、その位置エネルギーを利用して適当にブレーキをかけながら発電ができる(静止軌道より外側では逆。この仕組みの詳細については、豆知識(8)をご覧ください)。この電流回生も課題山積なんですけど、とにかく発電はできます。
 つまり、重装備になっても、いったん持ち上げたら、その重さが帰還時に電力を生み出し、エネルギーの一部を回収できる。この利点がある以上、地上に戻る時に運動エネルギーをただ捨てねばならないロケットに対し、戻りながらエネルギーを回収できる軌道エレベーターは、やはりロケットを下回る低コストが期待できると考えられるのです。

 このほかにもいろいろな比較ができると思いますが、ロケットを貶めてばかりになってしまいますし、低コストの理由はこれにて終了です。

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OEV豆知識(16) 低コストの理由 その2

2009-08-08 00:23:49 | 軌道エレベーター豆知識
 軌道エレベーターの低コストの理由その2。今回は、2番目の「(軌道エレベーターは静止軌道より下で)軌道速度を出す必要がない」という点についてです。

 ロケットは、打ち上げ時からものすごい加速を行います。これは、目標の高度に達して地球を周回する公転軌道に乗る、または衛星などを軌道に乗せるためです。前回では図でロケットの進路を垂直に描きましたが、実際にはまっすぐ上に飛ぶわけではなく、下図のようにナナメ上に飛んでいきます。
 軌道に乗るには高度に応じて決まった速度があり、これを一般に「軌道速度」と呼びます。その高度における軌道速度を得ていれば、地球の重力と円運動による遠心力が釣り合い、高度を維持して飛び続けいられるのです(遠心力は見かけ上の力であり、厳密には落下し続けるという解釈になるのですが)。これは軌道エレベーターの基本原理とまったく同じです。
 たとえば国際宇宙ステーション(ISS)の周回する高度(ほっとくと落ちていくのでそのたびに持ち上げ、高度が数十km上下するのですが)約400kmにおける軌道速度は秒速7.7km。ロケットはほとんどの場合、地球の自転速度を初速として利用していて、緯度によって異なりますがだいたい秒速0.5km弱。
 つまりスペースシャトルがISSにドッキングしたければ、高度約400kmに上昇するまでに秒速7.2km以上の加速をしなければならない。これが前回触れた、ロケットが膨大な燃料を必要とする主な理由です。

 さらに、これが静止軌道や月周回軌道、ほかの惑星への軌道への投入などしようものなら、数段階の軌道変更とそれに伴う加速が必要で、そのたびに燃料(推進剤)を消費しなくてはなりません。
 一例として、静止軌道に達するまでの一般的なロケット(軌道投入する衛星や宇宙船を含む)の進路を挙げると次のようなものになります。

 1. まず低軌道に乗せる
 2. 静止トランスファ軌道に乗せる
 3. 静止軌道に乗せる
(説明の簡略化のため、ドリフト軌道は省略)

 大雑把にいうと、低軌道の(楕)円と静止軌道の円、さらにこの二つの円に接する長楕円という、三つの楕円軌道を重ね合わせた経路を、ロケットがたどることになります。トランスファ軌道というのは二つに接する軌道のことで、ここでは静止軌道へ向かうので静止トランスファ軌道と呼びます。



 要するに、最終的に静止軌道に到達するため、地球を周回する公転が成立するそれぞれの軌道にいったん乗り、次の軌道を目指すというステップを経ていくのです。ついでに言うと、それぞれの軌道面の傾きが異なる(低軌道面の傾きは打ち上げ地点の緯度によって変わり、静止軌道は赤道面とほぼ同一)ため、これを調整するのにも燃料(推進剤)を消費します。このような軌道の推移を、提唱者の名から「ホーマン・トランスファ(遷移)」と呼びます。

 都心から高速道路を使って東北や近畿など遠くの地方に行くのに、まず首都高環状線に乗り、適当なところで環状線を出て外環自動車道へ乗り、さらに関越自動車道にアクセスして新潟へ向かう、というような感じですね。しかも指定速度以下に落としてはならない。

 そんなわけで、このような例の場合、結果としてロケットは3段階の軌道速度を得なければいけないことになります。打ち上げ時から全力疾走し、機体にかかる振動やパイロットへの負担だって馬鹿になりません。そして軌道変更のたびに加速や制動が必要です。
 ちなみに、スペースシャトルのような地上と宇宙の往還機は、地上へ戻る時には、いったん得た軌道速度を減速してすべて捨てなくてはならず、この時にも機体に大変な負担を与えます(この点は次回で紹介します)。

 ここでようやく軌道エレベーターとの比較です。まあ別に昇降機の速度は時速何kmでも何mでもいいですが、低軌道なり高軌道なり、その高度に必要な秒速ウンkmなどという加速をする必要はありません。だってケーブルにしがみついているから、軌道速度を出してなくても落ちる心配がないんだもん。
 軌道エレベーターの昇降機が高度に応じた軌道速度を獲得するのは、静止軌道に達した時のみです。そして、軌道速度は高いほど遅い。静止軌道の速度は先述のISSの軌道速度よりも秒速にして4km近く遅いのです。ロケットはいったん低軌道の軌道速度=秒速7km超に達した後に、ずっと遅い静止軌道の速度に落ち着くことになります(これは上昇=離心のエネルギーとの間に交換があるためで、必ずしもその分ブレーキをかけるわけではありませんが)。これに対し、軌道エレベーターは低軌道もゆっくりと通過し、静止軌道に近づくにつれて、この高度における軌道速度に達するわけです。

 その代わりロケットより相当遅くなるでしょう。時速200kmという例もありますから、上記の道路の例えで言うと、軌道エレベーターは高速に乗らずに国道や県道などをゆっくり通って行く感じですかね。東北まで地べたを走っていくのは遠慮したいですが。

 なお、軌道エレベーターの場合、昇降機は上昇しながら、東へ動く軌道エレベーター本体から横方向への角運動量をもらうことになります。昇り棒を登りながら、その棒が横(東)方向に動いていて、上へ行くほど動きが速いと思ってください。
 ここで問題視されていることがあります。軌道エレベーターが上昇する昇降機を東へ引っ張るということは、エレベーター本体の側から見ると、西の方向へ構造体が引っ張られることを意味します。いわゆる「コリオリ」と同様の力が働くわけです。

 この力がとても大きい場合、軌道エレベーターの持つ運動エネルギーに影響を及ぼし、構造体の相対位置や軌道重心の維持に影響するかも知れない。昇降機が上昇ばっかりすると、軌道エレベーターが西の方向へ向かって倒れる力が働くことになるのではないか。。。
 このような昇降機の上下運動によるコリオリは、軌道エレベーター特有の問題の一つとして指摘されており、建造の時点から関係してくる問題なのですが、私自身はこれをあまり深刻に考えていません。
 たとえば下りの時は逆方向の力が働きます。つまり、上記でスペースシャトルが帰還時に軌道速度を捨てると書きましたが、これに対し軌道エレベーターは、上昇で得た角運動量の一部ないし全部を、降下の時にエレベーター本体に返してあげることを意味します(ただし昇りと下りで荷重に差があれば、この分は相殺できない)。このほかにもいろいろ相殺できると考えるので。この点については、後日この「豆知識」で解説する予定です。

 何はともあれ、軌道エレベーターの昇降機は、静止軌道より下ではロケットのように高度に応じた軌道速度を出す必要がない。このためエネルギーの消費も少ない、というわけです。
 長くなり申し訳ありません。次回で低コストのお話は終了します。

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OEV豆知識(15) 低コストの理由 その1

2009-07-31 23:55:31 | 軌道エレベーター豆知識
 軌道エレベーターなり宇宙エレベーターなりが徐々に世間に浸透してきた昨今、軌道エレベーターがロケットより低コストだということは、常套句のように言われます。
 低コストだから軌道エレベーターは有益、というのは言うまでもありませんが、なぜ低コストなのでしょうか? そのことをきちんと具体的に説明している文章は意外と少ない気がします。そこで今回の豆知識は、この低コストの理由について解説したいと思います。

 軌道エレベーターがロケットに比べて低コストである主な理由は
(1) 燃料を持ち上げる必要がない
(2)(静止軌道より下で)軌道速度まで加速する必要がない
(3) 繰り返し使用できる
(4) エネルギーの多くが回収可能
 ──などが挙げられます。きょうはこのうちの(1)について説明します。

 現在、宇宙へ行く唯一の手段であるロケットが、大雑把にいうと燃料の化学反応で(あるいは推進剤を噴射して)飛んでいることは誰でもご存じでしょう。上記(1)の理由は見ての通り、軌道エレベーター(の昇降機)はこの燃料を積む必要がないということです。実際問題、燃料を積むか積まないかという違いは、宇宙まで質量を運ぶ上で大変な差を生むのです。

 たとえばロケットで高度200kmの低軌道まで昇るとして、全行程を前半と後半の100kmずつに分けたとしましょう。話をわかりやすくするために単純化し、ここでは高度による重力の変化は無視し、非燃焼型の推進剤も「燃料」に含むものと仮定します。

 さて、ロケット本体(宇宙船や衛星など、宇宙へ運ぶモノも含む)の重さが10tだとして、この10tを前半の100kmぶん持ち上げるのに、同じ重さの燃料10tが必要だとしましょう。このロケットが上昇するのに、前半と後半で10tずつ燃料を消費するわけですが、中間点までいくのには、後半の分の燃料も最初から持って行かなくてはいけません。途中にスタンドなんかないですから。その分重くなるので、前半の行程は、本体と後半の分の燃料もまとめて運べるだけの燃料が必要です。
 それゆえに、前半には本体10t+後半の燃料10t=20tを100km運ぶのに必要なだけの燃料、つまり20tの燃料を消費することになりますね。だから打ち上げ時には、10tのロケット本体が、自重の3倍にあたる計30tの燃料を積んで打ち上げねばならないわけです。



 実際には3倍どころでは済みません。たとえば日本のH-IIAは静止軌道まで最大約6tの質量を持ち上げられる能力を持っていますが、全重量約230tのうち、実に85%の約197tを燃料が占めます。米国のスペースシャトルなんざ、せいぜい高度600kmくらいの低軌道までしか上がれないのに、80t弱のオービターと最大約29tのペイロードを軌道に乗せるのに1200t以上(「航空軍事用語辞典++」によれば1700t)の燃料を費やします。
 つまり、ロケットが燃料を使って打ち上げる重量のほとんどは、燃料そのものなのです。宇宙へ持って行けるのは全重量の2割に満たないか、種類によってはほんの数%。地球の重力を振り切るのはそれだけエネルギーを要するということですね。

 これに対し軌道エレベーターは、随時エネルギー(電気)供給を受けながら昇っていくことを想定しています。供給の方法は様々あり、また克服すべき技術上の問題点も数多く抱えてはいるのですが、前提として昇るのに必要な燃料を一緒に持ち上げることはありません。

 登山に例えると、ロケットの場合は必要な手荷物に加えて、登山家の体重の5~6倍もの飲み水か何かを持って登り始めなければいけない(ちなみに2合目か3合目あたりでその大半を飲み干してしまう)のに対し、軌道エレベーターは手荷物だけでいいといったところでしょうか。後者の登山道には水道が引いてあって、途中いつでも水を飲めるからです。どっちが楽か言うまでもありませんね。

 半世紀の技術の蓄積を持つロケットを、まだ存在していない軌道エレベーターと比較して、やたらコスト高だと言い立てるのはフェアではないかも知れません。しかし、現在の宇宙開発がもっと安く済むはず、という点だけをとっても、軌道エレベーターに考えを及ぼすのは大きな意義があると考えます。

 燃料を積まない──何と言っても、これがロケットと軌道エレベーターの最大の違いと言えます。次回も燃料が関係しますが、その燃料によって出すスピードの話です。

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OEV豆知識(14) 「軌道」か「宇宙」か

2009-07-09 23:53:21 | 軌道エレベーター豆知識
 この「豆知識」、「OEV図解」を終えてひと段落したので、次のステージへ進む前に、避けて通れない話題に触れておきたいと思います。
 すなわち、なぜ「軌道」エレベーターなのか? 「宇宙エレベーター」と混在しているのはどうしてなのか? ということです。早川書房から「軌道エレベーター」も復刊されたことですし、タイムリーでしょう。

 さて、昔は「宇宙エレベーター(Space Elevator)」に混じって「軌道エレベーター(Orbital Elevator)」という呼称をちらほら見かけた記憶がおぼろげにあるのですが、こんにちでは、海外の文献等に"Orbital"という記述は皆無のようです。
 特に1990年代後半に、NASAのD.スミサーマン氏やB.C.エドワーズ氏らが相次いで軌道エレベーター研究を行い、さらに2002年から04年にかけて"Space Elevator Conference"が開かれ、一時軌道エレベーターがホットな話題になった時代がありました。この流れの中で"Space Elevator"が共通語としてほぼ完全に定着したと思われます。

 ところが日本では、今も「軌道エレベータ(ー)」という名称が根強い人気を保っており、SF作品ではむしろこちらの方が常識という印象さえ受けます。軌道派の欲目で言っているのではありません。
 この背景には、サイエンスライターの金子隆一氏の功績大であると思われます。氏は事実上、日本に軌道エレベーターを紹介した第一人者で、裳華房版「軌道エレベータ」の出版以前から、ほぼ一貫してこの呼称を使ってきました。このため、ある世代以前は「軌道」としてこの世界(?)に入ってきた方が多く、こちらがなじみ深いはずです。

 この時「軌道」だった理由について、先日お会いした際に金子氏にじかに質問をぶつけてみたのですが、「最初にそう呼んだのは誰なのかなあ?」と、詳しくご存じないようでした。
 1974年(翌年改訂)のJ.ピアソン氏の論文に"Orbital tower"という名称が使われ、主に「軌道塔」と訳されていました。P.バーチ氏も"Orbital Ring System"という論文を早期に発表してます。私見ですが、これらの名称が影響しているのではないかと分析しています。つまり日本における軌道エレベーターの概念普及の初期に、一緒にこの軌道塔も定番で紹介されることが多かったために、軌道エレベーターと呼ばれることが多くなったのではないでしょうか。

 では、なぜ現在、2つの呼称が混在しているのか。これは、「軌道」世代(専門書レビュー初回で述べた第2世代)と、「宇宙」世代(同第3世代)の情報源が別々であるため、両者の間に断絶があるのが最大の原因だと私は考えています。
 つまり「宇宙」世代は「軌道」世代の直系の子孫ではなく、上述の20世紀末から21世紀はじめにかけての、米国での動向や情報が輸入された結果生まれた新種(?)であるため、呼び名もこの時輸入し、吸収したわけです。「軌道」の記憶というか遺伝子を持ってないんですね。

 過去の雑記で書いたように、私は、今の日本での軌道エレベーターへの関心も年内か来年早々で下火になると考えています。軌道エレベーターの研究が絶えるわけではなくても、世間はいつの間にか忘れて、いずれまた思い出す。この繰り返し。
 これが何を意味するかというと、再び断絶が訪れるということです。次のムーブメントを「軌道エレベーター」と呼ぶ人々が主導すれば、世間は案外易々とそう呼ぶようになるでしょう。次世代がどう呼ぶか、それは今後の軌道派の尽力次第かも知れません。

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