軌道エレベーターなり宇宙エレベーターなりが徐々に世間に浸透してきた昨今、軌道エレベーターがロケットより低コストだということは、常套句のように言われます。
低コストだから軌道エレベーターは有益、というのは言うまでもありませんが、なぜ低コストなのでしょうか? そのことをきちんと具体的に説明している文章は意外と少ない気がします。そこで今回の豆知識は、この低コストの理由について解説したいと思います。
軌道エレベーターがロケットに比べて低コストである主な理由は
(1) 燃料を持ち上げる必要がない
(2)(静止軌道より下で)軌道速度まで加速する必要がない
(3) 繰り返し使用できる
(4) エネルギーの多くが回収可能
──などが挙げられます。きょうはこのうちの(1)について説明します。
現在、宇宙へ行く唯一の手段であるロケットが、大雑把にいうと燃料の化学反応で(あるいは推進剤を噴射して)飛んでいることは誰でもご存じでしょう。上記(1)の理由は見ての通り、軌道エレベーター(の昇降機)はこの燃料を積む必要がないということです。実際問題、燃料を積むか積まないかという違いは、宇宙まで質量を運ぶ上で大変な差を生むのです。
たとえばロケットで高度200kmの低軌道まで昇るとして、全行程を前半と後半の100kmずつに分けたとしましょう。話をわかりやすくするために単純化し、ここでは高度による重力の変化は無視し、非燃焼型の推進剤も「燃料」に含むものと仮定します。
さて、ロケット本体(宇宙船や衛星など、宇宙へ運ぶモノも含む)の重さが10tだとして、この10tを前半の100kmぶん持ち上げるのに、同じ重さの燃料10tが必要だとしましょう。このロケットが上昇するのに、前半と後半で10tずつ燃料を消費するわけですが、中間点までいくのには、後半の分の燃料も最初から持って行かなくてはいけません。途中にスタンドなんかないですから。その分重くなるので、前半の行程は、本体と後半の分の燃料もまとめて運べるだけの燃料が必要です。
それゆえに、前半には本体10t+後半の燃料10t=20tを100km運ぶのに必要なだけの燃料、つまり20tの燃料を消費することになりますね。だから打ち上げ時には、10tのロケット本体が、自重の3倍にあたる計30tの燃料を積んで打ち上げねばならないわけです。
実際には3倍どころでは済みません。たとえば日本のH-IIAは静止軌道まで最大約6tの質量を持ち上げられる能力を持っていますが、全重量約230tのうち、実に85%の約197tを燃料が占めます。米国のスペースシャトルなんざ、せいぜい高度600kmくらいの低軌道までしか上がれないのに、80t弱のオービターと最大約29tのペイロードを軌道に乗せるのに1200t以上(「航空軍事用語辞典++」によれば1700t)の燃料を費やします。
つまり、ロケットが燃料を使って打ち上げる重量のほとんどは、燃料そのものなのです。宇宙へ持って行けるのは全重量の2割に満たないか、種類によってはほんの数%。地球の重力を振り切るのはそれだけエネルギーを要するということですね。
これに対し軌道エレベーターは、随時エネルギー(電気)供給を受けながら昇っていくことを想定しています。供給の方法は様々あり、また克服すべき技術上の問題点も数多く抱えてはいるのですが、前提として昇るのに必要な燃料を一緒に持ち上げることはありません。
登山に例えると、ロケットの場合は必要な手荷物に加えて、登山家の体重の5~6倍もの飲み水か何かを持って登り始めなければいけない(ちなみに2合目か3合目あたりでその大半を飲み干してしまう)のに対し、軌道エレベーターは手荷物だけでいいといったところでしょうか。後者の登山道には水道が引いてあって、途中いつでも水を飲めるからです。どっちが楽か言うまでもありませんね。
半世紀の技術の蓄積を持つロケットを、まだ存在していない軌道エレベーターと比較して、やたらコスト高だと言い立てるのはフェアではないかも知れません。しかし、現在の宇宙開発がもっと安く済むはず、という点だけをとっても、軌道エレベーターに考えを及ぼすのは大きな意義があると考えます。
燃料を積まない──何と言っても、これがロケットと軌道エレベーターの最大の違いと言えます。次回も燃料が関係しますが、その燃料によって出すスピードの話です。
低コストだから軌道エレベーターは有益、というのは言うまでもありませんが、なぜ低コストなのでしょうか? そのことをきちんと具体的に説明している文章は意外と少ない気がします。そこで今回の豆知識は、この低コストの理由について解説したいと思います。
軌道エレベーターがロケットに比べて低コストである主な理由は
(1) 燃料を持ち上げる必要がない
(2)(静止軌道より下で)軌道速度まで加速する必要がない
(3) 繰り返し使用できる
(4) エネルギーの多くが回収可能
──などが挙げられます。きょうはこのうちの(1)について説明します。
現在、宇宙へ行く唯一の手段であるロケットが、大雑把にいうと燃料の化学反応で(あるいは推進剤を噴射して)飛んでいることは誰でもご存じでしょう。上記(1)の理由は見ての通り、軌道エレベーター(の昇降機)はこの燃料を積む必要がないということです。実際問題、燃料を積むか積まないかという違いは、宇宙まで質量を運ぶ上で大変な差を生むのです。
たとえばロケットで高度200kmの低軌道まで昇るとして、全行程を前半と後半の100kmずつに分けたとしましょう。話をわかりやすくするために単純化し、ここでは高度による重力の変化は無視し、非燃焼型の推進剤も「燃料」に含むものと仮定します。
さて、ロケット本体(宇宙船や衛星など、宇宙へ運ぶモノも含む)の重さが10tだとして、この10tを前半の100kmぶん持ち上げるのに、同じ重さの燃料10tが必要だとしましょう。このロケットが上昇するのに、前半と後半で10tずつ燃料を消費するわけですが、中間点までいくのには、後半の分の燃料も最初から持って行かなくてはいけません。途中にスタンドなんかないですから。その分重くなるので、前半の行程は、本体と後半の分の燃料もまとめて運べるだけの燃料が必要です。
それゆえに、前半には本体10t+後半の燃料10t=20tを100km運ぶのに必要なだけの燃料、つまり20tの燃料を消費することになりますね。だから打ち上げ時には、10tのロケット本体が、自重の3倍にあたる計30tの燃料を積んで打ち上げねばならないわけです。
実際には3倍どころでは済みません。たとえば日本のH-IIAは静止軌道まで最大約6tの質量を持ち上げられる能力を持っていますが、全重量約230tのうち、実に85%の約197tを燃料が占めます。米国のスペースシャトルなんざ、せいぜい高度600kmくらいの低軌道までしか上がれないのに、80t弱のオービターと最大約29tのペイロードを軌道に乗せるのに1200t以上(「航空軍事用語辞典++」によれば1700t)の燃料を費やします。
つまり、ロケットが燃料を使って打ち上げる重量のほとんどは、燃料そのものなのです。宇宙へ持って行けるのは全重量の2割に満たないか、種類によってはほんの数%。地球の重力を振り切るのはそれだけエネルギーを要するということですね。
これに対し軌道エレベーターは、随時エネルギー(電気)供給を受けながら昇っていくことを想定しています。供給の方法は様々あり、また克服すべき技術上の問題点も数多く抱えてはいるのですが、前提として昇るのに必要な燃料を一緒に持ち上げることはありません。
登山に例えると、ロケットの場合は必要な手荷物に加えて、登山家の体重の5~6倍もの飲み水か何かを持って登り始めなければいけない(ちなみに2合目か3合目あたりでその大半を飲み干してしまう)のに対し、軌道エレベーターは手荷物だけでいいといったところでしょうか。後者の登山道には水道が引いてあって、途中いつでも水を飲めるからです。どっちが楽か言うまでもありませんね。
半世紀の技術の蓄積を持つロケットを、まだ存在していない軌道エレベーターと比較して、やたらコスト高だと言い立てるのはフェアではないかも知れません。しかし、現在の宇宙開発がもっと安く済むはず、という点だけをとっても、軌道エレベーターに考えを及ぼすのは大きな意義があると考えます。
燃料を積まない──何と言っても、これがロケットと軌道エレベーターの最大の違いと言えます。次回も燃料が関係しますが、その燃料によって出すスピードの話です。