午前10時頃に昭和記念公園に出かけてみたら、いつに無く駐車場に車が沢山入っている。 入場ゲートに向かう人並みも通常と異なる多さで「あれ? なんでだ?」と思いながらゲートに近づくと入場料が無料の日でした。 今月の18日(日)も無料開放されるそうです。 みんなの原っぱのコスモス畑は盛りが過ぎて、花は少なく、下草にはコスモス以外の葉っぱが繁りだして荒れた感じも漂っているのですが、カメラを持ったおじさんやおばさんが沢山うろついていました。 僕はと言えば手ぶらで出かけて来たのですが、原っぱの中央付近で何時もの様に紙飛行機を飛ばしているグループに近付いて「久しぶり」のご挨拶。 ここに集まる人の主流は「紙」なのだけれど、 物凄く良く飛ぶ機体の持ち主に声を掛けると「バルサ」の人でした。 翼の加工や、派手な神社のような朱色の塗料を話題にしている内に「少し、遊びますか? 貸してあげますよ!」と嬉しい申し出がありました。 機体とゴムカタパルトを借りて5回ほども飛ばしたでしょうか... 原っぱ北の針葉樹の大木の上の方に飛び込んで、機影が見えなくなりました。 「ごめんなさい、 あそこの樹の上に飛び込んで姿が見えません」と謝ると、「良いんですよ、楽しんで貰えれば」 「また遊びに来てください!」と優しい言葉。 ほんとに良い人です。
兎に角、よく飛ぶ機体を持つ年配のベテランの方々は、素人や子供達から「よく飛びますね、凄いなー!」「かっこ良く飛びますね!」と賞賛の言葉や眼差しを向けられれば「エヘン、エヘン」の気分になって、色々と教えてくれたり、遊ばせてくれるのだと思います。 ここら辺は定年退職したおじさん達が韓国や中国の企業に招かれて、多分それほど多くもない報酬でも生甲斐を感じて生産上のノウハウや品質管理・技術面で協力したりする事と合い通じる面があると思いますね。 結果的にそれは日本企業の競争相手に力を貸すことになって、 日本企業の相対的な弱体化につながるんでしょうが、 企業の中で「技術の伝承ウンヌン」とお題目だけ唱えても、 引き継ぐべき若者が「あの腐れジジイの話なんか、放っておけ」的な態度で接している事も多いようだから、 致し方ない面もあるのでしょう。
午後は立川の中央図書館に遊びに行きました。 閲覧室のソファなどの多くを占拠しているおじさん連中のむさい服装と雰囲気は”図書館”という言葉から連想する知的雰囲気とはかけ離れた養老院の窓辺的な雰囲気を感じさせます。 まあ、僕も若者から見たら、その一員ですけど。
さて、その雑誌コーナーで「岳人」と「山と渓谷」誌の10月号を手に取ると、両誌ともに今年7月の北海道・トムラウシ山での遭難を特集で取り上げていました。 ひさご沼からトムラウシ直下の北沼までの間での木道部分では立って歩くのが困難な程の強風が吹き荒れていた。 増水した北沼から溢れた水が登山ルートに流れだし、最初くるぶし程度迄だった水量が弱った人が通過に手間取っているうちに膝下近くまで増水し、その流れの通過にはパーティ全体で1時間以上も掛かってしまった。 などと生存者からの情報で記事を構成しています。 とにかくひさご沼を出発した遭難当日の行動は、風雨の中を異常な遅いペースでしか動けなかった、これが一番問題ですね。 強風も雨もトムラウシの稜線からトムラウシ温泉への下山路に逃げ込めばなんとかなるとの判断は有るかも知れませんが、 あの無残な多量遭難死を防ぐには、 リーダーが北沼への段階で、ひさご沼の避難小屋へ撤退を決意する以外に無かった感じがします。 一方、風雨に晒されて低体温症で亡くなるって、意外と死に至る苦痛が少なくて楽そうだな・・・と馬鹿な夢想もしてみる田中君であります。
兎に角、よく飛ぶ機体を持つ年配のベテランの方々は、素人や子供達から「よく飛びますね、凄いなー!」「かっこ良く飛びますね!」と賞賛の言葉や眼差しを向けられれば「エヘン、エヘン」の気分になって、色々と教えてくれたり、遊ばせてくれるのだと思います。 ここら辺は定年退職したおじさん達が韓国や中国の企業に招かれて、多分それほど多くもない報酬でも生甲斐を感じて生産上のノウハウや品質管理・技術面で協力したりする事と合い通じる面があると思いますね。 結果的にそれは日本企業の競争相手に力を貸すことになって、 日本企業の相対的な弱体化につながるんでしょうが、 企業の中で「技術の伝承ウンヌン」とお題目だけ唱えても、 引き継ぐべき若者が「あの腐れジジイの話なんか、放っておけ」的な態度で接している事も多いようだから、 致し方ない面もあるのでしょう。
午後は立川の中央図書館に遊びに行きました。 閲覧室のソファなどの多くを占拠しているおじさん連中のむさい服装と雰囲気は”図書館”という言葉から連想する知的雰囲気とはかけ離れた養老院の窓辺的な雰囲気を感じさせます。 まあ、僕も若者から見たら、その一員ですけど。
さて、その雑誌コーナーで「岳人」と「山と渓谷」誌の10月号を手に取ると、両誌ともに今年7月の北海道・トムラウシ山での遭難を特集で取り上げていました。 ひさご沼からトムラウシ直下の北沼までの間での木道部分では立って歩くのが困難な程の強風が吹き荒れていた。 増水した北沼から溢れた水が登山ルートに流れだし、最初くるぶし程度迄だった水量が弱った人が通過に手間取っているうちに膝下近くまで増水し、その流れの通過にはパーティ全体で1時間以上も掛かってしまった。 などと生存者からの情報で記事を構成しています。 とにかくひさご沼を出発した遭難当日の行動は、風雨の中を異常な遅いペースでしか動けなかった、これが一番問題ですね。 強風も雨もトムラウシの稜線からトムラウシ温泉への下山路に逃げ込めばなんとかなるとの判断は有るかも知れませんが、 あの無残な多量遭難死を防ぐには、 リーダーが北沼への段階で、ひさご沼の避難小屋へ撤退を決意する以外に無かった感じがします。 一方、風雨に晒されて低体温症で亡くなるって、意外と死に至る苦痛が少なくて楽そうだな・・・と馬鹿な夢想もしてみる田中君であります。