温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

郷緑温泉 郷緑館

2014年01月15日 | 岡山県
 
国道313号を北上して湯原温泉へ向かう途中で県道55号線に入り、鉄山川に沿って谷間を西進してゆくと、まもなく視界が開けて水田と集落が現れますが、その集落の手前側には一軒宿の郷緑温泉「郷緑館」があり、足元湧出の温泉として名を馳せていますので、どんなお湯か体験すべく日帰り入浴してまいりました。高く積み上げられた石垣の上に聳えるお宿は、まるで城郭のようですね。


 
そのお城の如き高台のお宿から集落の方を眺めた際、すぐ下に見えるドーム状の骨組みに覆われた池は、スッポンの養殖池です。こちらのお宿はスッポン料理が名物なんだそうです。


 
駐車場から石垣上のお宿を見上げた時にはお城のようでしたが、実際に階段を上がって玄関前までやってきますと、城郭のような威厳はどこへやら、ごく普通の田舎の民家そのものの佇まいとなり、暖簾が下がっていなければ、ここがお宿であるとは信じられなかったかもしれません。そんな蓬色の暖簾が下がった玄関の左脇には、木彫のスッポンとともに「うちの湯はぼっこう効くでえ」と書かれた札が下がっています。東男の私には普段聞き慣れない当地の訛りが新鮮に感じられたのですが(TOKYO MXの「5時に夢中」ウォッチャーの私としては岩井志摩子の岡山弁を連想せずにはいられない…)、そんなに効能が強いお湯なのでしょうか。期待に胸が膨らみます。


 
玄関を入りますと奥から女将さんが現れ、入浴をお願いしますと心よく受け入れてくださいました。ソファーが向かい合わせに置かれたロビーには、こちらがメディアに取り上げられた際の写真がたくさん飾られているのですが、いずれも昭和の頃と思しき古いものばかりでした。平成に入ってからのものはあったかな。


 
玄関のすぐ左側の上がり框に浴室入口があり、真ん中に大きく「ゆ」と染め抜かれた藍色の暖簾の左右には「男湯」と「女湯」が併記されています。これはどういう意味かと申しますと、このお宿には浴室が一つしかなく、貸切利用となっているのです。岡山県を活動範囲とする温泉ファンの皆さんにとっては常識なのかもしれませんが、所在地と営業時間以外何も調べてこなかった私は、現地でその事実を知ってちょっと驚いてしまいました。とはいえ訪問時には先客がおらず予約も入っていなかったので、行き当たりばったりながらスムーズに利用することができたのは、ビギナーズラックなのかもしれません。尤も、女将さんは初見の私に貸し切りの時間制であることを注意喚起したかったのか、何度も「30分貸し切りです」というフレーズを繰り返していました。

浴室入口のドアには思春期真っ只中と思しき頃のえなり君のポスターが貼られていたのですが、後で調べたところ、彼は18歳の時に「温泉へ行きたい」というCDを出していたんですね。芸能界の大人達が仕組んだ企画とはいえ、18のくせに「温泉へ行きたい」だなんて、期待を裏切らないその老成りぶりには恐れいります。しかもドリフの「いい湯だな」を連想させるその歌詞もちっとも18歳らしくなく、もし同じ歳の私がえなり君と同じ格好をして歌えと命じられたら、拒絶反応の示す意味で潔く舌を噛み切っていたかもしれません。芸能界とは無縁の平凡な生活を送っていて、本当に良かったわ…。


 
貸切利用ですからドアには利用状況を示す札が下がっており、入室時には「空き」を裏返して「入浴中」にしておきます。


 
貸し切りなのに脱衣室は中小規模の旅館並に立派な大きさです。何だか一人で使わせていただくことに恐縮してしまいそう…。この室内では湯使いについて説明されており、大風呂は掛け流しである一方、上がり湯は加温・循環・濾過・オゾン消毒が実施されている旨が明示されていました。


 
上述のように、浴室内には2つの浴槽があり、小さい方は加温された上がり湯、大きな方が掛け流しの源泉風呂です。脱衣室同様に浴室も貸切風呂にしてはとても広く、一人で独占してしまうのが申し訳なくなるほどです。この室内には当温泉の由来が記されているのですが、なぜかわかりにくい雅文体なので、ここでは平たい文章に書き下してみましょう。
この温泉は今から二百数十年前のこと、まだ本庄地区には温泉が存在せず、当時温泉は全て薬師如来のお恵みによるものと信じられていたのだが、そんな時代に、本庄に住む某農夫が温泉を発見し、「これは薬師如来様のお恵みだ」ということで、皮膚病など諸々の病に罹患した者がここの温泉水を患部に注いだところ、みな回復して全癒しない者はいなかった。寛永2年には備後国の住金十郎という者がこの温泉を更に掘削して入浴しやすいように開発し、明治17年には温泉としての許可を得て「郷六」という当地の字地名を温泉名にし、その後「郷緑」に改称して今に至っている…
日本各地の温泉の発祥や発見に関しては、鹿・猿・鷺・鶴などの動物、弘法大師(実際には空海の弟子を名乗ったであろう高野聖)や行基などの僧侶、弁慶や武田信玄などの武将、薬師如来や弁財天などの神仏系、などに分類できますが、こちらのお湯ではお湯の効能が重要視されたために、病気治癒を主とする現世利益をもたらすお薬師様が開湯縁起に登場したのでしょう。この由来書きとともに温泉の効能が箇条書きされているのですが、現行の分析表別表では見られないワードが出てくるので、ついでにそれらもご紹介しておきます。
(イ)皮膚病 (ロ)痔ノ類 (ハ)切傷 (ニ)毛虫ノ刺傷 (ホ)リユウマチス (ヘ)神経痛 (ト)打身 (チ)草マケ
毛虫の刺し傷や草負けという症状をわざわざ列挙しているあたりが実に牧歌的ですね。後述しますが、こちらの温泉はお湯に溶けている成分がかなり薄く、温泉成分が症状に対して何らかの効果をもたらしているとは考えにくいのですが、神経痛や打ち身は現行の温泉でも一般的適応症(つまり温泉でも家庭のお風呂でも浴用によって得られる効能)に含まれていますし、その他の外傷の類に関してはおそらく湧きたての綺麗なお湯による清浄と、長期の湯治による湿潤療法(モイストヒーリング)による効果ではないかと推測できます。地域差もありますが、高度経済成長期以前の日本では、日常的に入浴する習慣があまり無かった人も多かったわけですから、そのような衛生面に恵まれない人がお風呂に入るだけでも衛生状態が改善し、これに伴って皮膚疾患も自ずと回復へ向かうのは、当然と言えば当然なんですよね。



後から増設した感のあるサンルーフの下には洗い場が設けられており、シャワー付き混合水栓が2基用意されていました。


 
2つある浴槽のうち、小さな上がり湯槽は特徴のないごく普通のお風呂でして、ぬるい源泉槽では体が温まらないために循環されたお湯を加温しているのですが、ここで注目すべきはやはり源泉100%の大きな浴槽でしょうね。一見すると縁を石タイルで囲った一般的な主浴槽なのですが、槽内では天然の岩盤がむき出しになっていて、その岩の随所から絶えずお湯が足元湧出しており、画像に写っているようなV字に刻まれた割れ目のみならず、岩のあらゆるところからアットランダムにプクップクッとあぶくが上がってくるのです。そしてそのお湯は浴槽縁を静かに溢れながら洗い場床へと流れ出ていきます。まじりっけのないその無色澄明で清らかなお湯を見つめているだけで、すっかり心が洗われました。中国山地のお湯は大抵が無色透明で成分が薄いタイプですが、御多分に漏れずこちらもその典型例であり、味や匂いはほとんど感じられず、浴感自体も実にアッサリとした優しいフィーリングでして、湯加減は体温を若干下回る35℃弱ですから、入りしなはちょっとぬるく感じるかもしれませんが、一旦肩まで浸かれば、その後はいつまでも入っていられるでしょう(といっても30分の時間制限がありますけどね)。またじっと静かに湯中で浸かっていると、大して目立ちませんがそれなりに気泡が肌へ付着します。湯上りも爽快この上なく、普通のお風呂にありがちな逆上せによるグッタリ感とは無縁ですので、心身とりわけ頭がシャキッと冴えわたりました。
生まれたてのお湯に直に触れることができるお風呂って素晴らしいですね。


郷緑温泉(No.1)
アルカリ性単純温泉 34.2℃ pH9.1 30.5L/min(自然湧出) 溶存物質0.13g/kg 成分総計0.13g/kg
Na+:31.3mg(95.77mval%),
Cl-:8.9mg(17.86mval%), SO4--:29.3mg(43.57mval%), HCO3-:6.1mg(7.14mval%), CO3--:12.0mg(28.57mval%),
H2SiO3:35.1mg,

岡山県真庭市本庄712  地図
電話:0867-62-2261

日帰り入浴10:00~16:00
500円(30分)
備品類なし

私の好み:★★+0.5
コメント
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