脱あしたのジョー

MTオリーブフィットネスボクシングクラブのブログ

共同体を考える

2015-05-23 | Weblog

MOBでは共同体と言うものを考える時、最近参考にしているのがアドラー心理学である。ここからは多少私の見解が入るが、フロイトをはじめ今までの心理学は人間の行動と言うものを問題にした場合その人の幼児期がその今の行動に大きな影響を与えていると考える。だからその過去を振り返ってそこから人格を再形成していくような感じでカウンセリング的なことがおこなわれると思う。ただしこういった場合は過去の原因に拘泥しすぎて未来の姿が見えない。フロイト的な心理学は幼児期などの過去の体験の問題は説くが、しかしその原因を知って自分自身を取り戻せてもそこから先の何者かになれない限界があると思うが、おそらくアドラー自身もフロイトの考え方に未来への展望の限界を感じたのだと思う。その人の行動を問題にする時過去にさかのぼって原因をさぐらなければ前が見えてこないがしかし彼とフロイトたちとの大きな違いは選択できる未来である。確かに過去を振り返るのも大事だしかしその過去にとらわれるのではなく、人間には未来があってその未来を築くためにこれから自分が何をどう選択していくかと言うことが重要だということを言うのだが、その自分が選択していく未来によって自分は何者にもなりうるというのである。そしてその人間の未来の選択においては共同体の役割が大きい。すなわちどういう人間たちが形成している群れにつながってどういう影響を受けるかと言うことが重要である。

私がよくスポーツ指導者は勉強しなくてはならないというのは物音を多面的に見なければ見えてこないことが多いからだ。スポーツしかしたことがない、勉強しない、本を読まない新聞も見ない、外の世界を知らないと言うような人間の価値観で共同体をまとめることは非常に危険、特にこういう格闘技のクラブはしっかりと学問的な基準を持たなければその群れが暴走族や愚連隊の集団となり下がるだろう。さらに日本語にも類は友を呼ぶという言葉があるようにその群れはどういう人たちが中心になって形成しているかと言うことはその責任者の質によるものだ。このことに関してはビトゲンシュタインが著書「言語ゲーム」において人間関係を使われる言葉の質と関連させているし、有名なKマクゴニガルは人間はモラルのひくいほうに流れるということを実験結果で示していたが、端的に言えば責任者は学問を重んじる、しっかりとした考え方を持って問題をおこしそうな程度のひくい人間を集めない、学のある人や社会的にしっかりした人たちも納得して来れるようなクラブづくりをしていく。21世紀は学校や職場でかかえきれない問題がたくさんある。そういういろいろな人たちを受け入れ学校や社会に協力していく必要はある。なぐりあいをさせておとなしくなったのは本能を満たすことができたからだ、人生の裏技をかしこい生き方と教え、その小さい世界で生きて順応することが社会のすべてだと勘違いさせるのはよくないことだ、しかし物事を多面的に見れないと考え方が偏ってしまう、うちではそうならないためにも日々研鑽、そうすれば群れの質はよくなって、ここに来ている人ひとりびとりがさらにつながる子供や若い人にいい影響を与えてくれると信じている。MOBは30代以上の人たちが多いが、共同体と言うことを考えた時にそこがアドバンテージである。

 

 

 

 

 

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