半透明記録

もやもや日記

「私の忠実な言葉よ」

2008年06月02日 | 読書日記ー東欧
チェスワフ・ミウォシュ 鳥居晃子訳
(『ポケットのなかの東欧文学』成文社 所収)

******「私の忠実な言葉よ」********

私の忠実な言葉よ。
私はお前に仕えてきた。
夜ごと、お前の前に
様々な色がのった小鉢を並べてきた。
私の記憶の中に残る
白樺を、バッタを、そしてウソを
お前に与えるために。

それは長い間続いた。
お前は私の祖国だった。別の祖国はなかったから。
お前が、私と良き人々との間の
仲立ちとなってくれると思っていた。
その人々がたとえ二十人でも、十人でも
たとえまだ生まれていなくとも。

今、私は疑いの気持ちを抱いていることを認めよう。
自分が、人生を無駄にしてきたのではないかと感じる時がある。
なぜならお前は虐げられた者たちの言葉、
理性に欠けた者たちの言葉、もしかしたら
他の民族にもまして憎み合う者たちの言葉、
密通者たちの言葉、
気が違った者たちの言葉、
被害妄想を病む者たちの言葉。

だがお前なくして私は何者だろう。
幸いにも、恐れや卑しめとは無縁な
どこか遠くの国の学者にすぎない、
そうだ、お前なくして、私は一体何者だろう。
どこにでもいる哲学者にすぎない。

分かっている。これが私の教養なのだ。
個性という栄光は奪われ、
道徳劇に出てくる罪深い男に
赤絨毯を広げるのは「虚栄の化身」
時を同じくして、魔法のランタンが
人間と神の苦悩の絵を画布に描き出す。

私の忠実な言葉よ。
やはりこの私が、お前を
救わなくてはならぬのだろう。
これからも、お前の前に
様々な色がのった小鉢を並べよう。
できるなら、明るくてまじり気のないものを。
不幸せの中にも何らかの秩序や美が
必要なのだから。


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あんまり美しかったので、つい全文を引用してしまいましたが、なにか問題があるかもしれません。しかし、あまりに美しかったので。

作者はポーランドの詩人。

私に足りなくて、私が欲しいと思っているのは、こういうことなんじゃないだろうか。しかし幸運な私には、その本当のところはけっして分かることもないだろう。これはいったいどうしたものだろうか。

もし、忘れ得ぬ記憶や、言葉が、私の祖国となるならば、
この人のこの言葉や、彼や、彼女のあのときの言葉がそうだったと
いつか私は振り返ることになるだろうか。


そんな風にも考えてしまいました。




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