はじめに
喫煙が健康に及ぼす影響についての研究が盛んになり、私たちの認識も高まりました。「たばこ離れ」が進んだともいわれていますが、日本はまだまだ喫煙大国です。
たばこを吸わない人が、いろいろな場所で、自分の意志とは関係なくたばこの煙を吸わされていることを「受動喫煙」といいます。
受動喫煙は、たばこを吸わない人にとって不快と感じられるだけでなく、さまざまな健康障害を引き起こすことが、最近ますます問題とされるようになってきました。
煙のなかのさまざまな成分
たばこの煙は、喫煙者が吸い込む”主流煙”と、火のついた部分から立ち上る”副流煙”とに区別されます。
1 主流煙と副流煙
主流煙に含まれている有害成分は、たばこの葉やフィルターを通過してくること、また燃焼温度が高いことなどから、副流煙より少なくなっています。
・発がん物質が多い副流煙
主流煙と副流煙とでは含まれる成分が異なり、主流煙は酸性なのに対して、副流煙はアルカリ性で刺激が強く、発がん物質などが多く含まれています。
・環境たばこ煙とは
実際に「受動喫煙」で非喫煙者がさらされる煙のことを、一般に”環境たばこ煙”といいます。環境たばこ煙は、副流煙と喫煙者が吸ったあと吐きだした主流煙とが、混ざったものから成っています。
たばこの煙による室内汚染
・室内の浮遊粉塵中に占めるたばこに関する物質の割合は30%~80%も
受動喫煙は喫茶店のように、とくに大勢の人が喫煙する場所に限らず、私たちが多くの時間を過ごす家庭、職場、さらには乗り物のなかなどで起こります。
たとえば、都市の一般的なオフィスの場合、室内の浮遊粉塵中に占めるたばこの煙による物質の割合は30~80%に達し、会議室では73~82%、休憩室では88~90%にもなるという報告があります。
・気をつけたい換気
また、たばこの煙に含まれる一酸化炭素についても同様に、たばこの煙のないところでは、その空気中の濃度は2ppmなのに対し、煙の充満した環境、たとえば会議室では8~33ppm、住居で15~60ppmにも達しています。
しかし、これらの濃度は換気状態によって大きく左右されます。喫煙者のいる場合でも換気がよければ10ppm程度に抑えられることが実験によって明らかにされています。
しかし、たばこの煙による空気の汚染中、一酸化炭素はいわゆる空調システムでは除去することができませんので、換気が不可欠です。
さらに家庭内では、喫煙による浮遊粉塵や一酸化炭素などのほかに、室内暖房や調理用のガスや石油の燃焼による二酸化窒素による空気の汚染もあり、空気清浄にはとくに気をつける必要があります。
受動喫煙の証拠
・コチニン濃度を調べれば、受動喫煙の害がわかる
自分がたばこを吸わなくても、周囲にいる人たちが喫煙者であれば有害な煙は知らず知らずのうちに体内に吸収されています。その証拠は、血液中あるいは尿中の「コチニン濃度」を測定することでわかります。
「コチニン」は、たばこの煙に含まれるニコチンの代謝産物ですが、受動喫煙の程度とコチニン濃度との間には、高い相関関係があることが知られています。
・周囲に喫煙者が多いと、コチニン濃度は高くなる
たとえば家庭内に喫煙者がいる人のコチニン濃度は、一家全員たばこを吸わない人より高く、また、より多くの喫煙者のいる職場にいる人ほど高い数値を記録しています。(図1)
受動喫煙が及ぼすさまざまな影響
他人が吸うたばこの煙を吸い込むことによって生じる影響は、症状や反応がすぐに出る「急性影響」と、長期間受動喫煙にさらされることにより受ける「慢性影響」とがあります。
1 急性影響
・粘膜への付着による影響
受動喫煙による急性影響は、たばこの煙が目や鼻やのどの粘膜に付着して起こる症状と、口や鼻を通して肺に吸引された結果引き起こされる症状があります。
粘膜に付着して起こる症状としては、目のかゆみや痛み、涙目のほか、くしゃみやせき、頭痛といったものがあげられます。
また、生理学的にも呼吸の抑制、循環機能変化としての指先の血管収縮、心拍数の増加などが観察されます。
・刺激が強い副流煙
以上のような症状や反応は、主流煙よりも副流煙によるもののほうが強く現れます。これは、副流煙は刺激性ガスを多量に含み(アンモニアは73倍)、さらに一酸化炭素、ニコチン、発がん物質が高濃度に含まれているからです。そしてこれらの反応は、常習喫煙者よりも、たばこを吸わない人に強い反応が出ることも確かめられています。
2 慢性影響
・ヘビースモーカーの妻と子どもは肺がんの危険性が高い
「喫煙=肺がんの危険性」という図式はよく耳にします。たばこの煙には、ベンツピレンをはじめ数多くの発がん物質が含まれているからです。では、受動喫煙による肺がん、その他のがんへの影響はどの程度のものなのでしょうか。
女性既婚者の肺がん死亡例200人(非喫煙者)の夫の喫煙量との関係を見てみると、夫が非喫煙者である場合を1.0とすると、夫が1日20本以上のたばこを吸っている場合は1.91倍にもなっています。つまり、夫がヘビースモーカーであると、妻や子どもは受動喫煙により、あたかも自分が少量の喫煙をしたのと同程度の肺がんの危険性にさらされることになるという調査報告もあります。(図2)
これに対して、たばこを吸わない人の受動喫煙による吸引量の少なさからみて、肺がんその他の病気への危険性は存在しないとする研究者もいます。
しかし、現在日本を含む多くの国々から、受動喫煙による肺がんの危険性の報告がされているのは事実です。
ですから、これらの報告を謙虚に受け止め、喫煙者の周囲の人への配慮はむろんのこと、非喫煙者もなるべく受動喫煙の危険にさらされないよう気をつけるにこしたことはありません。
狭心症・心筋梗塞などへの影響
1 心臓への負担は肺がんの危険性より大きい
・ニコチンは血管を収縮させる
たばこの煙のなかに含まれるニコチンは、毒性の強い物質であるばかりでなく、血管を収縮させる作用があります。また、一酸化炭素は血液中の酸素の運搬能力を低下させ、体内を酸欠状態にしてしまいます。
そのため、心臓にもともと病気のある人は、喫煙により心筋梗塞や狭心症の発作がおこりやすくなります。
では、受動喫煙によっては、これらの問題は生じないのでしょうか。
・受動喫煙も喫煙中と同じ反応を示す
さまざまな実験によると、受動喫煙によっても心拍数の増加、血圧の上昇など、喫煙時と同じような急性反応や慢性影響が見られることがわかっています。
たとえば、米国で行われた約700人の中高年非喫煙既婚女性の追跡調査によると、夫が喫煙しているか、かつて喫煙していた場合には、狭心症や心筋梗塞などによる死亡率は、非喫煙の場合の14.9倍になるという報告もあります。
このように、家庭内受動喫煙と心筋梗塞や狭心症など心臓の病気との関連はきわめて強く、受動喫煙による肺がんの危険性よりも高いとさえいわれています。
受動喫煙の子どもたちへの影響
1 乳幼児への影響
人生最初の受動喫煙の被害者は赤ちゃんです。生後3週間から1歳までの乳幼児でも、すでに53~77%にコチニン(環境たばこ煙吸入の指標)が検出されています。
成長して外出する機会が増えれば家庭以外でたばこの煙にさらされる可能性はさらに大きくなりますが、生後まもなくのころは、母親の喫煙の影響がいちばんです。
とくに母乳栄養児には顕著にその結果が現れますので、母親はたばこを吸わないようにすることが大切です。
また、受動喫煙とは別ですが、乳児の誤飲事故の約半数はたばこが原因といわれていますので、それを防ぐためにも、たばこを吸わないようにしたいものです。
2 子どもたちの呼吸機能への影響
・母親が喫煙すると肺炎・気管支炎で入院する子どもが多い
家庭内での喫煙は、大切な子どもたちの健康に大きな影響を及ぼします。なかでも、呼吸機能の低下、せきやぜんそくなどの症状との関係が深く、受動喫煙はこれらの症状を引き起こすきっかけになるという報告が数多く出されています。
とくに、母親の喫煙は、接する時間の長い乳幼児に大きな影響を及ぼします。たとえばエルサレムで約1万例の生後1年目の赤ちゃんの入院状況を調べたデータによると、母親が喫煙者の場合、非喫煙者の母親に比較して、肺炎や気管支炎で入院する赤ちゃんが多いことが観察されています。
また日本でも、3歳児の喘鳴(ゼーゼーすること)と1週間以上のせきをする子どもの率は、喫煙者のいる家庭で高く、とくに母親の喫煙との関係が顕著に現れています。
このほか、軽い運動時に息切れがする率や、呼吸器の病気で学校を休まなければならない日数との関係などについても、両親の喫煙との関係が多数報告されています。
このように、両親とくに母親の喫煙は、子どもの呼吸機能に多くの影響を及ぼしていますから、女性はとくに気をつけることが必要です。
3 子どもの発育に影響する受動喫煙
・子どもの身長に差がでる
成長期にたばこを吸うと、身長の伸びが止まるという話を耳にされたことがあると思います。
実は受動喫煙によっても、子どもの発育に悪影響を及ぼすいう報告があるのです。英国のイングランドで行われた調査では、家庭内で喫煙している人の数が多ければ多いほど、6~7歳児の身長が低いという報告が出されています。
・とくに影響が大きい母親の喫煙
また米国でも、両親の喫煙と6~11歳児の身長との関係が調査されており、子どもの発育にはとくに母親の喫煙歴が深く関係していることが明らかにされています。
このデータによると、母親の1日の喫煙量が1~9本は0.45cm、10本以上の場合は0.65cm、子どもの身長が低くなっています。この米国の調査では父親の喫煙との関係は認められず、父親の喫煙が子どもの身長的発育に及ぼす影響は6~11歳まで続くことはないのではないかと考えられています。