福田の雑記帖

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本 村山由佳著 「フェルマータ・イ ン・ブルー」 集英社2000年(2) チェロについて

2020年01月17日 17時55分35秒 | 書評
 老チェリストが日常弾く楽器は「ロジェリ」の作。ロジェリはイタリアのクレモナで1690年頃良質なヴァイオリン、チェロを数多く製作し、今でも名器の一つとして評価が高い。

 老チェリストは「ロジェリ」でイルカたちにチェロを弾いて聞かせていた。その時、主人公は聴いた印象を次のように記している。
 「ものすごい音量だった。今だに誰も到達したことのない海の底へ瞬時に連れて行かれたような思いがして、うなじの産毛が全部逆立った・・・」。
 
 主人公が弾く「フェルマータ・イ ン・ブルー」の美しい旋律が夜明けの海に響いたとき、同じように海のかなたから野生のイルカ達が現れて主人公との交流が始まる。

 さらに楽器の話が続く(一部略)。
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 老チェリストは現役引退後、自分の愛器を友人に貸してあったが、その友人が死去し楽器が戻ってきた。チェリストは口では貸すといっていたが、届けられたそのケースには所有者として主人公の名が刻まれた金属のプレートが固く貼り付けられていた。
 ケースの中には名器「ガダニーニ」が横たわっていた。体が震えた。「信じられない」、だってこれ「ガダニーニ!!!!!・・・」。

 月の光が200年以上も前にこの世に生まれた楽器を照らし出した。傷ひとつない、中央できゆつとくびれた胴体が金褐色に光っている。指で触れてみる。しつとりとしたニスの感触が指の腹に吸いつくようだ。
 わたしはケースから「ガダニーニ」を取り出した。まだ信じられない。それなのにもうこんなにいとおしい。 
 弓を取り、椅子にかけて後ろから抱え込む。不思議なほどすううと気持ちが落ち着いていく。G線からはじめの音が鳴り響いたとたん、まわりの部屋の壁が消えた。
 「ガダニーニ」はわたしにぴたりと寄り添い、わたしの意図を的確にくみとって応えようとしてくれた。とても初めてパートナーを組んだとは思えないほどだった。
 
 ただチェロを弾いているのではなくて、このチェロを弾いているのだから、どうにかしてその個性を最大限に活かす弾き方を見つけたいと躍起になる。 
 わたしが音を出しているわけではない。音ははじめからそこにあつて、わたしは息をひそめてそれをつかまえてくるだけ。自分が出している音に自分で心をかきむしられて震える。 
 わたしは、その頂点を操るかのようにフェルマータを操った。頭の中でこれくらいでいいかどうかなどとは一度も考えなかった。欲求のおもむくままに伸ばし、何事にも縛られずに、弾けば弾くほどその旋律は天に向かつて屹立するはしごのように立ちあがつていき、曲全体が青い透明感に包まれていく。

 3度目に主題が現れたところでわたしは無理やり弾くのをやめた。今やめておかないと二度とやめられずに弾き睨けてしまうような気がして怖かった(後略)。
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 楽器を楽しむものしか味わい得ない、見事な表現である。少なくともわたしはそう感じ、感嘆した。
 レベルは違うが、わたしも似たような経験が2度ある。より上位の楽器を入手したとき、同じような体験したが、わたしが表現するより村山氏の表現がはるかに的確だったので、長々と引用させていただいた。
 
 1980年頃、わたしはチェロを更新した。
 イタリアのクレモナにある工房の作で、底面のレッテルには「Benedikt Lung」とあった。新しい楽器で、形よく、音色もシャープ、私は充分気にいった。弓、ケース込みで60万円以上と、ど素人の私が持つには贅沢な楽器であった。しかし、短期間に寿命を迎えた。今は音の出ない状態で我が家の壁に飾られている。人生100年時代(19) 終活2019(2) チェロ解体 タンノイGRF memory旅たつ

 1983年頃、機会あってヴァイオリンを更新した。弦の魅カ一愛好家のたわごと
 Odoardi作とあった。この製作者は1746一1786年の生涯とある。 もし、この楽器が本物だとすると、少なくとも200年前に作られた楽器ということになり、評価から見ても悪くない楽器と言えるようである。実際によく鳴る楽器で気に入っている。残念ながら、わたしに問題があって最近はケースから出される機会はほとんどない。

  
コメント
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