「 ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。」
伝道者の書 4章 9節
伝道者の書 4章 9節
天地創造の後、神である主がエデンの園に置かれた人はひとりでした。
その人はすべての生き物に名前をつける(=それは生き物を支配することを意味します)という立場にいましたが、
人には「ふさわしい助け手が見つからなかった」とあります(創世記2:20)。
そこで神である主は「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」と言って、
深い眠りをその人に下し、彼が眠っている間に、彼のあばら骨の一つを取ってひとりの女に造り上げ、
その女を人のところに連れて来られました(2:21~23)。「ふさわしい助け手」の存在によって、人は人となるのです。
「ふさわしい助け手」を与えられた人がその「助け手」とともに労することに良い報いがあるというのです。
「労すること」とは、「結び合って一体となるための労苦」を意味します。それは愛し合うことを通して「家」を建て上げることです。
ここに結婚の奥義があります。この結婚の奥義は、神のご計画と密接なつながりをもっているのです。
「人がひとりでいるのは良くない」とする神のみこころが、神のご計画の目的と密接に関係しているからです。
この聖句の中の二人というのは、夫婦であってもいいでしょう。あるいは親しい友人で会ってもいいでしょう。
その二人が力を合わせて一つの仕事に当たると、一人でするよりも行き届いてよくすることができ、
しかも、その報いを二人で喜び、楽しむことができるのです。
そして、今日のみ言葉をあなたとイエスに置き換えて考えてみてはどうでしょうか。
イエスがあなたと共におられるなら、苦労も苦労でなくなることでしょう。その報いは大きいからです。
イエスがあなたと共におられるなら、もし孤独死ということになって、周囲から見ればかわいそうと思われても、
あなたもね私も平安の内にこの地上の生活を終えることができるに違いありません。
イエスが共におられるなら、こんやもイエスに抱かれて、素敵な夢を見て眠れると思えば一人でも暖かいのです。