「 悪者は高慢を顔に表わして、神を尋ね求めない。その思いは「神はいない。」の一言に尽きる。」
「 神に逆らう者は高慢で神を求めず/何事も神を無視してたくらむ。 」
どちらも詩編 10編 4節です。
傲慢な人の哲学
神の存在は否定しないが、神は人の裁き主ではない、また、人間のことには関知しないという信念を持っている。
さて、「憎まれっ子世にはばかる」と言うことばがありますが、ここではそんな悪者の姿を鋭く分析しています。
その根本的姿は、「神を侮る」ところにあると言っています。またその思いは、「神はいない」の一言に尽きるとあります。
聖書にはこう書いています。
「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、
はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。 というのは、彼らは、神を知っていながら、
その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。」
ロマ 1:20 ~21
ですから、「神はいない」というのは、神の顔をを求めない。神を侮っていることなのです。
神を侮ると言うことは必ず、自分の中の美しい、正しい、清い部分を侮ると言うことに通じます。また、人の気持ち、
都合、人格を認めないことにも通じます。悪いことをするから悪者になるのではないのです。
神を侮ることが、人類の諸悪のもと、人を悪者にする根本なのです。
聖書から
「なぜ、逆らう者は神を侮り/罰などはない、と心に思うのでしょう。」 詩編 10:13
「 愚か者は心の中で、「神はいない。」と言っている。・・・・・・ 。善を行なう者はいない。」 詩編 14:1
「 神に逆らう者に罪が語りかけるのが/わたしの心の奥に聞こえる。彼の前に、神への恐れはない。」 詩編 36:2