マラナ・タ  …  私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   

ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。

主は立っておられる

2022年09月16日 | 日記

 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」

            ヨハネ 14章 1節

画家が向かっている大きな絵は、石造りの入り口が描かれていました。

道の片側には優しい繊細な花が描かれてあります。反対側には棘のある木の茂みがありました。

扉の前に一人の男が立っています。長く白いロープを着て右手は扉をたたく高さにあります。

花は人生の喜びと美しさを現し、棘は苦しみを示します。扉は人間の心を象徴し、扉を叩く人はキリストです。

しかし、ドアを開ける取っ手が描かれていない  !  

画家は答えました。

「取っ手はいらない。キリストがノックすると内側から開けられるはずだ。キリストは招き入れられる」 

 

人は誰でも自分の心の支配者です。心を開こうと開くまいと自由です。神は私たちの自由を尊重される、

無理に私たちの心の中に押し入ろうとはされません。招かれたところだけにお入りになります。

扉は内側から開かれるべきなのです。

 

現代はこれから先、全く何が起こるか分からない状況の中にあって、

心を騒がせるということは、私たちにとても身近な問題ではないでしょうか

 

黙 3:20
「 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、

わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」

 

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