マラナ・タ  …  私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   

ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。

確信

2017年03月10日 | キリスト教


 目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。 」

                                   詩編 121篇 1~2節

 

「 私は山々を仰ぐ 」 とあります。山々とは、原語で゛は複数形です。このパレスチナは全体として山岳地帯です。

旅に出た人々は、どこででも「山々」を見上げることができました。( ここではシオンの山々でしょうか。これは今の私たちには、

いつでも、どこででも主なる神に向かって祈ることができると言う祝福でもあります。) 

そして、旅人は、山々そのものを見上げることによって、天地を創られた主から助けが来ることを確信することができました。

「山々」はあくまでも神が造られたものです。

そして 「 仰ぐ 」 は祈りの姿勢です。シオンの丘には神殿が立っており、そこには神の臨在を象徴する契約の箱が安置されていました。

旅人は、そのシオンの山々に向かって目を上げ、信仰の祈りを捧げました。彼は神に問いかけました。「私の助けは、どこから来るのか」

と。この旅人は自問自答の信仰告白として、「わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから」 と。

人や、富や、地位などに頼ると、必ず失望します。しかし、天地を創られた主に頼るなら、決して失望させられることはありません。

神は、私たちの肉体的、精神的必要をすべてご存じで、それを満たすことができるお方なのです。これを信じますか。

 

詩編 95:4  深い地の底も御手の内にあり/山々の頂も主のもの。

詩編 134:3  天地を造られた主が/シオンからあなたを祝福してくださるように。

詩編 124:8  私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。

 

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