南斗屋のブログ

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「阿部定伝説」における予審調書

2021年03月22日 | 歴史を振り返る
大学時代に刑事訴訟法を勉強した時に教科書からの勉強ではなかなか実際にどのように刑事訴訟というものが行われているかということがわかりませんでした。

実際に法廷で行われている刑事訴訟を見て初めて、このように実際の刑事訴訟は行われているのだと実感しました。

今の刑事訴訟法が施行されたのは太平洋戦争後のことなのですが、では太平洋戦争前はどのような刑事訴訟が行われていたのだろうということは気になり、昔の刑事訴訟法を勉強してみることにしました。

ただやはり昔の刑事訴訟法のことを書いている教科書を読んでも、なんとなくわかったようなわからないようなそんなような気になりました。

昔の刑事訴訟法のことですから、法廷を見るわけにはいきませんが、法廷などで行われていた実際の記録を見れば、少しはイメージがつくかなという風に思い、図書館の蔵書検索をしていました。

真っ先に引っかかったのが、ちくま文庫「阿部定伝説」という本で1998年に発行されています。

本のタイトルは非常に軽いのですが 、この中に阿部定の「予審調書」(全文)というものが収められています。
「予審調書」(全文)とはいえ、内容からすると被告人本人の尋問調書です(当時は「訊問」ですが)。

この調書によると、尋問が行われたのは全部で8回 にわたっており、文庫本で70頁弱という結構な分量です。

予審判事が質問をしそれに対して被告人が答えるこういうスタイルで 尋問調書が作られています。

現代の刑事訴訟法と比べて最も特徴的なのは、予審判事(阿部定事件は正田光晴判事が担当していたようです)が質問をし、それに対して被告人が答えるというスタイルになっていることです。 現代では、弁護人の質問、それから検察官の質問、最後に裁判官の質問、このような順番で被告人質問が行われるのですが、阿部定の訊問調書には、 検察官の質問も弁護人の質問も ありません 。あるのは予審判事の質問のみ。これからすると、訊問をできるのは予審判事だけだったのかもしれません。

さてこの「阿部定伝説」、法律の本ではありません。阿部定の行為、供述の文学的な側面を編者は大変評価しておりまして、そのようなものを理解してほしいがために巻頭に予審調書を収めています。この本の解説を瀬戸内寂聴さんがしておりまして、その解説が阿部定供述の文学的側面の核心をついています。

「 男を殺す描写も微にいり細にわたり説明しており、殺害後の自分の行動も映画を見るような鮮明さで 、順序正しく供述している。 こんな殺害場面をかくも客観的に正確に書ける作家が何人いるだろうか 。しかも行為だけでなく綿密な心理描写が伴うのである。」

私には、残念ながら、その文学的価値はよく分からないのですが、かつて予審というものがあり、このような審理をされていたのだということがわかる貴重な資料ではないかと思いました。


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