今日で満23年。老後のイメージが見えた
2月1日。金曜日。起床は正午。日が差している。ポーチの温度計は8度。おお、春の気配かな。今日からもう2月。ほんとに年を重ねるごとに時間の足が速くなるような感じで、だんだん追いつくのが大変になって来た。
早いもので、今日2月1日はワタシのおひとり様ビジネスの創業満23周年。学歴も、これと言った専門知識もなくて、あるのは聞かん気とのん気だけ。それで年金が入って来るこの年までよく続いたもんだと、我ながら感心する。極楽とんぼよ、微風にも負けず、台風にも負けず、乱気流にも負けずに、墜落せずにここまで飛んで来たキミはエライと思うよ(自分で言うのもなんだけど、ま、今日だけはいいか)。実は、勤めを辞める直前から仕事が入っていて、2日前に風邪を引いたと言って残っていた「病休」を取った。後任がいたからできたことだけど、創業からもうすでに納期に追われていたわけか・・・。
あれから23年経って、ワタシのオフィスの隅っこにこじんまりと落ち着いた作業スペース。英語も日本語もコンピュータ1台で済むようになったのは技術の進歩のおかげ。今はオフィスの半分が趣味のスペースになっている。[写真]
それにしても、このオフィスチェア[写真]。1991年に腰痛に悩まされるようになって、思い切って買ったスウェーデン製の人間工学設計の椅子。高かったけど最良の設備投資だったなあ。あれから22年間、座業のワタシを支えてくれて、ありがとう。
今日はパルミーダと会う予定で、Arts Club劇団のオフィスがあるグランヴィルアイランドまで。1時間もかからないだろうということで、カレシは終わるまでぶらぶらしているつもりだったけど、「携帯がない」。あ、玄関の靴箱の上にあったけど。「それを持って来るのを忘れた。終わってからどこで落ち合うか連絡できないじゃないか」。うん、できないよねえ・・・。「いいよ、オレは家に帰る。終わったら電話しろよ」。自分で忘れたのにぷんぷんして走り去ったカレシ。携帯を忘れて良かったね。だって、1時間もかからないはずだったのが、芝居に関する話であれやこれやと意気投合して、しまいには女同士のおしゃべりに花が咲いて、延々と2時間・・・。
年金受給を契機にこれからだんだんに業務を縮小して行くにあたって、カレシがボランティア英語先生に「打ち込める」ことを発見したように、あれこれとやりたいことが多すぎるワタシも「これが一番」と打ち込めるものを見つけたいと思っていたけど、パルミーダと話しているうちにそれが見つかった気がする。エレクトロ二クスに依存するエンターテインメントに押されて苦戦している生の演劇を支援して行きたい。ワタシは劇作家にはなれそうにないし、役者にもなれないけど、Arts Clubには劇作家を育成するプログラムがあるし、劇団を存続させて行くための基本財産も構築中。その活動の端っこの端っこでワタシにできることをしたい。お金の余裕のある限り寄付をしよう。完全に引退したらボランティアも引き受けよう。遺言状でも、ワタシが後に逝くことになったら、どれだけ残っているかはわからないけど残ったものをすべて劇団に寄贈しよう。
考えているうちに、心がワクワクして来た。ワタシは人間が好き。だから、ワタシは生の舞台が好き。遠い古代ギリシャの時代から(きっと世界のどの民族もそれぞれに何千年も昔から)続いて来た「演劇」という、生身の人間が生身の人間の前でリアルタイムに演じる一種の「語り部」と言える伝統芸術の火を絶やしてはならないと思う。ああ、今から興奮しちゃっているけど、何かとっても刺激的な新しい世界が開けそうな予感がしてならない。23年もの長い間ひとりで籠っていた「在宅自営業」の穴ぐらから出たら、いろんな人との出会いがあるかもしれない。新しい交流の輪が広がるかもしれない。ワタシの人生の第3楽章はアレグロだな。まあ、オープニングはそろりとアレグレットぐらいで・・・。
カワイイが売りのアイドルも坊主頭になったら・・・
2月2日。土曜日。目が覚めたら首がごりごりに凝っていた。どうしてだろう。今日はグラウンドホッグデイ。毎年この日に冬眠していた穴から出て来たマーモット(リス科の動物だけどずんぐりむっくりしていて、あんまりリスらしくない)の一種が、自分の影を見たらまだ6週間の冬、影を見えなかったらもうすぐ春、と占ってくれる。まあ、北米版の「啓蟄」みたいなものか。各地にいるグラウンドホッグの予報が一致することはめったにないんだけど、今年はアメリカ代表のフィル君とカナダ代表のウィリー君の2頭が「もうすぐ春だ~」と一致したのに、ノバスコシアとケベックでは「まだ冬の真っ盛りじゃん(何で起こすんだよっ)」。(ま、カナダとアメリカの経済予測でないのが幸い・・・。)日本でも「立春」で、春めいてもいいみたい。
さて、今日は仕事をするか、しないか。急がずに3日分くらいの仕事で、納期まで6日。どう見たって急ぐことはないなあ・・・ということで今日はさぼり。のんびりとサイバー横丁の散歩。「お泊りデート」とやらをすっぱ抜かれて丸坊主になったアイドルちゃんの映像をタレント事務所が削除したとか。あれ、世界中にヒットしちゃったもので、事務所も処置に困ったのかな。BBCのサイトにも載ったし、Guardianにも載ったし、タブロイドにも載ったし、フランスでもアメリカでもカナダでも映像と一緒に報道されていた。坊主になる前の写真は13、4歳の中学生(たぶん北米人の目には10歳くらい)に見えるけど、坊主頭になってみたら、なんだハタチの大人のごく人並みの顔じゃないの。すごい落差だ・・・。
この一件でも、おもしろかったのは各サイトに載っていた読者のコメントで、「長い髪は日本女性にとっては命なんだよ」と(たぶん青い目をウルウルさせて)書き込んでいる人がいたり、「日本はタリバーンの国かよ」とか「プライベートまで拘束するのは奴隷扱いと同じ」とか憤慨する人がいたり、「20歳の大人が人間らしいことをしただけなのに、坊主になって泣いて許しを請わなければならないとは、pathetic(救いようのない)社会だ」と嘆く人がいたり。まあ、日本在住で日ごろから日本の内情?を見聞きしている外国人たちのコメントによると、このAKB何とかと言うアイドルグループは、タレントというよりは、幼げな子とのバーチャルな恋に萌えるオタクたちや、ストレスを溜めているエロい中年のオジサンさんたちに売るために「カワイイ女の子」としてパッケージされた「商品」らしい。つまり、生の男とお泊りデートなんかされたら「処女っぽい」イメージが台無しになるということで、イギリスの某新聞が報じたように「品行方正」が求められているわけじゃないってことか。
だから、お役所のおじさんたちはいつまで経っても児童ポルノの所持を禁止したがらないのかな。「実際に子供がやっているんじゃないから法律には触れない」と。まあ、映像は小学生か中学生みたいでも、実はハタチを過ぎた「おとな」が子供を演じているわけで、その通りといえばその通りか。デジタル新聞だと、そういう記事の横に「52歳。すごいと、妻が・・・」という思わせぶりなサプリか何かの広告が勝手に出て来て、にっこり笑っているその「妻」はどう見ても20代だし、同じ企業の「パパ、いいニオイ♪」と上目遣いに見ている広告には「26歳、会社員」と書いてあるけど、モデルはどう見ても高校生。広告を作る方は商品の対象顧客にはそういう「若い子にもてる」イメージが一番だと思うから、そういう年令のモデルを使って、「これを飲むと若いヨメさんをゲットできるかも/女子高生との援助交際も夢じゃないかも」といった思わせぶりなコピーを考えるんだろうな。
ほんと、広告ほどそのときの世相を鮮明に反映するものはない(そうでないと商品が売れない)か。でもまあ、日本のオジサンたちの「カワイイ萌え」もここまで来ると、中身のない記事を見るよりも、広告を見て「おいおい」と突っ込みを入れる方が楽しくなってしまいそう。ワタシもひねくれて来たのかな・・・。
明日から1セント硬貨が使えなくなる
2月3日。日曜日。正午ぎりぎりにのんびりと起きて、のんびりと朝食で、1日の始まり。外は小雨。天気予報は週末までほぼ連日の雨。でも、最高気温はほぼ平年並みだし、最低気温はちょっと高めで、日の出の時刻はだんたん午前7時半に近づいて来たし、春の気配が濃厚と言ったところ。もうずっと昔になったけど、冬至の前後には通勤する2人の車がダウンタウンに旧キャンビー橋を渡っているときに、朝日が昇って来た。夜通し晴れた朝は冷え込んで、朝焼けも昇ってきた太陽も寒色系の色合いだったな。
今日はアメリカンフットボールのスーパーボウルの日。今年はニューオーリンズ。ハリケーンカトリーナのときに避難場になったスタジアム。セインツの拠点だけど、決勝チームはサンフランシスコのフォーティナイナーズとボルティモアのレイヴンズ。(北米のプロスポーツについて報じるのに、日本のメディアはチーム名で呼ぶのに対して、北米では都市名を使うことの方が多いのはおもしろい対照。)今回は両チームの監督が実の兄弟同士ということで話題になっていた。はて、観戦に来るという家族はどっちを応援したらいいのやら。スーパーボウルに関してよく話題になるのが「チキンウィングの品不足」。ずっと前はポテトチップやポップコーンとビールが主流だったけど、最近は(たぶんコマーシャルの影響で)仲間同士が集まって鶏の手羽先をかじり、ビールをがぶ飲みしながらテレビで試合を見るのが定番になっているらくて、去年やおととしはその手羽先が全国的に品不足になったという話。でも、今年はやや値上がりしたものの、品不足は起きなかったらしい。とすると、月曜日には甘辛ソースたっぷりの脂っこい手羽先を食べ過ぎた人たちが薬局に押しかけて胃腸薬が品不足になるのか・・・?
カナダでは明日の月曜日から1セント銅貨が使えなくなる。1セントという単位がなくなるわけではなくて、あくまでも店頭での現金取引の場合の話。なにしろ世界的な銅の値上がりで、1セント玉1個を作るのに1.6セントかかるんだそうな。つまり、100万個(1万ドル分)作るのに160万ドル!去年の春にすでに製造を中止して、年末商戦の混乱を避けるために2月4日から硬貨の使用は廃止ということになった。つまり、合計が1ドル2セントであれば切り捨てて1ドルに、1ドル3セントなら切り上げ、1ドル7セントなら切り下げてそれぞれが1ドル5セントに、1ドル8セントなら切り上げて1ドル10セントになるわけで、たとえば1ドル2セントの買い物なら1ドル硬貨1個で済んで得だけど、1ドル3セントだと5セント玉を出しておつりが来ないから損。長い目で見れば収支トントンになるらしいけど、人間の心理はおもしろいもので、「損」の方にだけ注目して「釣りを寄こさないのはぼったくりだ」と怒る人がいる。今まで道に落ちていても誰にも拾ってもらえなかったペニーなのにね[写真]。
オーストラリアもニュージーランドも20年以上前に1セント硬貨を廃止していて、2009年の今ごろオーストラリアに行ったときには最初の1、2回だけ何となく違和感があったけど、小銭がごちゃごちゃたまらなくて楽だった。帰りに寄ったシンガポールでも1セント玉がなかったけど、そのときには「へえ、ここもか」と思っただけだった。ニュージーランドでは5セント硬貨も廃止してしまったとか。(カナダでも「次は5セント玉の番だ!」と意気込んでいる議員さんがいる。)ヨーロッパではオランダとフィンランドで1ユーロセント硬貨の使用を止めたそうだし、アメリカでも廃止の議論があって、世界的に通貨の最小単位は帳簿上の数字だけになりつつある。そこかしこに放置されている1セント玉を集めて、50個ずつのロールに包んで銀行に持って行けば「使えるお金」に換えてもらえるという話だけど、ロールが10個(5ドル)にもなったら、重たくて運ぶのが大変だろうなあ。
日本のあのアルミの1円玉。ふわふわと軽すぎて実に扱いにくかったけど、もしもあの1円玉の発行をやめて、102円なら100円玉1個、103円なら100円玉と5円玉でおつりなしという、切り下げ/切り上げ方式に変えることにしたら、はたしてどういう反応が起きるのかな。ま、日本の人は暗算が速いから、すぐに慣れるだろうとは思うけど・・・。
なつかしいね、昭和の雪まつり
2月4日。月曜日。起床は午後12時50分。飲みながらああだ、こうだと取りとめのない話をしているうちに、就寝は午前5時。これが夏だったら空が白むどころか、日が昇ってくる頃だけど、カレンダーを見たら「夏時間」が始まるのは3月10日。。公式の「春」は春分の日に始まって、「秋」は秋分の日に始まるから、時計の上の「夏」は春より先に来て、秋よりも先まで続くわけで、毎年のことながら何だかなあ。いっそのこと4ヵ月しかない「標準時間」を廃止して、1年中「夏時間」にしたら気分的にも爽快で良さそうに思うけどなあ・・・。
今日は何としても仕事日にしなければと、先月から懸案で、ちょびっとかじってはぐずぐずと放置して来た仕事にかかる。続きのファイルがもう来ているから待ったなしの状態。何でも屋の翻訳稼業は世の中の実にいろんなことに遭遇できて、そのたびに何かしら新しいことを学べるところがいい。姪のローラが勤め先のコンサルタント会社で日本語を話せる人材を探しているけど心当たりはないかと言って来ていたので、相当な専門職だからとその方面の同業に声をかけていたら、ベテランがいろいろとアドバイスをくれ、ローラとも話をしてくれた。フリーランスはおひとり様ビジネスではあるけど、知らないうちにいろんな人たちとのネットワークができるものらしい。極楽とんぼのワタシなんか日本とアメリカの2つの協会の会議に行ってはもっぱらパーティで騒いでいるけど、それでも「長いつき合い」の人たちができたし、一生の親友もできた。「運命の赤い糸」というのは男と女の関係だけじゃなくて、生涯の友だちにもあてはまるのかもしれない。人間の関係って、ほんとに不思議・・・。
ともかく仕事を始めたんだけど、新聞サイトをちらちらとのぞいていて、毎日新聞の「昭和毎日」という昭和時代前半の大きなニュースの写真を集めたようなサイトに行き当たったのが運の尽き。終戦直後の昭和20年から高度経済成長期が東京オリンピックで頂点に達した昭和39年まではワタシが釧路で生まれ育った時代。とうとう仕事を放り出してのめり込んでしまった。『古き良き昭和の時代へタイムとラベル』という謳い文句だけど、ほんとに「良き時代」だったんだろうか。大きな自然災害が多かったし、悲惨な公害病が多発したし、政治家の汚職なんか今どきの疑惑がみみっちく見えるくらいだし、東京のスモッグの写真は今の北京とそっくり。でもまあ、バブル崩壊後の何となく鬱々として見える世相と比べたら、良き時代に見えるのかもしれないな。テレビやトランジスタラジオがワタシが覚えているより何年も前に登場していたのは、あの頃は新しいものが北海道の最果てまで届くのに何年もかかったということだろうか。
仕事をしなきゃと思い直して、その前にニュースを読んで、と別の新聞サイトを見たら、お、札幌雪まつり開幕。なつかしいな。毎朝バスを降りて、自衛隊が「訓練」の名目で大雪像を作っているのを見ながら大通公園を突っ切ってすすきのの入り口のオフィスまで通勤していたもので、特に「雪まつり見物」をしたことはなかったけど、昼休みにみんなで(といっても総勢3人だけ)ぶらぶらと散歩はしたな。歩いている観光客がへっぴり腰なのがちょっと不思議だったけど、冬になると靴屋に並んだ「スノー底」のハイヒールはどうやら北海道だけのものだったらしいとわかるのに時間がかかった。夏のと同じデザインのものを履いていたこともあるから、焼き鏝のようなもので普通の靴の底に滑り止めの模様を焼きつけたんだろうな。それを履いて着ぶくれした観光客を尻目にすたすたと歩いていた若き道産子のワタシ・・・。
あれは何年のことだったか、開幕当日の昼休みには抜けるような青空だったのに、あっという間に雲ってすごい勢いで雪が降り出し、夕方の帰宅時間には4、50センチくらい積もって、バスが止まってしまったことがあった。石狩湾にぽこっと小低気圧ができると突発的に起きるドカ雪現象で、夜に予定されていた開会式は中止。黙って見ていると、目の前にどんどん雪が積み上がるのがわかるくらいの降りようだった。(雨なら「雨脚が強い」というけど、雪なら何というのかな?)帰りの足がないから、しかたなく雪の夜道を2時間以上かけて歩いて帰ったけど、ああいうドカ雪のときは「歩く」とは言わないで「漕ぐ」という。ブーツを履いていたのか、スノー底のハイヒールだったのかは覚えていないな。大雪の中では方向感覚が狂うことがあるから、何とか無事に家に帰りつくことしか頭になかったのかもしれない。
古いアルバムを探したら、1975年の雪まつりのときに同僚に撮ってもらった写真があった。何だかずいぶん軽装だけど、あの年は寒くなかったのかな。(雪像が解けて泣き出すような暖冬の年もあったし、雪がなくて自衛隊が山からトラックで雪を運んで来た年もあった。雪まつりはお天気まかせ。)ああ、あの頃はやたらと長いマフラーが流行っていたんだっけ。自分で編んだ(と思う)このマフラーはまだ持っている。思い起こせば、この雪まつりから3ヵ月後の5月、ワタシは日本を離れたのだった。昭和50年。38年前、最後に見た雪まつり・・・と、ちょっと遠い目。[写真] [写真]
さて、ほんとに気合を入れて仕事にかからないと。
プロに「ただでやってよ」はないでしょ
2月5日。火曜日。またまた正午過ぎの起床。ここのところ、寝る前にちょっと一杯やりながらのつもりが、なぜか話し込むことが多いなあ。だいたいは他愛のない話で盛り上がる程度だけど、ときには(カレシがどうみてもわざわざ反対意見を持ち出して来て)議論に発展しそうな雰囲気になる。昔はよくやったなあ、カレシ。やり込めようという気もあっただろうけど、おかげさまで元々口達者なワタシは英語でのthe gift of the gab(口達者)にもますます磨きがかかったし、今はうまく取りとめのない方へと誘導する術も身につけたから、カレシには怪我の功名(でも、たぶん本人はそうは思ってないかも・・・)。
外は雨模様だけど、カレシは春の到来を控えての「農作業」。ワタシはかなりまじめに仕事。でも、何だ、これ。テーマがテーマだから、やたらと判例の引用があるのはわかるけど、その出典である判例集の名前は漢字だらけの略語。裁判所の名前や「平」とか「昭」と言うのはお馴染みだから良いとしても、民間の判例集らしいのが出てきたらお手上げ。そういう風に表記する決まりになっているのは知っているけど、いちいちググって省略されていない名前を探さなければならないから、えらいこっちゃ。ジョーホー時代の到来と喧しかった頃の日本出は、猫も杓子もこぞって世界にジョーホーハッシ~ン!と勇ましかったけど、実のところはどうだったのかなあ。外国がソースの日本語の情報は多いけど、日本からの英語の情報はあの頃の騒ぎのわりには足りなすぎるように思う。いったいどこへジョーホーをハッシンしたのやら・・・。
判例の検索にくたびれて、ちょっと息抜きに小町横町にでかけたら、『好きな人が翻訳を断ってきました』というイマイチよくわからないタイトルのトピックがあった。翻訳と聞いてさっそく野次馬気分で開いてみたら、会社で通訳翻訳をしていた「好きな人」が辞めて、SNSでつながりを保ちながらあれこれと仕事以外で翻訳を頼んでいたら翻訳会社を通してくれと言われ、だけど翻訳会社は高くて頼めないし、その好きな人とつながっていくて、仕事として「わずか」10ページほどの翻訳を仕事の幅も広がるし、勉強にもなるからと「ボランティア」でお願いしたら断ってきた。しかも、メールもしないと。びっくりして、その人を失いたくないから告白っぽいことを言ってみたけどなしのつぶて。「もっとわかりあえるにはどうしたらいいでしょうか?」ええ、ええ、ええ?
書き込みが殺到して、あっという間に200本を超えたけど、だいたいが「相手はビジネスなんだから、ただでやってもらおうとする方がおかしい」という意見だったので、労力の対価についてけっこう常識的な考えの人がまだたくさんいることにちょっとほっとした。だって、翻訳通訳を生業としている人に、好きだから、知り合いだから、SNSのオトモダチだからと、仕事の翻訳を「あなたのためになるんだから」ボランティアでやってと言うのは、いくらお金には敏い今どきの女性でもover the top(やりすぎ)だと思うけどな。さらに、1ページ2~3千円もらえると言われて、10ページやったら2~3万円なんて不自然だし、「本当なら知り合いにお金ちょうだい、と暗に言うのはマナー違反と伝えたいのですが」と言い出す始末。ま、婚活トピックにしても、友情や結婚の破綻トピックにしても、お金、お金の世相が見えるけど、ここまで来ると何だか創作じゃないかという感じもするな。小町にはそういうできすぎたトピックが登場して、あっという間にアクセス人気上位にランクされることがよくあるもの。
同時に、「タダ」をあたりまえに期待する人がいるのも事実。プロがちょっと知っている人から頼まれた仕事をして、それに対して対価を請求するのがマナー違反だというなら、誰が誰とどのようにつながっているかわからない今の世の中、フリーランス稼業で生活するなんてできない話。それでも、いるんだよなあ、そういう人。ワタシはよほどの事情がない限り友だちに頼まれても無料奉仕はしないし、完全に稼業から足を洗うまではでボランティアもしない方針で、どうやら「タダの仕事はしない」という評判が根付いているらしいからもう頼まれることもなさそうだけど、まだ百戦錬磨ではなかった頃には、「高すぎる」とか「たいして手間じゃないのに」とか、「無料奉仕を暗に要求する」人に何人か遭遇した。「立っている者は親でも使え」という人なんだろうけど、一番始末が悪かったのは「同胞のよしみ」を利用しようとする人・・・。
在宅の翻訳・通訳行と言っても、コンピュータやプリンタ、ファックス、辞書類に事務用品と、何百万円もの設備投資をして、額に汗して働いて、生活費を得るビジネスなんだけどなあ。ワタシも23年の間にどれだけの投資をしたことか。1千万円なんてもんじゃないと思う。本当なのか創作なのかはわからないけど、トピックを投稿した女性のあまりの破天荒な図々しさについ笑いながら、同時にたまたま傍らに開いてあった愛用の辞書の何とも悲惨な姿に、ちょっとシュンとなった・・・。[写真]
多重国籍容認の是非
2月6日。水曜日。やっぱり起床は正午を過ぎた。よく眠っているようで、あんまりよく眠っていないような。まあ、季節の変わり目みたいな感じもするから、ここは一年の計の通り、play it by earで行くことにしよっと。わりと暖かくて、雨がしょぼしょぼ。でも、今夜は荒れ模様になるとの予報・・・。
荒れ模様といえば、「大雪」の予報が出ていた東京、JRが混乱に備えて間引き運転をするやらの大騒ぎをした挙げ句、結局は降ったとは言えないくらいだったようで、気象台に苦情が殺到したとか。前回は雨の予報を出したら思いがけず「大雪」になって、大混乱に苦情が殺到したので今回は「大事をとった」ということだろうけど、きつい職業だな、ほんと。日本でクレーマーと呼ばれる人たちは何でもいいから無理難題を吹っかけて相手を叩きのめしたい人種なんだろうと思うから、相手が商売であろうが何であろうが、ちょっとでも弱いところを見つけたら天下を取った気分になるんだろうな。バンクーバー圏では地形的に微小気候とか局所気候の集まりで正確な天気予報が難しく、予報が当らないのがあたりまえみたいになっている。だから、予報が外れたことで苦情を言う人はあまりいないけど、何日も雨が続くと「いったいつになったら晴れるんだよっ!」と怒鳴り込む人はけっこういるらしいそうだから、人間てのはおもしろい。
アルジェリアでの人質事件に続いて、今度はブルガリア政府が去年の夏イスラエル人観光客のバスを爆破したのは「(二重国籍の)カナダ人」だったと発表したもので、ケニー移民大臣がテロ活動をした二重国籍者のカナダ市民権を剥奪する立法措置の必要性を打ち出した。ブルガリアのケースはレバノンとカナダの二重国籍で、両親と共に移民して国籍を取得した後、12歳頃に母親とレバノンに帰ったままだという話。たまたまインド系の連邦議会議員が「カナダ国籍を取得してカナダに対して戦争行為を行った人の市民権を剥奪する」法案を議員立法として提出しているそうで、この法案を拡大して市民権制度改正の政府案として出て来る可能性もあるかな。メディアのコメント欄は帰化カナダ人も含めて「安易に」重国籍を認めている現行制度の見直しに賛成する意見で溢れているのは、市民権を与えた国を踏みつけにする「便宜上のカナダ人」に対する嫌悪感が鬱積しているということだろうな。あたりまえだと思う。(母国カナダに害をなす人間に目をうるうるさせてへつらいたがる連中はもちろん声を張り上げて反対を唱えるだろうけど。)
かって香港の中国返還前にどっと移住して来た香港人の大勢がカナダ国籍取得を保険でもかけたように扱って香港に帰って行ったし、レバノン内戦では、多額の公費を使って「救出」した何千人もの重国籍の(多くはカナダの土を踏んだことすらない)レバノン人がカナダのあれこれを気に入らないと不満をぶちまけた挙げ句に内戦が収まるとそそくさと帰って行ってカナダ人の怒りを買った。(その後、海外居住者のカナダ国籍の継承が3代までに制限された。イギリスはもっと前からそうしている。)まあ、こういう人たちにとっては、市民権授与式でカナダへの忠誠を誓っても、それは「嘘も方便」。カナダのパスポートの方がレバノンやイランのパスポートより便利というだけのことで、カナダ国民としてカナダに忠誠を誓うなんて気持ちは元からこれっぽちもない。それに気づかない(または気づいていても口に出さない)カナダ人はお人よしが過ぎるけど、カナダの市民権にはそれだけの魅力(あるいはメリット)があるということか。それでも、いつまでもお人よしでいていいのか、カナダ。
遵法精神が自慢の日本人でさえ、カナダ国籍になった時点で日本国籍は自動的に喪失したのを知っていながら何とかして日本のパスポートを更新する方法はないかとよく掲示板で聞いている。残念ながら、出生地主義の国か異国籍の両親の間に生まれたのでない限り、原則として重国籍が認められない日本人が日本国籍を失わずに外国籍も手に入れるのはほぼ不可能。それでもなお、どうして誇りとする祖国日本の法律を犯してまで外国籍も持ちたがるのか理解に苦しむけど、カナダ国籍を手に入れてもカナダのすべてが気に入らないらしい人たちが大勢いるということは、単に「二重国籍」という日本ではレアもののタイトルが魅力だったのかなとも思う。だから日本の文化習慣思考で生活できないことへの欲求不満がよけいに募るんだろうな。でも、そういう日本人は自国日本の法律を犯しているだけだし、カナダ嫌いと言っても日本人同士の内輪だけで(仮想的有能感に基づく?)愛国日本人を競うだけでカナダ人と直接対峙しないし、日本に行けば行ったで「カナダの方がいいよ~」と宣伝してくれているだろうし、まあテロに身を投じることもなさそうで、つまるところカナダにとっては実害がないから、「便宜上のカナダ人」を排斥する運動が起こっても標的にされる心配はないだろうな。
去年の秋にケニー移民大臣は交際2年未満で子供のいないカップルには2年の「仮永住権」を与えることにして偽装結婚移民の締め出しに乗り出したから、カナダ国籍を取った後で定住せずに出身国へ帰って、たとえば5年とか10年以上戻って来ない場合はカナダ市民権を取り消すというような法律を作ろうとしているのかもしれない。(出国管理を導入して居住要件を満たさない「便宜上の永住者」を摘発しようという動きもある。)日本では帰化人ルイ・ラモスが「自分は日本人。戦争になったら日本のために戦う」と言って日本国民を感動させたらしいけど、カナダも「自分はカナダ人。戦争になったらカナダの戦う」と言う人に市民権を与えるべきで、そのためには、重国籍容認の見直しがまず第一歩だと思う。このあたりは日本の人も同感じゃないかと思う。だから日本は移民制度にも多重国籍容認にも消極的なんだろうし、と思うから、こういうところはカナダも日本を見習ったらどうなのかな。
旧正月、新年のごあいさつは
2月7日。木曜日。やっと落ち着いて眠りに就いたのに、午前11時30分、目覚まし。カレシがなぜかやたらと寝返りを打ってばかりいて、そのたびに肘鉄や膝蹴りで起こされていた。本人は「眠ってたんだから覚えているはずないだろう」。うん、眠れなかったと文句を言っていないところを見ると、あんがい本当に覚えていないのかも。
ゆうべは風が強くて、一度だけだったけど何かが屋根にぶつかったような音がした。でも、起きてみたらいい天気。別にニュースで何も行っていないから、嵐というほどでもなかったらしい。大荒れの予報が出ているのは東部の五大湖地方。テキサス州からイリノイへとアメリカを斜めに突っ切って来たNor’easter(北東へ進む低気圧)がミシガン州を超え、ヒューロン湖を渡って、明日にはエリー湖の南からオンタリオ湖の西に達するというシナリオで、おまけにアルバータから東進した低気圧が合流するんだそうで、その通り道にトロントがある。数年ぶりの吹雪になるという予報で、エアカナダは飛行機の予約変更を受け付け始めたとか。ニューヨーク市でも「備えは万全」に整えているという話だけど、一番の大雪になりそうなボストンでは市長が最初から「引き籠り」を勧告。暴風雨のような異常天候が凶暴化するのが気候変動の特徴だそうだけど、ロンドンやパリで大雪、東京でも大雪、トロントでも大雪(予報)、ニューヨークも狙われているというのは、はたして偶然なのか・・・。
アメリカ大陸の東の方が寒波になるとバンクーバーでは暖かいことが多い。ジェット気流が大陸の上で南北に蛇行するからなんで、大陸がシーソーのように東西に揺れているわけではないのに、そんなイメージがわいて来るのは、環太平洋地域で地震が多くて、太平洋プレートがふらふら揺れているイメージができているせいかな。まあ、この日曜日は中国正月の元旦だから、好天なのはいいな。バンクーバーでは昔から「中国正月」と呼んでいるけど、要は陰暦のお正月(太陽暦になっているところでは「旧正月」)。中国だけでなくアジアの他の国々でも今も旧暦の正月を祝うところがけっこうあるようで、ベトナムその他のアジア系からは「アジア正月」と呼ぶべきだという声もあるけど、中国系の人口の多さにはかなわないし、旧正月を祝う国々はどこも中国系の人口が多いようだし、英語でも「Chinese New Year」で定着してしている(ワタシのカレンダーにもそう書いてある)から、「中国正月」で変わらないだろうな。もっとも、ご本家?の中国では「春節」というのが一般的らしいけど。あ、だから日本でも「賀春」なのか・・・。
中国語のあいさつは「恭喜発財」。鉄道敷設工事のためにカナダに入って来た初期の中国移民は広東省からだったせいで、バンクーバーあたりでは「中国語」というと広東語だから、新年の挨拶も広東語で読んで「ゴンヘイファッチョイ」。どうやら「お互いにがんがん儲かりますように」みたいな意味らしい。何とも景気のいい挨拶だし、実際に広東語で言ってみると、つい「おお、やりまっせ~」という気になってしまいそうな勢いがあるな。日本でこれに似ているのは酉の市の商売繁盛の熊手かな。大阪だったらさしずめ「もうかりまっか~」というところだろうか。でも、中国語の挨拶を標準語では「コンシーファーツァイ」と言うんだそうで、何となくおっとりした「唐様で書く三代目」風の雰囲気になるからおもしろい。
さて、今夜はカレシの英語教室夜の部の「新年会」。いつものように「奥さんも」ということになったけど、クラスの半数以上を占めるベトナム人の生徒さんたちがお国料理を持ち寄ってくれるそうなので楽しみ。ベトナムも旧正月を祝う国のひとつで、昔のベトナム戦争時代によく聞いた「テト」というのは中国語の「節」のベトナム語読みらしい。新年の挨拶は、ちょっとググってみたら「チュクムンナムモイ」で、日本と同じ「新年おめでとう」という意味のあいさつだとわかった。チュクはひょっとして「祝」にあたるのかな。よ~し、忘れないように三回くらい唱えて、教室へ行ったらベトナム語であいさつをしてみようっと。
へたの横好き、ばんざい
2月9日。土曜日。目が覚めたらとっくに正午過ぎ。きのうもほぼ午後1時で、前の日のお出かけで疲れていたのかなと思ったけど、きのうはカレシ「休みモード」、ワタシ「仕事モード」で、くたびれるような日ではなかったのに。外は曇っていそうだし(出かけないから関係ないけど)、別にさしせまったことがあるわけでもないし・・・と、カレシの腕枕でしばらくうとうと。「腹へった~」というカレシにせっかくの「浅き夢」から起こされて、起床は午後1時の1分前。
カナダ東部とアメリカのニューイングランド地方の吹雪はすごいことになっていて、「Big Dig-out」という名前がついたらしい。「せ~の、よっこらしょ」という感じか。ニューヨークの積雪は30センチだったそうだけど、ボストンのあるマサチューセッツ州やその南のコネティカット州では1メートルも積もったところがあるとか。(ピーク時には1時間に15センチの割で積もったそうだから、どんどん積み上がるのが目に見える「どか雪」。これに強風となると、まさに視界が真っ白の「ホワイトアウト」で、へたをすると生死の分かれ目になりかねない。)65万戸が停電中で、人口2500万人を抱えるニューヨークからボストンの間の地域では道路はほぼ完全に通行不能、吹き溜まりで立ち往生した車の中にいる人たちを救出するのにスノーモービル部隊が出動したところもある。暖をとるためにエンジンをかけておくと排ガスで一酸化炭素中毒になりかねないし、かといってエンジンを切れば凍死してしまいかねない。判断が難しいところ。
マサチューセッツ州では知事が事前に一般人の車の運転を禁止する命令を出していたけど、違反者は罰金プラス1年の禁固刑という罰則つき。それだけ真剣なんだという姿勢だったんだろう。州知事の執行権限でそういう極端な命令を出せること自体すごいと思う。だから甘えるんだというならそうかもしれないし、たしかに一歩間違えば独断、独裁につながりかねない強権だけど、人間を信頼する勇気がなければ、そこに至らないという良識を前提として臨機応変に危機に対応できる権限を与えることはできない話だと思うな。まあ、知事の命令を無視して猛吹雪の中に車を出した人たちがどれだけいたかは知らないけど、「てめぇ、何サマだと思ってんだよっ」とヘンに肩肘を張って墓穴を掘る人たちはどこにでもあたりまえにいるもので、そういうのにかぎって「助けが来なかった」と愚痴るところも同じ。ま、他人の言うことに聞く耳持たずの「耳なし族」の一種ではあるけど、こういう勘違い人は亜種の「無脳型」か・・・。
グッチファーとかいうハッカーがブッシュ元大統領一家のメールに侵入して家族の私的なメールや写真を「てめぇ、何サマだおと思ってんだよ」族のものらしいサイトで公開していたけど、その中に「ダビヤ」こと息子ブッシュが描いた絵が何枚かあってけっこう話題になっている。シャワーを浴びている自画像とバスタブの中の足を描いた絵は、最初にニュースの画面で見たときにデイヴィッド・ホックニーの作風が浮かんで来た。うん、ホックニーでなければエドワード・ホッパーか。いわゆる美術評論家たちはさっそくああだこうだと自分の芸術的、政治的信条に基づいて批評しているけど、ド素人の絵をプロの観点からくそまじめに批評すること自体が滑稽に聞こえる。(でも、こういう人たちも耳なし族の一種のようなもんだから、しょうがないか。)ダビヤは最近になって趣味として絵を描き始めたらしいけど、「へたの横好き派」の絵としては、ワタシはすごくいい線を行ってると思うな。ワタシも「へたの横好き流」のドしろうと絵描きだからかもしれないけど、何か共感のようなものがある。政治家ブッシュとして言葉では表現することができなかった「感性」が私人ダビヤになって芽を出したということかな。
アメリカの数学者ガードナーが『Ambidextrous Universe』(日本語版は『自然界における右と左』らしい)で一次元の世界と二次元の世界の生き物を想像していておもしろかったけど、三次元の世界には縦横左右前後斜めを自在に見られる視界がある。さらには、人間には物理的な目には見えない「内面」という別の次元があって、(その気になればの話ではあるけど)自分の力でその奥行きを深めることができる。でも、他人がその奥行きの深さを測定できるのかと聞かれたら、答は否だと思う。内面の奥行きは知能でも学力でもないから、「深そうだ」とは感じられても、その深さを具体的、客観的に測るものさしはないと思う。本人にだってわからないだろうな。わからないけど奥に「何か」があるのは感じる。それを表現するのが言葉であり、絵の具であり、粘土であり、カメラであり、楽器であり、声であり、体であり・・・それをart(わざ)というんだと思うけど。
Artでも、優れた才能に恵まれた人がやれば「芸術」、そこそこにできる人が好きでやれば「趣味」。才能がなくても大好きな人がやれば「へたの横好き」。へたくそと言われても平気でいるのは耳なし族の「へたの横好き」。うまくなりたいという向上心も他人よりうまくならなければというストレスもなくて、楽しく自己完結している一番幸せな人かもしれない。世界のへたの横好き派アーティストに、乾杯!
ウェブ広告は必要悪とわかっちゃいるけど
2月10日。日曜日。中国正月巳年の元旦。いい天気。目が覚めたら、もう午後12時30分。前の日よりはちょっと早く寝たのに、何となく疲れた気分。もしかして、眠りすぎかな。夢を見ていたような気がするけど、思い出せないのはあんがいうれしい「初夢」だからだったりして。でも、うれしい初夢とはどんな夢かと聞かれると返事に困るな。もっとも、目が覚めて元旦だから、旧年最後の夢ということになるのかな。だけど、寝たのはもう日が変わってからだったし・・・まあ、ど~でもいいことだけど。
今日はまず夕べやり残した仕事のしあげ。寝る前に仕上げて校正者に送ってしまうつもりでがんばっていたのに、よく使っている辞書のポータルサイトで用語を調べている最中で急にインターネットにアクセスできなくなって、ひとしきり原因探し。何しろルータの「インターネット」のライトが消えてしまったので、ルータやネットワークをあれやこれや。最後にトラブルシューティングで診断にかけたら、「ノートンがブロックしているらしい」と出て来た。何で?悪い人が侵入して来たら、黙って門前払いしてくれるんじゃなかったのかなあ。「どうしましょ?」と聞いて来るのは追跡クッキーがたまったときくらい(けっこうたまるんだよね、これが・・・)。ま、ノートン君が機嫌を直してブロックを解いてくれるのを待つことにしたけど、仕事を続けるのがめんどうになって店じまい。結局、アクセスは30分くらいで復旧したけど、何だったんだ~?
アクセスできなくなったときに使っていたのはいろんな出版社や団体の辞書や用語集を集めたポータル。いろんな分野のものがあって便利ではあるけど、最近は網羅した辞書に定義がなければ独自の、それも吹き出すような「訳語」を出して来るようになって、急速におバカになりつつある。まあ、いざとなるとソースへのリンクがあるし、何よりも「会員登録」(無料)せずに「ゲストさん」として使っているので、文句は言えないんだけど、広告のソースを増やしたせいでエロ広告まで出て来るし、さらには検索ランキングやら、はては「いいね」やらツイートまでくっつけて、そういうのがぜ~んぶロードされるまでは画面をスクロールできないから、一番上の定義しか見えない。それがまたやたらと時間がかかる。時は金なりであれば、タダほど高いものはないということの例と言えるかも。
まあ、インターネットは情報がタダで手に入るのが売りだったわけで、タダで提供するためにはどこか他で収入を得なければならない。それが広告なんだけど、インタレストマッチ広告とか、IPアドレスから地域を特定した広告とか、キモイもの、ウザいもの、ウサンクサイものなど実にいろいろなのがあって、ときにはどんなものが出てくるか楽しみだったりするから、けっこう退屈しのぎになったりもする。日本で英語人がやっているブログやニュースサイトには「アジア/中国/フィリピン/日本の独身美女との出会い」みたいなのが必ず出て来るのはインタレストマッチというやつなのかな。(でも、国名は変えても同じ「美女」の写真だったりするから笑っちゃうな。)日本に住むイギリス人の写真ブログサイトには10年以上も同じ(ツバルのドメインの)「国際交流サイト」がリンクされていて、同じ写真がローテーションで何度も出てくるのでうんざりしていたけど、最近フォーマットを一新して、「おトモダチ」広告が専用タブになってすっきりした。だって、せっかくのすばらしい写真をヘンな広告で台無しにすることはないよね。
まあ、日本のサイトをあれこれ見ていると、最近はやたらと「カナダ在住の日本人」をターゲットにしたものが出て来る。資格ビジネスだったり、貿易?ビジネスの立ち上げだったり、「帰省」の格安航空券だったり、「帰国してからの住まい」だったり。ワタシのIPアドレスがカナダだから出て来るわけで、日本のサイトを見ていると今度はカナダの、しかも地元のビジネスの広告が出て来るから、グローバル化もここまで来ると大したもんだ。もちろん、大手新聞のサイトには自社で取った広告が載っていて、某新聞は未だに某結婚相談所のかなりおもしろい広告を載せいているし、別の某新聞には相変わらず「若く、若く、もっと若く」という某大手有名企業のサプリビジネスの広告が出て来る。「NHKワールド」だけには広告がないのは、さすがNHKというところかな。ま、退屈したら広告を見て「世相分析」とかやってみる?
たかが広告、されど広告というところだけど、インターネットには広告があるからこそいろんな情報や資料をタダで手に入れられるわけだから、あんまり文句は言わないことにしておくか。でも、アクセスをブロックされるとメーワクだから、へんな広告をくっつけるのはやめにしてほしいな。とにかく、やり残しの見直し作業をちゃっちゃと済ませて、ちょっと南で猛吹雪を免れたラッキーな校正者のところへちゃっちゃと送信。やれやれ、残る仕事はあとひとつ・・・。
良薬もサプリも、過ぎたるは・・・
2月11日。月曜日。起床午後12時過ぎ。小雨模様。起き上がったとたんに背中の左の肩甲骨の辺りがイタタ。筋違いというやつかな。寝相が悪かったのかな。でも、ベッドから出て、足を見下ろしたら、こっちは99.9%完治というところ。まだ少しふっくらしているような感じがするし、ほんのりと赤茶っぽい色が残っているけど、あちこち押しまくっても痛くない。やれやれ、よかった。ちょうど丸2ヵ月になるんだもの、そう来なくちゃ。だけど、真ん中の指の感覚がおかしくて、足を自然に伸ばすと2番目の指との間にかなりの隙間ができる。ずっと昔に捻挫した左手の小指と同じだから、このまんまということかな。でもまあ、普通に歩けて不便がなければそれでいいけど。
それにしても、足の甲のこの赤茶色というか赤黒い色、消えてくれるかな。両足を並べると皮膚の色の違いが一目瞭然だからちょっと心配する、この女心。はたちを出たばかりの頃だったけど、右手の親指の付け根から手首にかけて、突然紫色に腫れて、それが赤黒くなって、やがて真ん中に水ぶくれができて、やがてべろっと皮がむけて治ることが何度もあった。接触性皮膚炎かと思っていたけど、繰り返し出て、そのたびに範囲が広がるし、治っても皮膚の色が茶色いままになって来たので、やっと思い立ってオフィスの近くの皮膚科に行ったら、先生がワタシの手首をひと目見て「○○○(鎮痛薬)、飲んだでしょ」と。生理痛でポピュラーなその薬を飲んだと言ったら、「これは薬疹と言って、特定の薬を飲むたびに出るんだよ」という説明。みんな普通に使っているのに~と口を尖らせたら、先生曰く、「どんな良い薬でも体にとっては異物だからね」。あれは、まさに目からうろこだった。
どうもワタシの体は薬が嫌いらしい。日本にいた頃に風邪で咳がひどくて行った医院でくれた咳止め(コデイン入り)のせいで1週間も吐き続けたことがあったし、ペニシリン系の抗生物質で3日くらい吐き続けたこともあったし、アレルギーの減感作療法でせっせと注射に通っていたときには、何度か腕が真っ赤に腫れ上がってドクターに強い抗ヒスタミン薬を買って飲めと言われるしまつ。手術をするのに全身麻酔をかけたら何時間もげえげえ。内視鏡で30分もかからない膝の日帰り手術のときは、あまりいつまでも吐き続けたもので、もう少しで入院させられるところだった。(麻酔からさめて「よく眠った~」と言うカレシがうらやましい。)そんなこんなで、下あごの歯根の間にできた腫瘍を切除したときは、ゴルフボールを3個くらいに入れたように頬が腫れたけど、処方された強力な鎮痛剤はがんばってとうとう使わなかったし、膝の手術をしたときにもらった処方箋は完全に無視。何たって、痛みは気を紛らわしたりして我慢できるけど、こみ上げてくる吐き気と嘔吐は地獄・・・。
ほんとに体にとって薬は異物なんだけど、近頃は何かと言うとその異物に頼る風潮が強いように思う。異物ではあってもそれが命を救う唯一の手段だったりするから、現代人は薬なしでは生きられない。でも、抗生物質や抗菌剤を乱用しすぎたためにばい菌たちの逆襲に脅かされているのが人間だし、ビタミン剤やサプリを多用して体の本来の生理的なバランスを狂わせているのも人間。薬害でなくても、健康増進のために食品に特定の栄養素を多く配合したり、精製したサプリとして飲んだりすることで逆に健康を害することもある。オーストラリアでは、昆布由来のヨードが入った豆乳で健康被害が出たそうだけど、その量は海草を常食している日本人にはほとんど害がない程度でも、オーストラリア人にとっては極端に過剰なレベルだったとか。食習慣や生理条件の違いを考えずに、「○○を常食するどこそこの国の人は健康だ」みたいなうたい文句に踊らされるのは何だかなあと思うけど、そこは無病息災でいつまでも若くいたいと思うのが人間か。
人間は太古の昔から食事を通じて栄養や健康成分を摂り、その土地で得られる量にうまく適応した体を作って来たんだろうに、科学技術の発達で「サプリメント」という形で健康成分をたっぷり摂取できるようになったもので、多岐多彩な効能をうたったサプリが花盛り。でも、サプリも体にとっては「異物」なんで、たくさん飲めばそれだけ効果が大きいと思っていると、過ぎたるは何とやらで厄介なことにになる。近年、血液中の中性脂肪を減らして、心臓血管系の病気の予防になるとして喧伝されるオメガ3とオメガ6の脂肪酸。長くオメガ6脂肪酸の過剰摂取と大腸炎やうつ病との関連性が疑われて来ているけど、オメガ3だけを取りすぎても、オメガ6とのバランスが崩れて内出血や不整脈などが起きる危険が出て来るらしい。魚類を食べて摂取する分には過剰摂取になるほど食べられないから問題はないということだったけど、いくら健康増進に効果があると言われても、サプリの類も所詮は「体には異物」と考えた方がいいのかな。
つまり、バランスの取れた食事から健康成分を自然に摂取するのが一番健康的なのかもしれない。でも、先進的な暮らしの中ではそれもなかなか難しいし・・・。