尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

森村誠一と常石敬一、「731部隊」をめぐって-2023年7月の訃報①

2023年08月07日 22時06分07秒 | 追悼
 2023年7月の訃報特集。猛暑で書く方も(多分読む方も)エネルギーが落ちていると思うから、ちょっとゆっくりと3回に分けて書きたい。まず1回目は森村誠一常石敬一。「731部隊」関連でつながるのだが、判る人の方が少ないか。
(森村誠一)
 ミステリー作家の森村誠一が7月24日に死去、90歳。訃報は大きく報道されたが、大部分は『人間の証明』をめぐるものだった。1975年に角川書店の「野性時代」に発表され、76年に刊行された小説である。77年に角川映画で映画化され、大々的な宣伝が行われて大ヒットした。角川映画は1976年に横溝正史の『犬神家の一族』(市川崑監督)を映画化して大ヒットしていた。横溝作品を軒並み文庫化し、テレビでCMを繰り返して「メディアミックス」と呼ばれた。それをさらに大々的に展開したのが、角川映画第二弾の『人間の証明』だった。ジョー山中が歌うテーマ曲も大ヒットした。
(映画ポスター)
 もうマスコミ関係者も現役では知らないはずだが、幼少期のテレビCMの印象が強烈に残っているかもしれない。僕は原作も映画もスルーしてしまった。昔から大ヒットしているような映画や小説を避けて通っちゃうのである。ミステリーは昔から読んでるが、森村誠一だけでなく日本の作家はあまり読まなかった。僕の若い頃は英米と日本のミステリーには、まだまだ差があると思われていて、僕も「日本」の湿った風土を舞台にしたミステリーが好きじゃなかった。

 だから森村誠一は2冊しか読んでない。一冊はデビュー作の『高層の死角』(1969)で、公募の江戸川乱歩賞に応募して受賞した。あるとき乱歩賞受賞作を全部読もうと思って、その時に初めて読んだのだが、あまりの出来の良さに驚いた。それまで森村誠一はホテルマンとして働いていて、その経験を生かしている。トリック、動機、文体が渾然一体となって新人離れしている。西村京太郎、東野圭吾、池井戸潤などの受賞作よりもずっと完成度が高いと思う。もちろん新人賞なんだから、受賞作がこれほど完成されてなくても問題ないが、とにかく傑作なのである。

 もう一冊が『悪魔の飽食』で、731部隊の所業を本格的に追求した「ノンフィクション」である。1981年に「赤旗」に連載され、大反響を呼んで、光文社から出版されベストセラーになったのである。すでに現代史研究者には知られていたが、広く一般的に旧日本軍の生物兵器研究の恐ろしさを知らしめたのは、この本だったと言える。森村は初め小説の材料として取材を始め、後にドキュメンタリーとして発表することになった。共同取材を担当したのは下里正樹だったが、当時共産党員だった下里は後に除名されている。この本は第3部まで書かれたが、第2部の写真誤用事件をきっかけに光文社と揉めて、角川書店から再刊された。
 
 実はこの本も読まなかったのだが、授業で取り上げた時に「家にこの本があった」と持ってきた生徒があった。貸してくれるというから、その機会に読むことにした。この本をめぐってはいろんな話題があり、ウィキペディアに詳しく載っている。僕がそれまで読まなかったのは、「歴史研究」としてはどうなんだろうと勝手に思ってたからである。読んでみて、読む価値はあると思ったけれど、内容は別にして文体などはやはり「研究」を越えた部分はあるかなと思った。その後読んでないし、全3部を読んでないので最終的な評価は控えたい。ただ、多くの人に問題を提起したのは、この本なのである。
(『悪魔の飽食』)
 科学史研究者の常石敬一が4月24日に死去していた。79歳。訃報は7月に公表された。長崎大学を経て、神奈川大学教授。歴史学者ではなく、物理学を学んで科学史研究に進んだ。早くから「731部隊」の実態を研究し、最初の著作は『消えた細菌戦部隊 関東軍第731部隊』(1981)だった。化学兵器や核兵器、医療史なども研究したが、やはり日本の細菌戦研究がライフワークだった。一般書として、講談社現代新書『七三一部隊―生物兵器犯罪の真実』(1995)がある。昨年には『731部隊全史』(2022)を出しているが、あまりに大部で読んでいない。科学史に関する翻訳も多い。僕は常石氏の本はいくつか読んでいるが、信頼出来る研究者だと思う。
(常石敬一)(常石著『731部隊全史』)
 1993年に「731部隊展」が行われた。90年代初期は、そういう企画が市民運動として大きな広がりを持つ時代だったのである。僕は地元でこの運動に関わったが、(結婚で離れた)足立区に(父親の死去で)戻った少し後である。もともと地元のアムネスティグループに参加したりしていたが、転居してつながりが薄くなった。新しいつながりを求めていた頃だったのである。僕が「731部隊」に一番関心を持っていたのがその頃で、その後きちんとフォローしていないから、あまり語る資格がない。

 ただ日本軍は中国戦線で細菌戦を実行したことが、その後証明されている。研究しただけの機関ではないのである。「731部隊」は関東軍防疫給水部の秘匿名であり、人体実験も行っていた。そのことを公言したわけではないが、研究成果の論文を見れば明らかである。最近、部隊の構成メンバーや階級を記した文書が発見されたと報道された。近年になって、残された文書の発見が続いている。敗戦時に完全に焼却したはずが、少しは残るものなのである。今後さらに研究が進み、日本軍の生物兵器研究、使用状況が解明されるだろう。とにかく旧軍には恐るべき実態があったことを忘れてはいけない。
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