小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)を読んでみた。著者の小泉悠(こいずみ・ゆう、1982~)という人は、ロシアのウクライナ侵攻後にマスコミでよく聞くようになった。様々な災害や事故、戦争などが起きるたび、テレビニュースに「専門家」が登場する。およそどんな分野にも研究している人がいることに驚いてしまう。この本は2021年5月に刊行されたが、ウクライナ戦争がなければ間違いなく読まなかった。300頁ほどで、税込1034円。買えない、読めない本じゃないけど、現代ロシアの軍事思想とかロシア軍の演習なんか特に関心がなかった。世界情勢としてもアジアへの関心の方が強かった。
多くの日本人は同じだろうと思う。著者の小泉氏は自分でも言うように「軍事オタク」的な側面があって、この本のロシア軍演習分析など、あまりにも詳細かつ精緻なことにちょっと驚いてしまう。そうなんだけど、そこまでして初めて見えてくることがある。その事がよく判る本で、今となっては著者の「先見の明」に感謝したいぐらいだ。ロシア軍というか、プーチン政権の危険性をこれほど明かす本もない。今から思えば、2014年に「第一次ウクライナ戦争」が始まっていた。ロシア軍はやがてそれが「西側の大国」との戦争になる可能性をみすえて、これまで演習を重ねてきていたのである。われわれは気付かなかったけれど。
(小泉悠氏)
この本で判ることは幾つもあるが、まずは「非線形戦争」という概念。世界の多くが21世紀は「対テロ戦争」だと考えていたとき、ロシアは(恐らく中国も)違ったことを考えていた。自分の「勢力圏」を守り抜くためには、あらゆる軍事的対応が必要になる。最終的には本格的な核戦争に至るが、その前に様々な戦争の形態がある。戦争は必ずしも「直接的な衝突」として起こるわけではない。国民の不満が爆発して「反政府デモ」が起きる。その動きはアメリカのIT企業が運営するSNSで情報が広められる。これは「偶然」なのか。いや、世の中に偶然などありえない。反政府デモとは、実は「西側」の大国による陰謀なのである。
例えば、以上のような思考法で現代の「戦争」を考える。つまり、ロシアや中国にとって、ウクライナや香港で起こったことは「戦争」なのである。われわれが「民衆運動」だと理解したことは、彼らには「戦争」だった。そして、戦争には備えなければならない。だから、新しい戦争形態に沿う新しい戦い方を構築してきた。それは例えば「ドローン」である。再燃したナゴルノ・カラバフ戦争ではドローンが大きな役割を果たしたという。(アゼルバイジャンはトルコやイスラエルのドローンを駆使したという。)そして、人間が乗機して化石燃料で動く戦闘機と違って、ドローンは「電子情報機器」である。だからドローンを操る電磁波を妨害すれば、ドローンを無害化することも出来るはずだ。
(ロシアのパンツィリS-1防空システム)
現代社会はコンピュータの情報で動いているので、サイバー攻撃を成功させれば大きな打撃を与えることが可能になる。実際にロシアはウクライナの発電所をハッキングして、大規模な停電を起こしたことがあるという。GPS(Global Positioning System)とは実はアメリカの軍事衛星の技術を利用しているものである。スマホもカーナビもGPSを使っている。もしアメリカの人工衛星が宇宙で攻撃されたら、世界中が大混乱になるだろう。こういう状況を理解するなら、「防衛」「安全保障」というものの考え方が大きく変わる。「防衛費の増強」などと言っても、それは単に相手が核兵器やミサイルを持ってるなら、自分も持たないと不安だなどというレベルの問題では全くないのである。しっかり中身の議論をしないといけない。
そしてロシアはチェチェン、ウクライナ、ジョージア、ナゴルノ・カラバフ、シリアで、軍事的実践を積み上げてきた。そして世界を変えてしまったのである。もちろんロシアが(ロシアの「支配権」にない)日本に攻めてくるなどというバカげた妄想に付き合う必要はない。だけど、ロシアの「非線形戦争」論によるキャンペーンを受けて、日本でも2014年のウクライナ「マイダン革命」は「西側によるクーデタ」などという認識を真顔で語る人もいる。ウクライナはネオナチだというのも、ロシアによる戦争キャンペーンである。そういうことが時間をかけて分析していくと、理解出来てくる。
プーチン側近による「民間軍事会社」まで作られているのには驚いた。プーチン政権の危険性を理解するには、このような本も読んでみる必要がある。改めて書いておくと、この本は2021年5月に刊行された。全面的なウクライナ侵攻の前に書かれたにも関わらず、まるで予知したかのような本である。最新情報がないとしても、むしろここに至る過去20年間を理解するために、関心がある人は是非チャレンジするべき本だ。
多くの日本人は同じだろうと思う。著者の小泉氏は自分でも言うように「軍事オタク」的な側面があって、この本のロシア軍演習分析など、あまりにも詳細かつ精緻なことにちょっと驚いてしまう。そうなんだけど、そこまでして初めて見えてくることがある。その事がよく判る本で、今となっては著者の「先見の明」に感謝したいぐらいだ。ロシア軍というか、プーチン政権の危険性をこれほど明かす本もない。今から思えば、2014年に「第一次ウクライナ戦争」が始まっていた。ロシア軍はやがてそれが「西側の大国」との戦争になる可能性をみすえて、これまで演習を重ねてきていたのである。われわれは気付かなかったけれど。
(小泉悠氏)
この本で判ることは幾つもあるが、まずは「非線形戦争」という概念。世界の多くが21世紀は「対テロ戦争」だと考えていたとき、ロシアは(恐らく中国も)違ったことを考えていた。自分の「勢力圏」を守り抜くためには、あらゆる軍事的対応が必要になる。最終的には本格的な核戦争に至るが、その前に様々な戦争の形態がある。戦争は必ずしも「直接的な衝突」として起こるわけではない。国民の不満が爆発して「反政府デモ」が起きる。その動きはアメリカのIT企業が運営するSNSで情報が広められる。これは「偶然」なのか。いや、世の中に偶然などありえない。反政府デモとは、実は「西側」の大国による陰謀なのである。
例えば、以上のような思考法で現代の「戦争」を考える。つまり、ロシアや中国にとって、ウクライナや香港で起こったことは「戦争」なのである。われわれが「民衆運動」だと理解したことは、彼らには「戦争」だった。そして、戦争には備えなければならない。だから、新しい戦争形態に沿う新しい戦い方を構築してきた。それは例えば「ドローン」である。再燃したナゴルノ・カラバフ戦争ではドローンが大きな役割を果たしたという。(アゼルバイジャンはトルコやイスラエルのドローンを駆使したという。)そして、人間が乗機して化石燃料で動く戦闘機と違って、ドローンは「電子情報機器」である。だからドローンを操る電磁波を妨害すれば、ドローンを無害化することも出来るはずだ。
(ロシアのパンツィリS-1防空システム)
現代社会はコンピュータの情報で動いているので、サイバー攻撃を成功させれば大きな打撃を与えることが可能になる。実際にロシアはウクライナの発電所をハッキングして、大規模な停電を起こしたことがあるという。GPS(Global Positioning System)とは実はアメリカの軍事衛星の技術を利用しているものである。スマホもカーナビもGPSを使っている。もしアメリカの人工衛星が宇宙で攻撃されたら、世界中が大混乱になるだろう。こういう状況を理解するなら、「防衛」「安全保障」というものの考え方が大きく変わる。「防衛費の増強」などと言っても、それは単に相手が核兵器やミサイルを持ってるなら、自分も持たないと不安だなどというレベルの問題では全くないのである。しっかり中身の議論をしないといけない。
そしてロシアはチェチェン、ウクライナ、ジョージア、ナゴルノ・カラバフ、シリアで、軍事的実践を積み上げてきた。そして世界を変えてしまったのである。もちろんロシアが(ロシアの「支配権」にない)日本に攻めてくるなどというバカげた妄想に付き合う必要はない。だけど、ロシアの「非線形戦争」論によるキャンペーンを受けて、日本でも2014年のウクライナ「マイダン革命」は「西側によるクーデタ」などという認識を真顔で語る人もいる。ウクライナはネオナチだというのも、ロシアによる戦争キャンペーンである。そういうことが時間をかけて分析していくと、理解出来てくる。
プーチン側近による「民間軍事会社」まで作られているのには驚いた。プーチン政権の危険性を理解するには、このような本も読んでみる必要がある。改めて書いておくと、この本は2021年5月に刊行された。全面的なウクライナ侵攻の前に書かれたにも関わらず、まるで予知したかのような本である。最新情報がないとしても、むしろここに至る過去20年間を理解するために、関心がある人は是非チャレンジするべき本だ。