尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

労働組合と選挙ートヨタ労組の撤退の意味するもの

2021年10月23日 22時04分09秒 |  〃  (選挙)
 民主党という党があった。まあ今もあるといってもよく、今回の選挙の比例区に「民主党」と書いても有効ではある。ただし、「立憲民主党」と「国民民主党」のどっちに入れたかが判らないので、その票は両党に按分されるという。(その地区で立民40万票、国民10万票だったとしたら、ただ「民主党」と書いた票は立民0.8票、国民0.2票とする。)党が付かない「民主」はダメ。自由民主党や社会民主党もあるので。という話である。

 2012年の衆議院選挙で政権党の民主党が分裂し、小沢一郎らは「日本未来の党」を結成し、また「日本維新の党」から出馬した議員もいた。それから約10年が経ち、かつては民主党だった政治家たちは誰も覚えていないような離合集散を経て、おおよそ「立憲民主党」にまとまり、別の何人かは「国民民主党」から出馬している。その他に自民党に移った人もかなり多く、維新などから出ている人もいる。それらの経緯は今は書かない。今回は労働組合と政党の関係についてを特に考えたいのである。

 戦後の労働運動には、社会党を支持する「総評」(日本労働組合総評議会)と民社党を支持する「同盟」(日本労働組合総同盟)という二つのナショナルセンター(労働組合の中央組織)があった。他にもあったし、そうなるまでの経過も長いんだけど、書き始めると長くなるから省略する。80年代になって、労働戦線統一の動きが始まって、共産党系の組合を排除しながらまとまって、1989年に「日本労働組合総連合会」(連合)を結成した。「連合」を「反共、労使協調路線」と批判する共産党系組合は「全国労働組合総連合」(全労連)を結成した。(また社会党左派系の「全国労働組合連絡協議会」(全労協)も結成された。)

 以上に書いたようなことは知ってる人には常識で、知らない人には全く関心がないことかもしれない。半世紀前には春には私鉄のストがあったし、「総評」という言葉は誰でも知っていた。いつの間にか労働組合はどこにあるんだという社会になってしまったが、今でも労働組合は大きな意味を持っている。それをまざまざと示したのが、2019年の参議院選挙だった。連合が出来た後も、旧総評系は社会党、旧同盟系は民社党を支持していたが、「民主党」結成後は基本的には連合所属組合は民主党支持でまとまることになった。(一部は社民党を支持。)

 ところが民主党が分裂してしまったため、2019年の参院選では組織内候補が立憲民主党と国民民主党に別れて立候補することになった。その結果は当時「組織票の当落を点検するー2019参院選③」(2019.7.24)に書いたが、両党ともに比例区の個人名投票の上位にはズラッと組合の組織内候補が並んだのである。しかも立憲民主党からは自治労日教組JP(旧全逓)、情報労連(旧全電通)、私鉄総連など旧総評系が出て、国民民主党からはUAゼンセン自動車総連電力総連電機連合JAMなど旧同盟系が出た。すっかり社会党と民社党の時代に先祖返りしてしまったのである。しかも立民系は全員当選したが、国民系は3人しか当選出来なかった。

 ちょっと前提の説明が長くなったが、この民主党系の分裂が今回の選挙にも影響を及ぼしている。特に顕著なのが今まで民主党の牙城だった愛知県。愛知県はトヨタ系列の企業が多く、昔から労組が支援する民社党が強かった。20世紀になってからは民主党を支援し、前回でさえ立憲、希望、無所属合せて旧民主系が(全15選挙区中)7つで当選している。しかし、今回は全トヨタ組合連合会(全ト)は所属する自動車労連が支持する国民民主党に支援を絞った。立憲系は特に関係の深い3議員のみ支援するという。

 さらに驚かされたのは、トヨタの組織内候補として愛知11区で当選してきた古本伸一郎議員が公示直前になって立候補を中止したのである。古本議員は2003年から民主党から5回当選して、前回は希望の党から当選、その後無所属になっていた。古本氏はまだ56歳で引退する年齢ではない。たとえ無所属でもトヨタ系の支援を受けるから当然は確実だ。今回の突然の方針転換は古本氏の問題ではなく、全トの問題なのである。
(古本伸一郎前議員)
 もともと愛知11区はトヨタの城下町で、古本氏の前の組織内候補だった伊藤英成は労組と社長が合意して候補になっている。伊藤は民社党、新進党、民主党で6回当選して、2003年に62歳で引退後はトヨタ車体の常勤監査役を務めたとウィキペディアに出ている。衆議院議員といってもトヨタ内の人事異動みたいなものである。今回の不出馬に関して古本は「組織内候補が出なければ(超党派連携の)可能性は開ける」と述べている。全トは「超党派」を掲げて方針を変えたが、それは事実上自民党との連携を目指すものと言えるだろう。

 東海テレビのウェブニュースでは、古本伸一郎氏は「国を良くしたい思いが同じであるならば、“対立より解決”の方法がないものか。街をよくしたい思いが同じならば、組合は旧民主党、地域は自民党という壁をなくせないものか」と述べている。またトヨタ労組の西野勝義委員長は「今後は従来以上に政策実現に重きを置きながら、『何党』ということよりも『何をしていただけるのか』を重視して、是々非々で連携を模索していきたい」と述べている。つまり、「国を良くしたい思い」「街をよくしたい思い」の方向性がもうすでに自民党と同じだと思っているのである。これで労働者の多くが納得するのだろうか。

 さらに脱原発を公約にする立憲民主党に対して、原発立地県の連合地方組織が支援しない例が相次いでいる。確かに労働組合の初志は「労働者の職を守る」ことにあるだろう。でも地球環境問題SDGsが問われている現在、労働組合が単に自分たちの組織防衛のみを考えていて良いのだろうか。原発問題のように、国民的な関心が高い問題で、国民世論を無視するような方針では理解されないのではないか。

 これらの問題の背景には前回書いた立憲民主党と共産党との選挙協力がある。2019年の参院選で野党協力がある程度実績を上げて、衆院選での協力につながっていった。それに反発した労組出身参議院議員は立憲民主党に合同しなかった。それも判らないではない。旧同盟系労組のリーダーは労働運動家の生涯を通じて組織内の共産党系組合員と対立してきたわけだから。しかし、国民民主党の方が共産党より多くの票を持っているなら、立憲民主党だって共産党より国民民主党を重視するに決まっている。そうじゃないから票がきちんと出る共産党と協力するのである。国民民主党から立候補している前議員は6人だが、かなり個人票を持っていて強いので当選可能性が高い。しかし、比例区での当選は非常に厳しいのではないだろうか。

 このままでは国民民主党の党勢拡大が厳しいとなったとき、労働組合と関係が深い議員たちはどうするのだろうか。一部は立憲民主党に移籍するだろうが、自民党に移る議員もいるのではないだろうか。その場合、組合ごと「超党派の対応」の名の下に自民党系になっていく。そういう予測が出来る気がする。もちろん今の社民党のように、小さくなっても国民民主党で残る人もいるかもしれない。何にしても、自民党と立憲民主党では「国を良くしたい思いが同じ」などとは言えないだろう。まあ「思い」だけならそうかもしれないが、「目指す社会像」では相当に違うはずだ。これほど非正規労働者を増やしてきた自民党政権を労働組合が支持するというようなことは、僕は組合員に対する裏切りではないかと思う。
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