尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ムード・インディゴ」

2013年10月23日 21時34分46秒 |  〃  (新作外国映画)
 「ムード・インディゴ うたかたの日々」という映画の感想。ミシェル・ゴンドリー監督作品。インターナショナル・ヴァージョン。シネマライズ渋谷で21日に見た。これはボリス・ヴィアンの「うたかたの日々」(日々の泡)の3回目の映画化で、えっ、それは是非見なくっちゃ、見たい、見たいと思う人には、ほぼ満足できる出来ではないかと思う。ボリス・ヴィアン??誰、それ?っていう人は、まあ見なくてもいいと思うけど、「タイピスト」のロマン・デュリス、「アメリ」のオドレイ・トゥトゥ主演で、「最強のふたり」の黒人介護士役、オマール・シーが助演という魅力的なキャストで見たい人も満足できるとは思う。でも、基本的には「原作を愛する人々が作った、原作を愛する人々に向けた映画」なのかな。
 
 ボリス・ヴィアン(1920~1959)は、戦後フランスの伝説的な作家で、単なる「作家」というより、詩人、劇作家、作詞家、翻訳家に加え、作曲家、ジャズ・トランぺッター、歌手、そしてエンジニアでもあった人物である。アメリカの大衆文化を愛し、ジャズやハードボイルド・ミステリーに憑りつかれ、自らも心臓が悪いのにトランペットを吹いて寿命を縮めた。ヴァーノン・サリヴァン名義で、黒人を主人公にした犯罪小説「墓場に唾をかけろ」を書き、自分が翻訳したと称して出版した。俗悪な暴力小説と批判されるが、ある殺人事件の現場に残され、スキャンダラスなベストセラーになる。そして映画化され、その試写会の場でヴィアンは死んだ。まだ39歳だった。

 ヴィアンが残した、言葉遊びやブラックユーモアがいっぱい詰まった幻想的で超現実的な幾つかの小説は、存命中はほとんど認められなかった。しかし、死後にだんだん認められていき、中でも「うたかたの日々」は、おかしくも切ない青春小説の古典と認められている。レーモン・クノー(作家で「地下鉄のザジ」等の作者)は「20世紀でもっとも悲痛な恋愛小説」と評している。日本では曽根元吉訳で、1970年に「日々の泡」として出版された。(今は新潮文庫。)その後、早川書房からボリス・ヴィアン全集が出され、その中に伊東守男訳で「うたかたの日々」として出され(今はハヤカワepi文庫)、また2011年には野崎歓訳で光文社古典新訳文庫から「うたかたの日々」が出されている。つまり現在、違う翻訳で文庫本が3冊も出ているわけで、だからこの物語を愛する人はかなりいるのだろう。僕は全部読んでいるが、最初に曽根訳の単行本を読んだので、なんだか「日々の泡」という直訳題名に愛着がある。

 今までに2回映画化されていて、最初は1968年のフランス映画で、シャルル・ベルモン監督(ジャック・ぺラン主演)。日本では1995年に「うたかたの日々」の題名で公開された。その後、2001年に日本の利重剛監督が、永瀬正敏、ともさかりえで「クロエ」の名で映画化している。どちらも見たけど、コランとクロエの主人公カップルを中心に描いていたように記憶する。もちろんそれでいいのだけど、原作はむしろ細部に様々な「遊び」があり、そこが楽しい。今回は素晴らしい映像技術で、「遊び」的な設定をいっぱい再現した。冒頭の「カクテル・ピアノ」を見るだけで、原作を好きな人には嬉しくてたまらないはず。「カクテル・ピアノ」って、なるほどこういうものなんだなあ。二人が乗る「雲」や魅力的な料理の数々、映画の前半は素晴らしく楽しい。

 映画はほぼ原作と同じで、主人公コランが結婚したクロエは不可思議な病にとりつかれ、だんだん衰弱する。と画面もまた「衰弱」して色彩を失っていく。悲痛で寒々しいトーンとなる。原作にある「ジャン・ソール・パルトル」(むろん、ジャン・ポール・サルトルのもじり)のコレクションに人生を賭けてしまった友人と、その恋人によるパルトル殺人事件も悲しくもおかしく映像化されている。この転調が切なくて悲しいけど、映像では難しい部分だと思う。国外では二人の恋愛のゆくえを中心にした「インターナショナル版」が公開され、もっと原作に忠実な「ディレクターズ・カット」はフランスだけで上映されるという。(日本では2回だけ、監督版も上映。)時間的に40分近く違っている。監督版を見ると、また印象が違うかもしれない。

 今回主演したふたりは、なるほどと思わせる顔ぶれだけど、ニコラ役を黒人にしてしまったのは驚いた。しかし、現時点の映画化としては悪くないのではないか。問題はオマール・シーがどうしても「最強のふたり」を思い起こさせることだけど、役柄の解釈としてはありかもしれない。「ムード・インディゴ」というのは、デューク・エリントンのジャズの名曲だそうで、失恋したあとの「藍色のこころ」というような意味だと思う。アメリカで「エターナル・サンシャイン」などを作ったミシェル・ゴンドリー監督だが、元々はフランス人で前から大の愛読書だったというから、念願の映画化ということらしい。とても楽しく、原作を愛する人にも満足できる出来だと思うけど、では原作を知らない人はどう思うかは、僕には判らない。これをきっかけに原作を読んで欲しいなあと思う。ボリス・ヴィアンの「詩と真実」は一度読んだら忘れられないと思う。
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