尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

追悼・三國連太郎

2013年04月15日 22時14分31秒 | 追悼
 戦後日本を代表する名優のひとり、三國連太郎が亡くなった。90歳だという。闘病中であるという話は伝わっていたので、やはり亡くなったのかと言う感じである。最近の人には「釣りバカ」の人なんだろうけど、昔の映画を見ると「凄すぎる」という言葉しか出てこない俳優である。よく「怪優」などとも言われた。三國連太郎と言う人は、新聞などの訃報が報じる言葉が大体あっているので、あまり付け加えることがない。代表作はあとで見たものが多いので、同時代的な思いでも少ない。

 木下恵介監督の「善魔」でデビューした時の役名をそのまま芸名にした。そういう人は時々いる。(藤村志保とか早乙女愛とか。)当初は松竹の二枚目俳優だったのである。その後、どんどん演技派として名をはせるようになるが、一番すごいのは誰があげても「飢餓海峡」。内田吐夢監督、水上勉原作の社会派ミステリーだが、三國の存在感に感服するような映画。追悼上映があれば是非見て欲しい。左幸子、伴淳三郎もいい。新聞では、大体「釣りバカ」「飢餓海峡」をあげ、続いて今村昌平「神々の深き欲望」「復讐するは我にあり」を代表作としている。まあ、僕も異論はないけれど、「復讐するは…」は助演である。

 案外、実在人物を演じることが多く、僕が最初にすごいと思ったのは、吉村公三郎監督の「襤褸(らんる)の旗」の田中正造である。鉱毒事件に奔走する正造を全身で演じきっていて、凄い人がいるもんだとビックリした。吉田喜重監督「戒厳令」の北一輝も素晴らしい。映画が難しいから取り上げられないが、僕はこの演技も素晴らしいと思う。勅使河原宏監督「利休」の利休役もあるし、「にっぽん泥棒物語」の松川事件に関する目撃情報を持つ泥棒と言う難役もあった。あげて行けばきりがないけれど、最後の頃では「夏の庭」の老人役が僕は好きである。

 差別問題に強い関心を持ち、また親鸞を研究し「親鸞 白い道」と言う映画も作った。これはカンヌ映画祭で審査員特別賞を受けたが、見てない人が多いと思う。僕はそれほどすごい映画だとは思えないのだが、力作には違いない。私生活も含めて様々なエピソードが語られると思うし、そういう「伝説」が似合う最後の俳優とも言えるだろう。それと同時に僕が思うことは、「戦後と言う時代」の激動の重さである。「昔はすごい人がいた」のではなく、社会の激動があってみな一生懸命生きざるを得なかった。社会が安定し「ガムシャラ」が似合わない時代になると、人は「みなホドホド」でないと浮き上がるから「空気を読む」生き方が主流になる。でも価値観が全部逆転するような時代では、伝説になるほどの異常な頑張りで知られる人物が出てくるのだと思う。

 最近大島渚の映画をいっぱい見て、ここにもまとめて書いたけど、大島作品では「飼育」に出ている。村のまとめ役をいかにも三國らしく重厚に演じて、まあ名演なんだけど、もうその程度では思い出に強く残らないほどのすごい役、すごい演技が多い。だから結構出ている娯楽映画なんかの演技を思い出せないくらいだ。いろいろ追悼上映されると、違った面を発見できる映画が見つかるかもしれない。とにかく、見た人には永遠に忘れられない俳優で、普段古い映画をあまり見ない人にも、日本の戦後と言う時代を考えるために是非見て欲しいと思う。それにしても、映画黄金時代の名優、名監督が年に何人も亡くなる。時代的にやむを得ないが残念なことであり、寂しい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする