尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

モンテ・ヘルマン監督「果てなき路」

2012年02月25日 21時49分36秒 |  〃  (新作外国映画)
 昔「断絶」という映画があった。1971年アメリカ作品。当時の「アメリカン・ニュー・シネマ」の一本で、アメリカ南部をカーレースをしながら放浪する青年の映画。何だか「イージーライダー」の二番煎じみたいな感じがした。そういう記憶があるから、多分見たんだと思うけど。その映画が大コケして以後メジャーで撮れず、1989年以後は一本の作品もないモンテ・ヘルマンという映画監督がいる。そのモンテ・ヘルマンの21年ぶりの作品、「果てなき路」が公開中。(東京・渋谷の「シアター・イメージフォーラム」。2日まで。ついでに朝と夜に「断絶」も公開中。)

 これが実に面白くて書いておこうかなと思った。もっとも全員が見るような映画ではないんだと思う。映画とミステリーが大好き、つまり「フィルム・ノワール」とか「ファム・ファタール」という言葉に弱い方向け。映画作りをめぐる映画で、キャノンのデジタル一眼レフで撮影されている。「劇中劇中劇」の構成で、映画作品が中で引用されたりしているうちに、何が真実で何が陰謀なのか判らなくなってくる。そもそもが映画なわけだが、その映画内で「現実として描かれる空間」があり、その空間の中で「現実の犯罪(?)に材を取った映画作り」が行われる。その映画を撮っているうちに、映画の中の映画の中なのか、映画の中の現実なのか、犯罪や陰謀があるのか、なんだか判らなくなってくる。

 そういう、一見すると訳の分からない映画である。冒頭、パソコンにDVDが差し込まれ、映像が流れ始める。カメラはパソコンに近づいて行って、映像と一体化する。そこでは若い映画監督ミッチェル・ヘイヴンが新作を作ろうとしている。アメリカ南部で起こった「事件」をブログで追及している女性がいて、その記事が原作である。その事件というものは、ノース・カロライナの山間部で、地方政治家と愛人が乗った飛行機が墜落する、その前に彼らの汚職を追及していた警官が銃で撃たれた死体で発見された、というものらしい。その女性ヴェルマ・デュラン役を探していて、ローレル・グラハムという女性を探し当てる。彼女を主役に撮りはじめると、まさにはまり役で映画内の監督と主演女優が親しくなっていってしまう。

 だけど、関係者の断片的発言が挿入されていて、ヴェルマはキューバで死んだという証言もある。では飛行機で死んだのは誰だ、ローレルという経験の少ない女優が見つけられたのも不可解で仕組まれていたのか、ローレルこそ実はヴェルマ本人なのか、などという「妄想」さえふくらんでくる。なお、ヴェルマというのは、チャンドラー「さらば愛しき女よ」のヒロインの名前である。このローレル役のシャニン・ソサモンという女優も偶然見つかったらしいが、実に魅力的に演じている。原題「ROAD TO NOEHERE」は、実際に現地にある道路なのだという。ニューディールで作られたダムで寸断された村や墓地をつなぐ道路が計画されたものの途中で終わっているのだそうだ。その道路の行き止まりのトンネルがヴェルマの密会の地という設定で、映画内映画でもロケされている。映画内の現実の意味と、象徴的な意味が掛けられていて、意味深長にして忘れがたい題名である。

 撮影が終わり夜になると、主演女優と結ばれた監督は昔の映画を部屋で一緒に見る。それがプレストン・スタージェス「レディ・イブ」(日本では長く未公開だったコメディ)、ビクトル・エリセ「ミツバチのささやき」、ベルイマン「第七の封印」というのだから、驚くべき選定ぶり。モンテ・ヘルマン自身の趣味にして、映画の設定をも暗示している。もともと映画界入りする前はベケットなどを上演する演劇活動をしていたそうで、この二重三重に仕組まれた映画こそがモンテ・ヘルマンの志向を全開したものらしい。映画では、映画内映画を作っていた監督自身が事件を起こすという結末になっているが、その終わり方の解釈も多様でありうるかもしれない。映像も美しく、全体に謎めいていて、魅力的な映画。

 流されるカントリー・ミュージックが素晴らしく、トム・ラッセルという歌手のものだというが、ストーリーともからみながら心揺さぶられる音楽である。こういう映画の魅力を伝えるのは難しいんだけど、フィルム・ノワール好きでもちょっとディープな映画ファンには見逃せない出来。

 なお、「断絶」に触れておくと、主演が歌手のジェームス・テイラーで、対抗するドライヴァーがウォーレン・オーツ。「デリンジャー」や「ガルシアの首」が懐かしい。82年死去。ヒッチハイクで同乗する少女役がローリー・バードという人。実際にヒッピーだった演技経験ゼロの少女だったという。アート・ガーファンクルと同棲して、別れた後で79年に一緒に住んでいたアパートで自殺、26歳とパンフに書いてある。アート・ガーファンクルの「シザーズ・カット」のジャケット裏に彼女に捧げられた言葉が書いてあるという。そのレコードは持ってるぞと思って探したところ、ジャケットじゃなくてレコードを入れる紙袋の裏面に「and is dedicated to you、 Bird」と確かに記されてあった。
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