千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

ディープ・インパクトの衝撃

2005-08-09 23:15:03 | Nonsense
宇宙飛行士の野口さんが搭乗していたスペース・シャトル「ディスカバリー」が、今夜無事にエドワーズ空軍基地に帰還した。おめでとう、そしてクルーのみまさま、お疲れさま。
こんな夏の夜は、星空を眺めながらリムスキー・コルサコフの「シェヘラザード」を聴くのが、最も似つかわしい。
と、いうわけで先日7月4日に成功したもうひとつの宇宙ショー「ディープ・インパクト」の偉業を調べてみた。

今年の1月12日にNASAが打ち上げた直径3.2mの彗星探索機ディープ・インパクトは、秒速28.6kmでらせん状の軌道を描いて、4億3000万km先のテンペル第一彗星に接近、一方テンペル第一彗星は長楕円軌道上を毎秒27.3kmの速度で4億5000万km移動して遭遇する。まるで彦星と乙姫のように接近した後、インパクター(衝撃弾)と呼ばれる直径1mほど重量370kの子機が、長径14k、短径4.5kのじゃがいも形の彗星の中心に、秒速10.2kの高速で激突した。

これによって主に氷や炭水化物物からなるこの彗星核が、46億年前の太陽系誕生時の情報や生命誕生の謎をとく鍵となる有機物性形成についての情報をもっているという予測から、この宇宙ショーには世界中の宇宙科学者の期待が集まっていた。
その瞬間巨大な閃光が漆黒の宇宙に広がり、核表面の埃や氷塊などの物質が散らばるのを映し出していた。予想以上に閃光と広がりが大きかったことからもパウダー状の微粒子の覆われているようだと、それらの解析が期待されている。

ここまでは、宇宙のロマンティックな話だが、なんでもこれは、放った矢に銃で弾丸をあてるくらいの離れ業らしい。しかも7月4日は、米国の独立記念日。
欧州宇宙機構「ロゼッタ・ミッション」の統括者マンフレート・バールハウス氏に「これほど完璧な成功を収めたとは尊敬に値する」と絶賛させたほどの、NASAの高い技術力なのである。しかも高いのは技術力だけでない。この計画に費やしたお金は、370億円。年間1兆7000億円ものNASAの予算からすると、少ないかもしれないが、このプロジェクトの成功が諸外国にもたらした”インパクト”は”ディープ”といえよう。

東西冷戦後、米国はひとり勝ちで敵なしというところだ。そのおかげで映画「インディペンデンス・デイ」で観るように、科学、宇宙開発分野においても圧倒的な強さで、ぶっちぎりの独走への使命感に燃えている。”未来への夢の架け橋”というわかりやすい目的をかかげることのできる宇宙開発には、優秀な人材も集まりやすい。国民に対しての大金を投じることへの説明にも、良心は満足する。たとえ、こうした精緻な無人探索機の構築、画像の撮影や解析技術、コンピューターソフト開発、高速通信処理システムなどなど・・・・これらがすなわち高度な軍事技術に直結するとしても。

言わぬが花、、、というものか。
地球から1億km以上も離れた宇宙空間での華やかな光りの束を、シェヘラザードは千の夜伽話をしながら、どのような想いで眺めたのだろうか。

NASAへ飛んでみよう


独禁法違反容疑者(社)は、三井住友銀行

2005-08-08 23:14:35 | Nonsense
公取委、三井住友銀に報告命令…地位利用で商品販売? (読売新聞) - goo ニュース

こういうのを旧住友銀行の地元では、”あこぎな商売”というのではないだろうか。

デリバティブなどの金融商品を購入するのは、勇気がいるものだ。不況にあえぐ中小企業の経営者が、どこまでこの購入した商品の内容を理解していたか疑問である。変動金利で融資(借金)した場合、金利上昇局面を迎えた場合、利息の支払が増額になる。そうした事態にそなえて高い手数料を支払ってこの商品を買っておけば、金利の上限は一定水準に押さえられるから「保険」のような役割を果たす。しかしこのまま超低金利が続くと、購入するメリットは殆どない。
契約期間、購入した商品の金額、上限の金利と利息がわからないが、商品開発した銀行は、金利がどっちに転んでも絶対損しない、つまりもうかるように計算しているはずである。

現にこの商品を購入した会社では、追加融資を受けるたびに購入し、最終的には最終融資残高の2倍も購入した。しかし「融資不適格」と融資を断られたたために商品の解約をしようとしたが約1億円に上る契約期間相当分の金利を払えと言われ、断念した。今後毎年約1000万円の金利を払うために倒産寸前に陥っている。
今の日本経済は景気の踊り場ではある。もし今後この踊り場から脱却できたら、金利は上昇局面を迎える。しかし、支払う高額な手数料を含めた金利を考えると、本気で5~10年の金利上昇に備えて「保険」がわりにこのような商品を購入しようと思うだろうか。
「優越的地位」を利用した商売、営業マンにはそんな悪意はなかったのだろうが、セクハラ行為と同じで受けて側の感情と受けとめ方次第である。
それにしても、さすがに大手銀行だ。こんな商品開発をする頭脳は、実に”優秀”だ。まるで知識の乏しいお年よりの方に、家が傷まないようにと高い手数料で過剰な補強(保険)をするリフォーム会社みたいだ。




「アフリカ ゼロ年」こども兵を生んだのは誰か~モザンビーク・内戦の果て~

2005-08-07 16:16:53 | Nonsense
モザンビーク内部を流れるインポコ川のほとりで、昨年体に異変をきたしたひとりの青年の遺体が発見された。享年23歳、フラニス・チガウーケ。彼の名に、かって世界中の人々が関心を示したことがあった。それは1990年、政府がアフリカのこども兵を集め首都マットにつくられた更生施設でのことだ。フラニスは、この施設で6歳で誘拐され2年間を戦場で過ごした最年少のこども兵として、ジャーナリストたちによって世界に紹介された。それから15年、何故自分がこども兵になったのかわからないまま、たったひとりで亡くなり、その遺体は数日間誰にも発見されずに、釣りざおとともに残されたままになっていた。

なぜ、フラニスのようなこども兵が生まれたのか、そして銃をもって住民に向かっていったのか。
1976年、モザンビークはポルトガルから独立して植民地支配のくびきから自立し、マルクス・レーニン主義を教条とする黒人社会主義国家として歩きはじめた。しかし、「モザンビーク民族抵抗運動・レモナ」という反政府武装ゲリラが、鉄道や学校を破壊して国づくりそのものを破壊しようとした。そもそもレモナの構成には、植民地時代の歴史からさかのぼる。当時の植民地軍は、白人と同じ給料と食料を与えて、黒人を「シパイオ」というアフリカ人警察官組織に加え、独立をねらう村を襲撃させていた。独立後、行き場のなくなったシパイオの残党は、負の遺産としてレモナに吸収されていった。
その後、モザンビークの内戦は1992年まで続く。

しかし、本当に”内戦”だったのか。レモナの背景をレポートしていくとやがて、武器をもつ黒人兵の背後に、別の姿がつきまとう。
白人少数民族によって黒人を支配するアパルトヘイト体制をとる隣国のローデシアと南アフリカにとっては、モザンビークでの黒人の社会主義国家誕生は脅威だった。自らの体制を守るために、両国はレモナを支持していく。1980年、ローデシア白人政権が倒れてさらに黒人による社会主義国家ジンバブエが誕生すると、孤立化した南アフリカは、いっそう支援を強化していく。
その一方で、教科書的な社会主義をすすめるために農村では、強制的に人々を移住させて集団農業が推進され、伝統的な村の秩序が否定されるという政府への反発が、レモナを利することにつながった。そんな彼らに金と武器が集中しはじめる。
中部の町、クワンバでは鉱山の採掘所が国有化され、経済的な支配権を維持したい資本化たちが、共産主義と戦うという名目のためにレモナに資金援助。南アフリカの背後には、アフリカの社会主義化を警戒する西側の後だてがあり、ソ連と友好外交条約を結ぶ政府との戦いは、東西代理戦争とも呼ばれた。武装ゲリラ組織はこの間、次々にこども誘拐して、恐怖と麻薬でこどもを支配して兵士にしたてた。こどもたちは誰にも知られずに死んでいく、取り替え可能で安価な武器、戦争の道具だったからだ。

1983年、半世紀に一度の干ばつがこの地方を襲った。食料危機を訴える政府に対して、西側先進国の対応は冷たかった。彼らにとって社会主義国は、援助と救済の対象ではない。柔軟な政策をとってなんとか支援をえたい政府は関係改善にのりだし、食料を援助をえた。しかし結局時は遅し、10万人の人々が亡くなった。こうして翌年、政府と南アフリカはニコマチ条約を結び、相互不可侵条約を約束する。それによって内戦は収束されるはずだったが、南アフリカは約束を反故にする。国連で南アフリカに対する経済制裁を求める決議案が提出されるも、米国にとってはこの国は、反共、そしてアフリカへの支援と市場を守る砦だったのである。

1992年、長かった内戦は終わり、モザンビークには平和が訪れ、経済力も豊かになった。しかし内戦が終わってもかってのこども兵に、真の平和が訪れる日はまだ遠い。最年少こども兵のフラニスは、国際社会に訴える目的に利用された。何度も取材を受けるうちに、最初は誰にも言えなかった自分の恐ろしい体験を吐き出すことによって楽になった。が、やがた戦争のトラウマから逃げられなくなり、消せない記憶と”元少年兵”というレッテルが彼のこころを蝕んでいった。ものごころがついた時には、銃を手にし、村を襲って盗みを働き、射撃が下手だと殴られ飢えと恐怖で育ったフラニスは、2年遅れで入学した小学校でもなじめなかった。90年NHKの番組で報道された8歳のフラニスのとまどうような幼い表情が映像で流れる。市場で働くも3~4日しか続かなく、やがて社会から脱落してほうき草を拾って集めては、それを売るために村をさまようようになった。

冷戦後、あり余った武器は、今も紛争が続くアフリカに集中している。シエラレオネでは、ダイヤモンド資源をめぐって内戦が続いている。誘拐されたこどもは、忠誠の証として親の殺害を命じられたり、麻薬を打たれ、住民の手足の切断を強いられる。ねらいやすいのは体力のない同じこどもだからなのだろうか、そんなこども兵の被害にあった10代の少年や青年が不自由な体でこどもたちと遊んでいる。国際NGOの調査によると、兵士の8割が14歳以下のこどもである。

フラニスを思い出し、かって同じこども兵だった友人で、現在6人のこども父親となったイスラエル・アルマンドが、川のほとりで彼を思い出しながら歌う。
「神よ 私の行く道には数多くの困難があります
 神よ 私のことを覚えていてください 私のことを覚えていてください」

アフリカの内戦の行き着いた先。今夜もゲリラの襲撃を逃れるために集まったこどもたちは、地元NGOの見守るなかでつかのまの眠りにつく。

野中広務の居場所

2005-08-06 18:04:33 | Nonsense
「私、野中広務は今期をもって政界を引退することを決意しました」
2003年9月9日、あっというまに政界の中枢、自民党幹事長にまでのぼりつめながらも、この日鮮やかに引退表明して第一線からしりぞいたこの男、野中広務のことを何も知らなかった。
被差別出身でその事実を隠さずに政治活動を行い、登る龍の如く権力の頂点に近づいた人間は、この国では野中しかいない。
何故知らなかったのか、出自は隠さないが受けた差別を語る男ではなかったということもあるかもしれない。

作家の魚住昭が、そんな野中の評伝を書いた。取材は難航をきわめ、野中自身に会うこともなかなか叶わなかった。ようやく会えたとき、野中は魚住に何度も問うた。
「君がのことを書いたことで、私の家族がどれほど辛い思いを知っているのか。そうなることが分かっていて、書いたのか」
「・・・これは私の業なのです」
そうやっとかろうじて答えた作家に、老政治家はそれ以上聞こうとしなかったが、その厳しい表情には、うっすらと涙がうかんでいた。

野中のこれまでの人生は、成功の光とともに影のようにつきまとったのが、被差別出身からくる屈辱の歴史といっても過言でない。
大阪鉄道局業務部審査課主査、優秀ゆえに特進につぐ特進で25歳という異例の若さで到達した。しかし或る日更衣室から、日頃から面倒を見ていた中学の後輩のひと言が聞こえてきた。
「野中さんは、大阪におれば飛ぶ鳥を落とす勢いだが、園部へ帰ればの人だ。」
この発言があっというまに広がり、昇進ぶりをねたむ者たちの抗議と、信頼していた人の態度の豹変ぶりが、野中を「ここはおれのいるべきところではない」と決心させた。そしているべき場所、園部へ帰り、町議を振り出しに地方政界、国政に参与するやあっというまに頭角をあらわした。そして金丸信をして「あと10歳若かったら天下を狙えた」といわせた野中の最後の自民党総務会。2003年9月21日、淡々とはじまり円滑に終了する予定だった会議の最後の最後に、野中は「総務会長!」と声をあげたちあがった。

「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような出身者を日本の総理大臣にはできないわな』とおっしゃった。・・・君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣のポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。かって労働者の酷使で知られた”名門”麻生セメントの御曹司、宮家に嫁いだ妹もいる世襲議員、麻生はなにも答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。

「人権擁護法案は参議院で真剣に議論すれば一日で議決します。速やかに議決をお願いします」
この人権擁護法の制定は野中が最後に取り組んだ仕事である。しかし人権委員会の所管官庁をめぐって与野党の意見が対立して、審議が行われないまま廃案になったが、現在自民党法務部会で議論されている。

魚住昭著「野中広務 差別と権力」読み終えたら、改めて感想を述べたい。

「さまよう刃」東野圭吾著

2005-08-05 22:18:07 | Book
今夜もどこかでにぎやかに花火を打ち上げている音が、遠雷のように聞こえてくる。浴衣を着て、夏休み中の花火を友人と楽しんだ夜の経験は、誰にでもあろう。そんな15歳の少女が、或る晩浴衣を着て花火を見に行ったまま帰らなくなる。たったひとりの娘を待ちながら憔悴した父のもとに、或る日少女をさらった犯人の居場所をつげる密告が入った。

そのだらしなく散らかったアパートの一室で、父である長峰はそこで行われた残虐な犯行を知るのである。捨てられた娘の浴衣、犯行の模様をおさめた吐き気をもよおす暴行を証言するビデオ・テープ。怒りの炎が爆発しそうになるところへ、犯人の一人がやってくる。長峰のその時の状況は、まさに狂気の嵐だったのであろう。そして逃走中のもう一人の犯人を裁くために銃を手にして、行方を追うのである。法の裁きを待たずに何故、長峰に復讐のために銃をとらせたのか。
犯人たちは、未成年だったこれほど残虐な事件を犯しても、。「少年法」に守られて、殺意を立証できなければ罰は比較的軽い。学校へも行かず、ろくに働きもせず、親からはとうに見離されて遊びに明け暮れ、次々と少女たちを襲っては楽しんでいる。この人間性の欠落したけだもののような少年たち。彼らをこの小説の世界よりも、現実の社会で多く生息しているのを、私たちは、さまざまな事件で知っている。

そして法律が、常に完全に機能しているわけではない。逃げる少年に銃をもって追いかける長峰は、もはやすでに一人殺した殺人犯として警察から追われている。復讐されて当然な行為を繰り返した少年を、今度は法律が守っている。被害者と加害者が一転して、なにが正しいのかを考えたいと長峰を助ける和佳子の言葉を、一発の銃声が消していく。そこに残ったのは、法が解決できない虚しさとありふれた悲劇である。

この著書を読んで思い出したのが、映画化された宮部みゆきの「理由」である。無軌道で、だらしない若者が”軽やかに”重い犯罪をくりかえし、残された被害者である遺族の慟哭と、ピースと呼ばれる頭がさえていて冷静な若者の対象が読むものを圧倒した。それに比較する本著は、量にわりには薄い印象がしなくもない。それはそれで、多くの読者をえるだろう。法律が時には冷たいと感じるのは、まさに検察審査員の経験をとおした実感である。ただ、私自身は現行の「少年法」を支持する。


山崎拓氏「起訴相当」

2005-08-04 22:12:50 | Nonsense
博多での火遊びは、なんとか無事鎮火させた。週刊誌で夜遊びが暴露された時には、文通相手だった妻にネクタイをもってひきずり回されたが、娘たちとともに夫として、父親としてもうひとふんばり自分たちのために働いてもらおうとの計算が、選挙結果に結びついた。復活おめでとう、山崎拓議員さま。
けれどもその喜びと妻の監視も消えぬうちに、政治家として次なる危機がやってきた。

日歯事件で3千万迂回献金疑惑「山崎拓氏、起訴相当」 (読売新聞) - goo ニュース

半年前、私が検察審査員になった頃は、日本歯科医師会による1億円ヤミ献金事件で、橋本元首相に対して東京第2検察審査会が、「不起訴不当」と議決した頃だった。残念ながら、青木官房長長官が断言したように、再捜査なるものの東京地検は、嫌疑不充分として再び不起訴にした。
これで事態はしけた線香花火のように終わったと思っていたが、民主党議員はあきらめなかった。そして検察審査会のメンバーは、議決したのである。
議決の要旨を読んだが、今回の疑惑は下記の要点にしぼられる。

①日歯側が指定した議員に「国民政治協会」、自民党本部を経由して献金
②実際は議員に献金するが、収支報告書には「国民政治協会」と虚偽の記載があった。

山崎前副総裁を起訴すべき理由の要旨

①日歯連の01年度会計現金出納簿には、山崎(他2名)衆議らに分けて献金したのはあきらか。自民党への献金ではないのは、明白。
②事件関係者の供述に、食い違いがあり信憑性がうすい。検察官の取り調べが不充分である。
③山崎前副総裁の「自民党の献金として、紙袋に入った現金5000万円を、幹事長室ロッカーに一ヶ月弱置いたままにした」という供述は、大金をそのように扱うとは常識では考えにくい。当日都内の料亭での会食に出席した、日歯連前会長の「現金が入っていると思われる紙袋が3つあった」という供述と一致しない。
④山崎前副総裁は、献金3000万円を政治資金規制法(カネの流れを透明にする法)にのっとって会計責任者に処理させる義務がある。幹事長の立場で迂回献金の手法を用いており、規制法違反である。

献金があった2001年11月は、日歯が「かかりつけ歯科医初診料」の要件緩和を、陳情している時期だった。「少子高齢化歯科診療報酬等に関する小委員会」のメンバーが、今回の疑惑のお金を受け取った議員たちである。議決の要旨を読む限りでは、不起訴不当だと誰もが思うだろう。そもそも検察審査会で不起訴不当と議決されるのは、全議決の7%前後である。(私が半年間審査員だった時は、11件中2件が「不起訴不当」だった。私個人としては、1件だけが不起訴不当。)起訴相当にもちこむには、11人中8人が「起訴相当」と決議しなければならない。起訴相当の件数は、全体の0.1%~0.3%程度しかなく、不起訴不当よりも重い意味をもつ。だからはっきり言って、「こいつは起訴して処罰すべきだ」という確信にいたるまで、「起訴相当」に1票は投じることはできない。
”5000万円の現金の入った紙袋をロッカーの中に放置しておく”、まさに一般市民からかけ離れた感覚のこの供述に、審査会のメンバーは「11人の怒れる男たち」になったのだろう。女性関係のもつれは、プライベートなちょっとした失態と免罪されるが、さすがに今回は逃げられない。
今度は法律が、山崎拓前副総裁のネクタイをもって、法廷という国民が監視する場へひっぱりだされることを覚悟していただきたい。

その後民主党の佐々木秀典、辻恵議員は7月29日、日本歯科医師連盟(日歯連)の献金隠し事件をめぐり、不起訴となった自民党の橋本龍太郎元首相や山崎拓前副総裁らを起訴するよう東京地検に申し入れた。申し入れ書では、7月19日に東京第2検察審査会が、山崎前副総裁を「起訴相当」と議決したことについて「迂回(うかい)献金を野放しにすることは許されないという国民のメッセージを受け止め、誠実な捜査が行われることを要請する」とした。


「灰色の北壁」真保裕一著

2005-08-03 23:19:42 | Book
頬を切るような冷たい風が、耳のそばを威嚇するかのように通り過ぎる。一歩一歩雪を踏みしめる音が、時間の流れを伝える。そして吐く息の白さと呼吸、それ以外の何ものも聞こえない、張り詰めた空気。目の前にいる男の背中か、後から追い返る男の視線か、ひとりの愛する女性をはさんだ緊張をはらんだ人間関係。そして残るのは栄光か死か。
山岳小説には、いくつものドラマチックな要素がある。生と死の分岐嶺、厳しくも美しく、神々しい自然と山男。だからたとえ山に登らないものでも、したり顔で登場人物に気持ちを簡単に同化させる。

多くのファンを獲得してはいたが、「ホワイト・アウト」で一気にメジャーな作家、それもハード・ボイルド系エンターティメント作家として踊り出た真保裕一氏の意外な?一面を知る作品3篇である。近頃、年齢も近い東野圭吾氏の人間の原罪、罪を犯した者はどこまで赦されるのかというテーマーに、添うかののような「ボーダーライン」という小説もあった。しかしここにきて、作風が全く異なるレトロな山岳小説である。

山岳小説は、心理小説である。1本のザイルで結ばれた友情と裏切り、名誉と栄光、野心と功名心、羨望と嫉妬、人のグロテスクな感情からアルピニストとして浄化されたこころまで、多くの感情がまるで山の天気のように晴れたり荒れたり、錯綜する。
おさえた筆致で登る文章は平易で読みやすく、幅広い層に歓迎されるだろう。・・・が、然し、少々人の感情描写が説明調で乾いた感じがすることに、ものたりない印象を受けたのは、贅沢というものか。

「黒部の羆」「灰色の北壁」「雪の慰霊碑」
どれも標準以上のミステリー小説にしあがってはいるが、過酷な自然に対峙している描写のなかに、さかまく感情が上品なのは、やはり「山男」という理想系に男を見る。娘さん、山男にゃ惚れるなよ。そんな歌を思い出した。これほど自画自賛の歌もないかもしれないが、やっぱり山男はかっこよすぎる。。。

連日の猛暑。けれども空想の翼をひろげてページをくれば、一瞬にして冬山の頂上。夏の暑い寝苦しい夜におすすめの一冊である。

「レクサス」快進撃なるか

2005-08-01 23:05:02 | Nonsense
孫悟空のように、「きんと雲」に乗りたい。
それが無理なら、せめてGacktさんの宇宙船のような愛車に乗りたい。ちゃんとシートベルトをつけて、襲ったりしないから。。
なにしろ車の運転が、救いようのないくらい下手らしい。ま、センスがないから。人身事故だけ起こさなければいいじゃん。そう強がりいって、一応これまでたいした事故もなく、ゴールド免許。そんな私だから車の知識は皆無。自転車かわりだから、国産の安い車しか乗らない。いや乗らなかった。乗れなかった。
けれども小汚い運動靴よりも、高級なハイヒールの方が実ははきやすく、美しい外見だけでなくとっても快適なのを知ってしまった。

身内の者が車を買い換える時、それまで乗っていた4つの輪がシンボルの車をただ同然で譲り受けた。この漆黒に近い紺の大きな車が、私の車人生を換えたと言っても過言でない。厚いがっちりとしたドアをしめると、落ち着いて静かな音量でもクラシック音楽を楽しめる。高速道路で飛ばしても(時速何キロとはいえないが・・)、地面に吸い付くような安定感。ゆったりして疲れないシートと一年中快適な温度。
やっぱり、高くてもいい車はいい!どうせ運転するなら、助手席に乗るなら、後部席で寝るなら、断然いい車の方がいい。
けれども、オイルタンクに穴があいているのではないか、というくらいのガソリンの消費量。おまけにちょっと故障がち・・・。とうとう11年目の車検を迎えて泣く泣く廃車。
今の車は、予算と目的を考えて大衆車だが、やっぱりドイツ製。リコールにもだし、まだ新車に近いのに早速修理にだす。な、なんで。。。
性能と技術と、気配りは国産車の方が上ではないか!?

昨日、車を運転して見かけたのだが、LEXUSのショーウィンドーが、8月30日オープンに向けて急ピッチで作られていた。
遠目でも高級感が漂っているではないか。シャネルを連想するごくわずかにクリーム色がかった大きな窓ガラスに、黒いフレーム。ここはヨーロッパか。けれども「レクサス」というブランド・ロゴの隣に「トヨタ」という文字は見当たらない。超優良企業、高い技術を誇る「トヨタ」ブランドをあえてはずすことによって、欧州の高級車を好む層をとりこむためだ。

1989年北米市場に参入してから、レクサスはここ数年、ドイツ車を抑えて販売台数を伸ばしている。米自動車調査会社JDパワー・アンド・アソシエイツが先日発表した米国の新車初期品質調査で、堂々と首位にたつ快挙だ。すでに海外では、日本人らしいこだわりの技術が高く評価され、高級車としての確固たる地位を確立している。

しかし肝心の国内では、収益性の高い高級車市場は、ベンツ・BMWで大半を占められている。少子高齢化で先行きの細くなるなか、こうした高級車を購入する層、そして次世代のユーザー確保のためにも、レクサスを広める必要がある。追われる立場のBMWは、最も人気の高い3シリーズのモデルチェンジを発表した。320iの価格は、スーパーの値段のつけ方にあやかったのか、なんと税込みで399万円。ライバル意識というのではない。彼らは、性能が高い車と”名車”は違うと余裕をみせている。

トヨタ自動車の豊田英二最高顧問は、かって理想の車を「きんと雲」とイメージした。普段はコンパクトに懐にしまい、必要なときに取り出して空を猛スピードで駆け抜ける。車には、自由というイメージがある。そして本当の”自動車”ができたら、運転オンチの私は、楽なのに。。